上 下
69 / 190

顛末

しおりを挟む
ベルフィールから眠り薬を貰って以来、寝る前はリュカが茶を淹れる。
カモミールやバレリアン、眠りを妨げないようにハーブティーを淹れる。
カモミールのふわっと香るりんごのような匂いがリュカは好きで好んでそれを淹れる。
味わってほしいがアイザックはいつもごくごく飲んで、そわそわとベッドに行くのを待っている。
なので、リュカは殊更にゆっくり飲む。

今夜もいつものようにリュカは茶を淹れた。
立ち上るりんごの良い香り。

「リュカはツェルクという国を知ってるかな?」
「知りません」
「そうか。ヘネシー院長ともう一人の男はそこから来たそうだよ。ツェルクはもう無いそうだ。男が口を割ったよ」
「そうですか」
「リュカには辛い話だが、彼の国でのΩの地位は低いそうだ。だが、αはΩの腹から産まれる確率が一番高い。生みだしてくれた者を虐げるというのもおかしな話だが、Ωは弱いから」
「はい」
「そういう歴史が長い間続いてね。彼の国のΩはもう少ないそうだ。少ないということは必然的にαの数も減ってくる」
「はい」
「ツェルクを含む連合軍はね、この国からΩを連れて行き彼の国のαに孕まされる。元よりαだった子らも連れて行かれ戦士として育てられるそうだよ」
「うん」
「αは丈夫だし体躯もいいからね、戦うにはもってこいなんだろう」
「うん」
「下町にいた子らは、元はカナンの子だけれどももうずっと生殖のためだけに生きてきたそうだよ」
「うん」
「・・・そうやって泣くと思ったから言いたくなかったんだよ」

ぽろぽろと涙を零しながら頷くだけだったリュカ、その涙をアイザックは拭う。
ぬくぬくと甘やかされて育ってきた自分、それは仕方ないと思う。
けれど、辛い。

「リュカが何かしらの罪悪感を感じることはない」
「はい。ですが、悲しい」
「そうだね」

大きくて温かいぬくもりに包まれると余計に悲しい。
喉にある熱い塊が嗚咽となって溢れ出てくる。

「これからどうなりますか?」
「下町の子らは城で保護しているよ。洗脳というのかな?医者に診てもらわないといけないからね」
「そうですか」
「あと、ヴァルテマに正式に使者をたてるよ。使節団をつくってね」
「ヴァルテマに?」
「子の尻拭いは親がせねば」
「皇帝陛下は連合軍をなんとかしてくれるでしょうか」
「リュカ、もう俺たちにできることはないよ」

こくりとリュカは頷いた。
そう、事態は大きくなりすぎてもうリュカの手には負えない。

「慰問には行っていいですか?」
「いいよ」
「また沢山クッキーを焼きます」
「・・・あぁ、うん」

子らの歯がこぼれなければいいが、とアイザックは思った。
やる気に満ちた顔を前にしては言えないけれど。
リュカはカナンだけでなく、他の養護院へも慰問に行った。
どこへ行ってもピコピコは大人気で嬉しくなった。



そんな穏やかに続いたある日、カナン養護院の皆は野遊びに出かけた。
その隙にヘネシー院長が騎士団に連れられて、養護院を訪れた。
ヘネシー院長曰く、詳細な日記を隠している。
その隠し場所を教える、と。
ヘネシー院長は裏庭へ歩みを進める。
それを見てリスベルは思った。
アイザックの奥方はすごいな、と。

「目的の物はあったか?」

裏庭で立ち尽くすヘネシー院長にリスベルは声をかける。

「そこに立っていた木はオオミフクラギだな?別名、自殺の木。死ぬつもりであったか?」
「そ、そんなこと・・・なぜ・・・」

リスベルはヘネシー院長の顎をグイと掴み上げ容赦なく言葉を叩きつける。

「死なせるわけないだろう。お前にはまだやってもらいたいことも聞きたいことも山ほどある。皇帝の前に立つその時まで死ねると思うな」

ヘネシー院長はガタガタと震え上がった。
死ぬよりも皇帝が怖いらしい、リスベルはニヤリと笑った。



数日前、慰問に訪れたリュカは裏庭にある一本の木を切り倒せと命じた。
護衛についていた公爵家の私兵はその木を切り倒し、持ち帰った。
それをアイザックは城へと納めた。

「どうしてリュカはそんなことを知っていたんだ?」
「書庫であちらの大陸の文献をたくさん読みました。あの木は挿絵付きで紹介されていたんです。その実から取れる種は大層強い毒性のあるもので、一粒で死に至るそうです。この国には無い木です。広めてはなりません」
「リュカの知りたがりも悪くないな」
「なんですか、それ」
「リュカに助けられたってことだよ」

よくわからないがアイザックが微笑むので、リュカも嬉しくなってその広い胸に飛び込んだ。




※オオミフクラギの木、その種子の毒性は拡大解釈しています(致死量など)
極めて強い自然毒で、また痕跡なども残らないそうです。
この世界ではそんな感じなんだな、とふわっと思っていただけたらと思います

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる

カシナシ
BL
「アシリス、すまない。婚約を解消してくれ」 そう告げられて、僕は固まった。5歳から13年もの間、婚約者であるキール殿下に尽くしてきた努力は一体何だったのか? 殿下の隣には、可愛らしいオメガの男爵令息がいて……。 サクッとエロ&軽めざまぁ。 全10話+番外編(別視点)数話 本編約二万文字、完結しました。 ※HOTランキング最高位6位、頂きました。たくさんの閲覧、ありがとうございます! ※本作の数年後のココルとキールを描いた、 『訳ありオメガは罪の証を愛している』 も公開始めました。読む際は注意書きを良く読んで下さると幸いです!

実は僕、アルファ王太子の側妃なんです!~王太子とは番なんです!

天災
BL
 王太子とは番になんです!

傾国の美青年

春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜

明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。 しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。 それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。 だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。 流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…? エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか? そして、キースの本当の気持ちは? 分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです! ※R指定は保険です。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

恋人が本命の相手と結婚するので自殺したら、いつの間にか異世界にいました。

いちの瀬
BL
「 結婚するんだ。」 残されたのは、その言葉といつの間にか握らせられていた手切れ金の紙だけだった。

婚約者は俺にだけ冷たい

円みやび
BL
藍沢奏多は王子様と噂されるほどのイケメン。 そんなイケメンの婚約者である古川優一は日々の奏多の行動に傷つきながらも文句を言えずにいた。 それでも過去の思い出から奏多との別れを決意できない優一。 しかし、奏多とΩの絡みを見てしまい全てを終わらせることを決める。 ザマァ系を期待している方にはご期待に沿えないかもしれません。 前半は受け君がだいぶ不憫です。 他との絡みが少しだけあります。 あまりキツイ言葉でコメントするのはやめて欲しいです。 ただの素人の小説です。 ご容赦ください。

処理中です...