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苦い喧嘩

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ルイス・ハルフォードは目の前の地味な男Ωの話に耳を傾けていた。
ルイスが彼に出会ったのは八年前、彼が学院に上がったばかりの頃だった。
第一印象は箸にも棒にもかからないの男だった。
彼は広場で一冊の絵本を読んでいた。
その周りには子どもが数人、キャンディを舐めながらその絵本を覗き込んでいる。
絵本は『コラソンの英雄』で昔話だ。
それだけなら子守り奉公でもしてるのか、と通り過ぎるだけだが読み終わった彼はそのを語り始めた。
英雄と姫様が結ばれた後の架空のお話。
英雄が倒したドラゴンの魂の残滓が呪いになり姫様の胸を貫いた話。
地味な彼の口から紡がれる物語は生き生きとしていた。

そして今、あの頃と変わらずに生き生きと語る彼。


「──と、言うわけで甘味大会を開催したいと思います。主催はハルフォード商会で」
「うん、意味がわからん」
「何故ですか?」
「一番はね、なぜうちが主催なのか」
「だってハルフォード商会の情報誌ですよ?」
「なんで親子喧嘩の仲裁をせにゃならんのだ」
「全ては甘味の為です!」

立ち上がり拳を掲げるリュカには、もう何を言っても無駄だとルイスは呆れた。



ロックブレッドは固い。
固い故に今はもうあまり好まれないパンだがリュカは好きだった。
ドライフルーツが入ったそれを極薄くスライスしてパリッと焼いたら溶かしバターに浸して食べる。
バターの塩味とドライフルーツの甘味がとても合うのだ。

「騎士団の奴らに教えてやりたいな」
「どういうことですか?」
「ロックブレッドは日持ちするだろう?だから遠征訓練の時なんかの食料になるんだ」
「では、バターも持っていかなければいけませんね」
「そうだな」

リュカの三葉茶屋のお土産はロックブレッド。
昔ながらの製法を守って作るそれはまん丸で粉がふいている。

「で?なんでまた喧嘩してるんだ?三葉と瑠璃色は」
「瑠璃色のシェフ、ドリーというのですが跡継ぎとして育てられたのに出ていって瑠璃色を開店させたそうです」
「それで三葉の大女将がお冠だと」
「そうですね」

リュカは昼間、茶屋で大女将と話したことを思い出す。


「み、密偵ではありません」
「じゃぁ、うちのだんごに難癖をつけてるのかしら?」
「ち、違います。僕達はハルフォード・・・」
「うちを一番に載せるって!?」

勢いこんで問うてくる大女将に何が言えようか。
これ以上事態を悪くしたくないリュカは、それには答えずに話を変えた。

「ここのだんご、すごく好きなんです」
「まぁ、嬉しい。ありがとう」

先程の威圧感ある笑みとは違い、嬉しそうな笑み。
目尻の縮緬皺が人柄の良さを感じさせる。
微笑んだ大女将に、どうぞと椅子を勧める。
一つお伺いしてもよろしいですか?とリュカは大女将に話しかけた。

「『甘美な瑠璃色茶屋』となにかあったのでしょうか?親子だとお聞きしたのですが」

リュカの単刀直入なそれに、笑みを浮かべていた大女将の顔はどんどんと険しくなっていった。

「あなたはここが古臭いって思う?今どきロックブレッドなんか売ってるなんて時代錯誤だと思う?」
「いや、僕はここのだんごもロックブレッドも好きですよ」
「ふふふ、あなたは変わってるのね。今の若い子はね、古臭いって言うのよ。変わり映えしないだんごよりも見目の良い菓子の方がいいってね」

ふぅと大女将は息を吐いて眉を寄せた。
寂しそうな悲しそうな、そんなやるせなさそうな顔。

「でもね、ずっとずっと守ってきたの。籠売りから露店を出して、店を構えて。大洪水の時にはたくさんロックブレッドを焼いて配ったそうよ。でも、もう時代にそぐわないのかしらね」

目を伏せて語るその姿はなんだか小さく見えて、白い頭が苦労を物語っているように思える。

「でもね!老舗には老舗の意地があるのよ!何としてもこの店を守るの!」



ほぅとリュカは記憶の中の大女将の強気な瞳を思いだす。
それと同時に少し寂しそうな顔も。

「リュカ?」
「あっ、ごめんなさい。大女将のことを思い出してしまって」

こてとアイザックの胸にもたれかかると安心する。
髪を梳く長い指も。

「で、なんで大会なんだ?」
「一堂に会せば若い人には昔からの菓子の魅力を、年配の人には新しい菓子の魅力を知ってもらえるかなって」
「なるほど」
「短絡的すぎましたかね」
「なにもやらないよりはいいさ」
「そう、ですかね」

みんな仲良く、なんて子どものような話は無理だ。
でも、いがみ合うのではなく高め合う、そういう関係になればいいと願うのは理想論に過ぎないのだろうか。
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