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ほろ苦いすれ違い
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その日のリュカはしょげていた。
目の前にツルピカのパイがあるにも関わらず、だ。
「キャラメルショコラタルトが食べたかったです」
「大会でお披露目するんじゃないか?」
リュカとアイザックは『甘美な瑠璃色茶屋』に来ていた。
お目当てはルイスが言っていたキャラメルショコラタルトだ。
だがメニュー表にその甘味はなかったのだ。
「並んだのに」
「早く食べないと冷めてしまうぞ」
アイザックはリュカのショコラパイを切り分け蕩けたショコラをからめてリュカの口にいれた。
うじうじとしょげていたリュカの頬が緩む。
「やっぱり美味しい」
うん、とアイザックの顔も綻びまた口に入れてやる。
どこからどう見ても仲が睦まじい二人に見える。
捨てないで、と縋ったあの頃の面影などとうの昔に消えた。
ふふふと笑い合うのは嬉しいから。
せっかくの二人の時間をしょげていたらもったいない。
楽しくて嬉しい時間にしてくれるアイザックのことが大好き、とリュカは思った。
「この蕩けたショコラがあのだんごから溢れてきたら美味しいと思いませんか?」
「三葉か?」
「はい。あのままではこの先、三葉は頭打ちです。なにか起爆剤が必要です」
リュカはサクサクのパイにショコラを絡めてアイザックの口に入れた。
そうだな、ともぐもぐする口元にショコラがちょっぴりついていてそれを指で掬って舐める。
「リュ・・・」
「あの、お客様は三葉茶屋の方ですか?」
アイザックの言葉を遮ったのはショコラパイを運んできた給仕だった。
アイザックの眉間に皺が寄る。
なにを言いかけたのかな?と思いながらもリュカは給仕の話に耳を傾けた。
「あ、あの不躾にすみません。だんごってもちもちだんごですよね?」
「そうですけど」
「すみません、この後お時間ありますか?私、もう少しで休憩なんです。えっと広場で待っていてもらえませんか?」
矢継ぎ早に繰り出されるのにリュカは目を丸くしコクコクと頷くしか出来なかった。
広場では相変わらずクルトの露店があり、手を振ると振り返してくれる。
「なんだか不思議ですねぇ」
「なにが?」
「初めて二人で出かけた時もパイを食べてこうやってベンチに座りました」
「あのときは怒られたな」
そうでした、とクスクス笑い合う。
笑っているとおーい!と先程の給仕が手を振りながら走って近づいてくる。
フリルのついたエプロンがひらひらと揺れている。
「あのっ、すみ、ません、こ、こんな」
ゼェゼェと息を吐きながら言うのに、落ち着いてと声をかけてベンチに座らせる。
給仕はリゼットといい、甘美な瑠璃色茶屋のシェフの伴侶だという。
「あのっ、義母の様子はどうですか?」
「え?」
「甘味大会があるのは知ってますよね?あれに品を出すって言ってましたか?あのだんごを出すんですか?」
「リゼット、落ち着いて。君ら親子は仲違いをしてるんじゃないのか?」
アイザックが宥めるように言うとリゼットはぽろぽろと涙を零し始めた。
エプロンの端を握りしめて、ふるふると首を振る。
リゼットの話はこうだ。
元々は仲の良かったメアリー親子。
ドリーは店を継ぐ為に勉強し、父から教われることは全て自分のものにしたという。
そうなれば、色んなことが見えてくる。
良い意味で伝統を守る、悪い意味で古臭い三葉茶屋。
このままでは駄目なことに気づく。
新しくなにか始めるべき、という息子と変化を嫌う両親。
数え切れない衝突の末、息子はとうとう出て行ってしまった。
「お互い嫌い合ってるわけじゃないと思うんです。ただ、店に対する思いが違うというか」
「うん。それはわかるよ」
「伝統を守りたいという義母の気持ちも、新しいことでまた店を盛り返したいという主人の気持ちもわかるんです」
リゼットはエプロンで涙を拭きながら言う。
「あの、それでさっき言ってましたよね?だんごにショコラを入れる、と。本当ですか?」
「ごめん、僕らは三葉の人間じゃないんだ。でも三葉を盛り上げたいとは思ってるよ。もちもちだんごが無くなるなんて嫌だもの」
「私も!もちもちだんごが好きなんです!」
泣いた顔がふわりと綻ぶ。
じゃあこうしよう、とリュカはリゼットにごにょごにょと耳打ちした。
それを聞くリゼットの目はどんどん大きくなり、最後にはぷッと吹き出してしまった。
「上手くいきますかね?」
「いかせよう」
うふふ、と笑う二人にアイザックだけが置いてけぼりになってしまう。
立ち上がったリゼットの顔にもう涙はない。
「もう行きますね。お話聞いてくれてありがとうございました」
ぺこりと腰を折って、リゼットはまた来た道を駆けていった。
それにリュカは手を振って、アイザックに視線を移した。
「リュカ」
「はい、焼きもちですね?」
むむむ、と眉間に皺を寄せて顔を顰めているのでその皺を伸ばしてやる。
そして、そっと耳元で囁く。
「何を話したかは、今夜ベッドの中で教えて差し上げます」
険しい顔が途端に緩み、アイザックはリュカを抱き上げて足早に広場を去った。
一部始終を見ていたクルトは思う。
あの厳つい顔を一瞬にして解いてしまった奥様はすごいな、と。
目の前にツルピカのパイがあるにも関わらず、だ。
「キャラメルショコラタルトが食べたかったです」
「大会でお披露目するんじゃないか?」
リュカとアイザックは『甘美な瑠璃色茶屋』に来ていた。
お目当てはルイスが言っていたキャラメルショコラタルトだ。
だがメニュー表にその甘味はなかったのだ。
「並んだのに」
「早く食べないと冷めてしまうぞ」
アイザックはリュカのショコラパイを切り分け蕩けたショコラをからめてリュカの口にいれた。
うじうじとしょげていたリュカの頬が緩む。
「やっぱり美味しい」
うん、とアイザックの顔も綻びまた口に入れてやる。
どこからどう見ても仲が睦まじい二人に見える。
捨てないで、と縋ったあの頃の面影などとうの昔に消えた。
ふふふと笑い合うのは嬉しいから。
せっかくの二人の時間をしょげていたらもったいない。
楽しくて嬉しい時間にしてくれるアイザックのことが大好き、とリュカは思った。
「この蕩けたショコラがあのだんごから溢れてきたら美味しいと思いませんか?」
「三葉か?」
「はい。あのままではこの先、三葉は頭打ちです。なにか起爆剤が必要です」
リュカはサクサクのパイにショコラを絡めてアイザックの口に入れた。
そうだな、ともぐもぐする口元にショコラがちょっぴりついていてそれを指で掬って舐める。
「リュ・・・」
「あの、お客様は三葉茶屋の方ですか?」
アイザックの言葉を遮ったのはショコラパイを運んできた給仕だった。
アイザックの眉間に皺が寄る。
なにを言いかけたのかな?と思いながらもリュカは給仕の話に耳を傾けた。
「あ、あの不躾にすみません。だんごってもちもちだんごですよね?」
「そうですけど」
「すみません、この後お時間ありますか?私、もう少しで休憩なんです。えっと広場で待っていてもらえませんか?」
矢継ぎ早に繰り出されるのにリュカは目を丸くしコクコクと頷くしか出来なかった。
広場では相変わらずクルトの露店があり、手を振ると振り返してくれる。
「なんだか不思議ですねぇ」
「なにが?」
「初めて二人で出かけた時もパイを食べてこうやってベンチに座りました」
「あのときは怒られたな」
そうでした、とクスクス笑い合う。
笑っているとおーい!と先程の給仕が手を振りながら走って近づいてくる。
フリルのついたエプロンがひらひらと揺れている。
「あのっ、すみ、ません、こ、こんな」
ゼェゼェと息を吐きながら言うのに、落ち着いてと声をかけてベンチに座らせる。
給仕はリゼットといい、甘美な瑠璃色茶屋のシェフの伴侶だという。
「あのっ、義母の様子はどうですか?」
「え?」
「甘味大会があるのは知ってますよね?あれに品を出すって言ってましたか?あのだんごを出すんですか?」
「リゼット、落ち着いて。君ら親子は仲違いをしてるんじゃないのか?」
アイザックが宥めるように言うとリゼットはぽろぽろと涙を零し始めた。
エプロンの端を握りしめて、ふるふると首を振る。
リゼットの話はこうだ。
元々は仲の良かったメアリー親子。
ドリーは店を継ぐ為に勉強し、父から教われることは全て自分のものにしたという。
そうなれば、色んなことが見えてくる。
良い意味で伝統を守る、悪い意味で古臭い三葉茶屋。
このままでは駄目なことに気づく。
新しくなにか始めるべき、という息子と変化を嫌う両親。
数え切れない衝突の末、息子はとうとう出て行ってしまった。
「お互い嫌い合ってるわけじゃないと思うんです。ただ、店に対する思いが違うというか」
「うん。それはわかるよ」
「伝統を守りたいという義母の気持ちも、新しいことでまた店を盛り返したいという主人の気持ちもわかるんです」
リゼットはエプロンで涙を拭きながら言う。
「あの、それでさっき言ってましたよね?だんごにショコラを入れる、と。本当ですか?」
「ごめん、僕らは三葉の人間じゃないんだ。でも三葉を盛り上げたいとは思ってるよ。もちもちだんごが無くなるなんて嫌だもの」
「私も!もちもちだんごが好きなんです!」
泣いた顔がふわりと綻ぶ。
じゃあこうしよう、とリュカはリゼットにごにょごにょと耳打ちした。
それを聞くリゼットの目はどんどん大きくなり、最後にはぷッと吹き出してしまった。
「上手くいきますかね?」
「いかせよう」
うふふ、と笑う二人にアイザックだけが置いてけぼりになってしまう。
立ち上がったリゼットの顔にもう涙はない。
「もう行きますね。お話聞いてくれてありがとうございました」
ぺこりと腰を折って、リゼットはまた来た道を駆けていった。
それにリュカは手を振って、アイザックに視線を移した。
「リュカ」
「はい、焼きもちですね?」
むむむ、と眉間に皺を寄せて顔を顰めているのでその皺を伸ばしてやる。
そして、そっと耳元で囁く。
「何を話したかは、今夜ベッドの中で教えて差し上げます」
険しい顔が途端に緩み、アイザックはリュカを抱き上げて足早に広場を去った。
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