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顛末
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ベルフィールから眠り薬を貰って以来、寝る前はリュカが茶を淹れる。
カモミールやバレリアン、眠りを妨げないようにハーブティーを淹れる。
カモミールのふわっと香るりんごのような匂いがリュカは好きで好んでそれを淹れる。
味わってほしいがアイザックはいつもごくごく飲んで、そわそわとベッドに行くのを待っている。
なので、リュカは殊更にゆっくり飲む。
今夜もいつものようにリュカは茶を淹れた。
立ち上るりんごの良い香り。
「リュカはツェルクという国を知ってるかな?」
「知りません」
「そうか。ヘネシー院長ともう一人の男はそこから来たそうだよ。ツェルクはもう無いそうだ。男が口を割ったよ」
「そうですか」
「リュカには辛い話だが、彼の国でのΩの地位は低いそうだ。だが、αはΩの腹から産まれる確率が一番高い。生みだしてくれた者を虐げるというのもおかしな話だが、Ωは弱いから」
「はい」
「そういう歴史が長い間続いてね。彼の国のΩはもう少ないそうだ。少ないということは必然的にαの数も減ってくる」
「はい」
「ツェルクを含む連合軍はね、この国からΩを連れて行き彼の国のαに孕まされる。元よりαだった子らも連れて行かれ戦士として育てられるそうだよ」
「うん」
「αは丈夫だし体躯もいいからね、戦うにはもってこいなんだろう」
「うん」
「下町にいた子らは、元はカナンの子だけれどももうずっと生殖のためだけに生きてきたそうだよ」
「うん」
「・・・そうやって泣くと思ったから言いたくなかったんだよ」
ぽろぽろと涙を零しながら頷くだけだったリュカ、その涙をアイザックは拭う。
ぬくぬくと甘やかされて育ってきた自分、それは仕方ないと思う。
けれど、辛い。
「リュカが何かしらの罪悪感を感じることはない」
「はい。ですが、悲しい」
「そうだね」
大きくて温かいぬくもりに包まれると余計に悲しい。
喉にある熱い塊が嗚咽となって溢れ出てくる。
「これからどうなりますか?」
「下町の子らは城で保護しているよ。洗脳というのかな?医者に診てもらわないといけないからね」
「そうですか」
「あと、ヴァルテマに正式に使者をたてるよ。使節団をつくってね」
「ヴァルテマに?」
「子の尻拭いは親がせねば」
「皇帝陛下は連合軍をなんとかしてくれるでしょうか」
「リュカ、もう俺たちにできることはないよ」
こくりとリュカは頷いた。
そう、事態は大きくなりすぎてもうリュカの手には負えない。
「慰問には行っていいですか?」
「いいよ」
「また沢山クッキーを焼きます」
「・・・あぁ、うん」
子らの歯がこぼれなければいいが、とアイザックは思った。
やる気に満ちた顔を前にしては言えないけれど。
リュカはカナンだけでなく、他の養護院へも慰問に行った。
どこへ行ってもピコピコは大人気で嬉しくなった。
そんな穏やかに続いたある日、カナン養護院の皆は野遊びに出かけた。
その隙にヘネシー院長が騎士団に連れられて、養護院を訪れた。
ヘネシー院長曰く、詳細な日記を隠している。
その隠し場所を教える、と。
ヘネシー院長は裏庭へ歩みを進める。
それを見てリスベルは思った。
アイザックの奥方はすごいな、と。
「目的の物はあったか?」
裏庭で立ち尽くすヘネシー院長にリスベルは声をかける。
「そこに立っていた木はオオミフクラギだな?別名、自殺の木。死ぬつもりであったか?」
「そ、そんなこと・・・なぜ・・・」
リスベルはヘネシー院長の顎をグイと掴み上げ容赦なく言葉を叩きつける。
「死なせるわけないだろう。お前にはまだやってもらいたいことも聞きたいことも山ほどある。皇帝の前に立つその時まで死ねると思うな」
ヘネシー院長はガタガタと震え上がった。
死ぬよりも皇帝が怖いらしい、リスベルはニヤリと笑った。
数日前、慰問に訪れたリュカは裏庭にある一本の木を切り倒せと命じた。
護衛についていた公爵家の私兵はその木を切り倒し、持ち帰った。
それをアイザックは城へと納めた。
「どうしてリュカはそんなことを知っていたんだ?」
「書庫であちらの大陸の文献をたくさん読みました。あの木は挿絵付きで紹介されていたんです。その実から取れる種は大層強い毒性のあるもので、一粒で死に至るそうです。この国には無い木です。広めてはなりません」
「リュカの知りたがりも悪くないな」
「なんですか、それ」
「リュカに助けられたってことだよ」
よくわからないがアイザックが微笑むので、リュカも嬉しくなってその広い胸に飛び込んだ。
※オオミフクラギの木、その種子の毒性は拡大解釈しています(致死量など)
極めて強い自然毒で、また痕跡なども残らないそうです。
この世界ではそんな感じなんだな、とふわっと思っていただけたらと思います
カモミールやバレリアン、眠りを妨げないようにハーブティーを淹れる。
カモミールのふわっと香るりんごのような匂いがリュカは好きで好んでそれを淹れる。
味わってほしいがアイザックはいつもごくごく飲んで、そわそわとベッドに行くのを待っている。
なので、リュカは殊更にゆっくり飲む。
今夜もいつものようにリュカは茶を淹れた。
立ち上るりんごの良い香り。
「リュカはツェルクという国を知ってるかな?」
「知りません」
「そうか。ヘネシー院長ともう一人の男はそこから来たそうだよ。ツェルクはもう無いそうだ。男が口を割ったよ」
「そうですか」
「リュカには辛い話だが、彼の国でのΩの地位は低いそうだ。だが、αはΩの腹から産まれる確率が一番高い。生みだしてくれた者を虐げるというのもおかしな話だが、Ωは弱いから」
「はい」
「そういう歴史が長い間続いてね。彼の国のΩはもう少ないそうだ。少ないということは必然的にαの数も減ってくる」
「はい」
「ツェルクを含む連合軍はね、この国からΩを連れて行き彼の国のαに孕まされる。元よりαだった子らも連れて行かれ戦士として育てられるそうだよ」
「うん」
「αは丈夫だし体躯もいいからね、戦うにはもってこいなんだろう」
「うん」
「下町にいた子らは、元はカナンの子だけれどももうずっと生殖のためだけに生きてきたそうだよ」
「うん」
「・・・そうやって泣くと思ったから言いたくなかったんだよ」
ぽろぽろと涙を零しながら頷くだけだったリュカ、その涙をアイザックは拭う。
ぬくぬくと甘やかされて育ってきた自分、それは仕方ないと思う。
けれど、辛い。
「リュカが何かしらの罪悪感を感じることはない」
「はい。ですが、悲しい」
「そうだね」
大きくて温かいぬくもりに包まれると余計に悲しい。
喉にある熱い塊が嗚咽となって溢れ出てくる。
「これからどうなりますか?」
「下町の子らは城で保護しているよ。洗脳というのかな?医者に診てもらわないといけないからね」
「そうですか」
「あと、ヴァルテマに正式に使者をたてるよ。使節団をつくってね」
「ヴァルテマに?」
「子の尻拭いは親がせねば」
「皇帝陛下は連合軍をなんとかしてくれるでしょうか」
「リュカ、もう俺たちにできることはないよ」
こくりとリュカは頷いた。
そう、事態は大きくなりすぎてもうリュカの手には負えない。
「慰問には行っていいですか?」
「いいよ」
「また沢山クッキーを焼きます」
「・・・あぁ、うん」
子らの歯がこぼれなければいいが、とアイザックは思った。
やる気に満ちた顔を前にしては言えないけれど。
リュカはカナンだけでなく、他の養護院へも慰問に行った。
どこへ行ってもピコピコは大人気で嬉しくなった。
そんな穏やかに続いたある日、カナン養護院の皆は野遊びに出かけた。
その隙にヘネシー院長が騎士団に連れられて、養護院を訪れた。
ヘネシー院長曰く、詳細な日記を隠している。
その隠し場所を教える、と。
ヘネシー院長は裏庭へ歩みを進める。
それを見てリスベルは思った。
アイザックの奥方はすごいな、と。
「目的の物はあったか?」
裏庭で立ち尽くすヘネシー院長にリスベルは声をかける。
「そこに立っていた木はオオミフクラギだな?別名、自殺の木。死ぬつもりであったか?」
「そ、そんなこと・・・なぜ・・・」
リスベルはヘネシー院長の顎をグイと掴み上げ容赦なく言葉を叩きつける。
「死なせるわけないだろう。お前にはまだやってもらいたいことも聞きたいことも山ほどある。皇帝の前に立つその時まで死ねると思うな」
ヘネシー院長はガタガタと震え上がった。
死ぬよりも皇帝が怖いらしい、リスベルはニヤリと笑った。
数日前、慰問に訪れたリュカは裏庭にある一本の木を切り倒せと命じた。
護衛についていた公爵家の私兵はその木を切り倒し、持ち帰った。
それをアイザックは城へと納めた。
「どうしてリュカはそんなことを知っていたんだ?」
「書庫であちらの大陸の文献をたくさん読みました。あの木は挿絵付きで紹介されていたんです。その実から取れる種は大層強い毒性のあるもので、一粒で死に至るそうです。この国には無い木です。広めてはなりません」
「リュカの知りたがりも悪くないな」
「なんですか、それ」
「リュカに助けられたってことだよ」
よくわからないがアイザックが微笑むので、リュカも嬉しくなってその広い胸に飛び込んだ。
※オオミフクラギの木、その種子の毒性は拡大解釈しています(致死量など)
極めて強い自然毒で、また痕跡なども残らないそうです。
この世界ではそんな感じなんだな、とふわっと思っていただけたらと思います
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