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はじめまして

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もうすぐ三年か、とリュカは思いながら刺繍をする。
紫のリボンに刺繍糸で薄赤い縁どりをしていく。
なんかゴテゴテしてる、派手すぎる気がする。

「カーラ、これやっぱり嫌だ」
「どうしてですか?とても綺麗ですよ?」
「なんか派手」

あらまぁとカーラは口に手を当ててふふふと笑う。

「では、こちらの桃色のリボンにします?」
「アイクには可愛すぎる気がする」
「そうですか?良いと思いますけれど」

はぁ、とため息を吐いて自分の髪を摘んで見る。
薄い金と淡い赤を混ぜ合わせたようなそんな色。
瞳は木蘭色で華やかさの欠片もない。
全体的にのっぺりした自分の顔。
アイザックのアッシュグレイの髪と紫の瞳は美しい。
誰もが振り返るそんな顔。

「カーラはどうしてそんなに刺繍が上手いの?」
「たくさん練習しました」
「だよねぇ」

リュカの指先は落ちきれないインクが黒く染み込んでいる。
そこに小さな刺傷が無数についている。

「奥様、気持ちですよ」
「それはわかってるんだけど」

しゅんとしょげかえるリュカにカーラはどうしたものかと考えた。
奥様は確かに凡庸だけれど、知れば知るほど放っておけない魅力がある可愛らしい方なのに、とカーラは思う。
気分転換にお茶でも淹れようか、とカーラが立ち上がったその時サロンの扉が音を立てて開いた。

「リュカ!」
「旦那様・・・」

いじいじと指先を弄っていたリュカはぽかんとその戸口に立つ人を見た。
まだ帰宅の刻限ではないはずだけれど、なにかあったのだろうか。
カーラと目を合わせるもカーラも首を傾げている。

「リュカ、ここを出る!」
「はい?」
「どこか城下に宿をとるからそこへ行こう」
「・・・なんでですか?」
「話は後だ。すぐに荷造りを」

アイザックはカーラに指示をだし、カーラは慌ててサロンを出ていった。
アイザックはソファに座ったままのリュカを抱き上げすたすたと玄関ホールへ向かう。

「アイク、お仕事は?」
「それどころじゃない」
「なにか重大なことが起こったのですか?」
「あのな、リュカ・・・」

アイザックが口を開いたまさにその時、馬の嘶きが聞こえた。
厩ではなく玄関先から聞こえるそれ。
アイザックはリュカを隠すように胸に押し付け玄関扉を睨みつける。

「今、帰った!!」

扉を開けると同時に響く大きな声。
低く重い威厳溢れるその声。

「・・・父上」

アイザックの呟きと共にますますぎゅうと胸に押し付けられて息が苦しい。

「大旦那様!」

ソルジュやエマ、使用人達がパタパタと玄関ホールに集まってくるようだ。
リュカの目の前はアイザックの広い胸があるだけで、後頭部をがっちり抑え込まれているので周囲で何が起こっているのか推測するしかない。

「ただいまぁ」

聞こえたのはのんびりしたやや高めの掠れた声。
母上、と思わず漏らしたような声が小さく聞こえる。

「さぁさぁ、アイザック。そこの胸に隠してるお前の伴侶の顔を見せてくれ」
「嫌だ」
「そのままでは窒息するんじゃないか?」

ハッとしたアイザックが胸の中をリュカを見ると既に目を回していた。
はふはふと息を吸い込むリュカ。

「リュカはこのとおり体調不良だから会わせることはできない」
「いや、お前のせいだろ」


サロンの刺繍道具は片付けられ、代わりにエマの淹れたお茶とティムの作った菓子が並ぶ。
リュカは背後からがしりと抱え込まれ、初対面がこんな格好でいいのかなと考えていた。

「さて、コックスヒルの」
「はい」
「うちの可愛いアイザックを君のような下位貴族にやるわけにはいかない」
「はぁ」

挨拶も自己紹介も無しに告げられた言葉にリュカはなんとも気の抜けた返事をした。
見上げたアイザックの顔には呆れが滲んでいる。

「アイク、調子を合わせた方がいいですか?」
「ん?」

こそこそとリュカはアイザックに問いかける。
だって、とリュカは言う。
目の前のアイザックの父上の鼻はピクピクと動き、上がりそうになる口の端を必死に押し止めているような気がする。
それに何より目が楽しそうなのだ。
とてもじゃないが拒絶の色は見えない。
隣に座る母上ものんびりとお茶を啜り、目が合うとにっこりと微笑んでくれる。

「どうしたらいいですか?」

この茶番を、との言葉を飲み込みリュカは腹に回るアイザックの手をギュッと握りしめた。
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