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酒宴

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その日、ジェラールは混乱していた。
義弟であるアイザックから「身内だけの結婚パーティをするから」そう招待を受けたのだ。
「城下の商店の人達もお祝いしてくれる」と。
なるほど街歩きが好きなリュカの知り合いも来るのだな、と軽い気持ちでいた。
なにかこう運命めいた出会いが自分にもあるかも、なんてそんな気持ちで。
なにより可愛い弟の晴れ姿を見れるのはやはり嬉しい。
事後報告で籍を入れたと聞いた時は、怒りや寂しさやなにかよくわからない感情になったものだ。
だがしかし、とはなんだろうかと考える。
王太子殿下が身内なの?しかも隣国バセットの王太子殿下もいるけどなんなの?とジェラールはそっと木の影に隠れた。

「リュカ、すごく可愛いよ」

隣国の王太子妃が弟を抱きしめて頬擦りしてるがなんなの?仲良しなの?
怖い、もう帰りたいとジェラールは座り込んだ。


一方、そんな長兄のことなど露知らずリュカは集まった面々に挨拶周りをしていた。
身廊でバセットのアレックス王太子夫夫の顔を見た時は驚いたが、今は純粋に嬉しい。
意識もしてないのに顔はずっとにやけっぱなしになってしまう。

「アーカード警ら部長様は?」
「帝国への使節団の一員として国を離れてるよ」
「あぁ、だから僕はもう出仕しなくていいと言われたんですね」
「そうだ。なんか知らんが急に真面目になって志願したんだ」
「へぇ、なにか心境の変化があったんでしょうか」

リュカはクルトの新作バジルソースのソーセージのやつを一口齧った。
トマトのやつ、たまごのやつ、バジルのやつ、その三品がテーブルに並びクルトとティムが話し込んでいる。
屋敷でソーセージのやつが食べられる日も近いかもしれない。

「お義父とう様とお義母かあ様のお戻りはこの日の為ですか?」
「あぁ、前日でいいと文に書いたのにあんなに早く戻るとは思わなかった」
「でも、僕はお二人と過ごす時間が好きなので良かったと思います」

クシャとソーセージのやつの袋を丸めてリュカは笑った。
街外れの教会にはあちこちから、なんだなんだ?と人が集まってくる。
よくわからんが結婚式らしい、そりゃめでたい!とリュカとアイザックは知らない人からも祝福を受けた。
中には街歩きで知り合った人もいてちょっぴり恥ずかしい。

「リューちゃんじゃねぇか。お貴族様だったんか」
「はい」
「そうしてりゃ、べっぴんさんだな」
「リューちゃん、おめでとー」

ありがとう、とリュカは急ごしらえらしき野花の花束を受け取る。
親子は街歩きの時のリュカのお供のキャンディを露天で売っている。
酒に酔った誰かが指笛を吹き、空いた酒樽をひっくり返して太鼓にしている音が響く。
それに合わせて踊る人もいて、その中にハリーの姿もあって嬉しくなる。
ピコピコの日に足を運んでくれる見知った子達も輪になって踊っていた。
輪の中央にはなぜかピコピコがいて、主役扱いだった。

「アイク、ありがとう。とても楽しい」
「ん?誰が来てもいいように解放していたがこんなに集まるとはな」
「民は皆お祭りが大好きですから」
「リューちゃんも?」
「もう、やめてください。本当の名を名乗れるわけないでしょ?」

リュカは照れくさそうに笑う。
リュカの街歩きの師匠は次兄のナルシュだ。
貴族とバレないように偽名を使い、体に合わない質素な服を着ろと教わった。
あとは普通にしてりゃお前なんかすぐに埋没する、とも言われた。

「リュカの次兄はなんというか・・・」
「面白いでしょ?僕が図鑑を買うために貯めてたお小遣いも持って行きました」
「は?」
「ジャムの空き瓶には紙切れ一枚入ってて『ドラゴン見つけたら鱗をひっぺがしてリュカにやるから前金としてもらう』と」
「怪盗トルーセンみたいだな」

ぶっとリュカは吹き出して大笑いしてしまう。
確かにそうだ、長兄の給金が出た次の日を狙ったのも父を画廊に行かせたのもきっと次兄の策略だったのだ。

「リュカは怒らないのか?」
「ドラゴンの鱗が楽しみなのです。もし空手で帰ってきたらどうしましょうか」

ふふふと笑うリュカの瞳の奥底で仄暗い光が瞬いている。
これは相当根に持ってるな、とアイザックは怖くなった。

「リュカ!」
「ザック!」

呼ばれて見ると民に紛れて未来の王達が民と手を取り踊っていた。
現宰相までそれに加わり、タカタカドコドコと太鼓の音が地に響き、空には幾人もの指笛が高い音を鳴らしている。
そこには公爵家の使用人達もいて、ジェリーは恋人のケイティと踊っていた。
長兄は真っ青な顔をしてなぜか宰相の奥方と踊っている。
父はまだ気絶しておりベンチで寝ていた。
そこは公爵家当主の結婚式として考えられないくらいの無法地帯が広がっている。

「今日のこの日を僕は忘れません!」

リュカはアイザックの手をとって駆け出し、レースを靡かせてその輪に飛び込んだ。

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