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甘い噂

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公爵家の食堂の大きなテーブルの上には大きな紙が広げられている。
実際には何枚かの紙を貼り合わせたもので、あちこちに継ぎ目があるそれは使用人総出で作成したものである。

「これで城下の茶屋や菓子店は全部?」
「私達が知りうる限りでは」

ふむ、とリュカは紙上にある手作り地図に書き込まれたそれを見る。
こんなにもあったのか、という驚きとこれが一堂に会したらさぞや盛り上がるだろうとむふふと笑った。

「皆はなんの菓子が好き?」

クッキー、フィナンシェ、タルトにパイ、プディング、ブッセにジャムサンド。

「もちもちだんごは好き?」
「美味しいんですけどねぇ」
「味が単調というか」
「たまに食べたくはなるんですけど」
「見た目がもっと華やかだったら」

なるほど、とリュカは帳面に書付けていく。
やはりだんごだけでは先行き厳しいかもしれない。

「奥様。ハルフォード様がいらっしゃいました」
「通していいよ」

来たか、とリュカは思い、侍女や下女はほくそ笑んだ。
甘味大会、この噂をリュカは使用人達を使って意図的に流した。

──ここだけの話なんだけど
──甘味大会ってのが開かれるらしいわよ
──広場に色んな店の菓子が集まるんですって
──それでね、好きな菓子に投票するの
──城下で一番の菓子が決まるらしいわ

ここだけの話は一人に伝わればあとは放っておいても広まっていくものだ。
そろそろルイスの耳に入ったかな?と思ったところでドンピシャでやって来たルイスをリュカは笑顔で出迎えた。

「やってくれたな、リュカ」
「なんのことでしょう?」
「とぼけるな!甘味大会の噂を流しただろう?」

うふふとリュカは笑って座るように勧めた。
茶はハルフォード商会の薄いものではなく、濃く良い香りのベリーティーを淹れる。

「発刊の日取りはもう決まってるんだ。職人も印刷所も押さえてある」
「まぁ、では甘味頁は甘味大会の宣伝にしましょう。きっとたくさんの人が集まりますよ。情報誌がどれだけ人の手に渡ったかの目安にもなります」
「宣伝料は誰が払う?慈善事業じゃないんだぞ」
「そうですねぇ。急なことですし、僕が払いましょうか」

急なこともなにもリュカが思いついて先走った結果である。
のんびりな口調にルイスは毒気を抜かれてしまった。

「ん?僕にも貯えはありますよ?」
「違う、そうじゃない。なんでそんな庶民の菓子店のことに首を突っ込むんだ」
「美味しい菓子は皆を笑顔にします」

ね?とへらりと笑う平凡な顔。

「それに、一番になった菓子店を記事にすればどこからも文句は出ないでしょ?」

ルイスはその場で宣伝料を受け取りふらふらと帰って行った。
『城下甘味大会』と銘打ったそれは一月後に開催される。
参加資格は城下の茶屋と菓子店で、出品する菓子は自由だが一品のみ。
勝敗は訪れた人の投票で決まる。
売上ではない。
一番になった店には情報誌の甘味頁を飾ることができる。
大会標章には、にっかり笑ったピコピコが大口を開けて花型のクッキーを齧ろうとしているところ。
主催はハルフォード商会だが、裏にはエバンズ公爵家がついてるぞと暗に示しているそれ。

「これはやられたな、リュカ」
「ピコピコは城下で知らない者はいないくらいに馴染んでますからねぇ」
「公爵家が裏についてれば投票結果にいちゃもんをつけてくる奴はいないだろうな」
「ルイスさんはやり手ですね」

新しく発刊された情報誌を前に休日の二人はリュカの作ったクッキーをお茶請けに茶を飲んでいた。

「ところで」
「なんですか?」
「今、差し当って急務な執務などないんだ」
「それはなによりです」
「なのに、たまにとんでもない眠気に襲われて朝までぐっすり眠ってしまうことがある」
「まぁ、医者を呼びますか?」
「いや、聞けばセオもたまにそうなると言っていた」
「あら、なんでしょうね」

リュカはしれっと言いのけてクッキーを齧った。
ベルフィールから定期的にもらう眠り薬は大活躍している。
執務が落ち着いている今、体力が有り余っているのか甘い責め苦に耐えられないのだ。

「リュカ、なにか知っているだろう」
「知りませんよ」

じっと見つめてくる視線を受け止めて、リュカもじっと見つめ返す。
ここが踏ん張り所だ。
自分の失態がベルフィール、果ては王妃殿下にまで及んでしまう。 

「そうか。知らないうちになにか疲れてるのかもな」
「そうかもしれませんね」

クッキーを齧りながら、リュカは思う。
不自然にならないように盛る量の調節をしよう。
毎回ぐっすり眠ってしまうから疑いをかけられたのだ。
ベルフィールにも知らせねばならない。
文の文面を考えながらリュカは勝利の茶を飲んだ。

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