上 下
68 / 190

書庫

しおりを挟む
王城の書庫は一言で言えば圧巻だった。
陽が差さないように窓の外は直ぐに木立になっていて、微かに光が漏れるだけ。
円形の部屋は螺旋状に上へ昇る事ができる。
その階段脇も書棚になっていて、まさに本に囲まれた部屋だ。
あちらこちらに設えたランプのおかげで室内は橙色の柔らかい光に包まれている。
リュカはそこですぅっと紙の匂いを吸い込む。
時間の経った独特の紙とインクの匂い。

「気に入りましたか?」
「はい、とても」

常駐する司書は壮年のαでトーパル伯爵家の次男で名をグレアムという。
根っからの本好きらしい。
本ならなんでも良いらしく、活字中毒または本の虫とからかわれることもしばしばだと笑う。
本が恋人と豪語する彼はもちろん独身だ。

「要り用の本があれば仰ってくださいね。もちろん、気ままに見て回るだけでも充分楽しめます」

ふふふ、と笑う彼にリュカも笑った。

「ヴァルテマ帝国に関するものはありますか?」
「それはないですね。帝国になってからまだ十五年ほどですから」
「そうですか。残念です」
「ですが、あちらの大陸を記したものならありますよ」

見たいですか?の言葉に素直に頷いて頭を下げる。

「よろしくお願い致します」


飴色の大きなテーブルにどさりと置かれた文献にリュカは目を丸くした。
まだありますよ、とキョトンとするグレアム。

「とりあえずこれで」
「そうですか?」

まだあるのに、とブツブツ言うグレアムは本当に本好きなんだなとリュカは改めて実感した。


ヴァルテマ帝国のあるアカム大陸は元々大小の国から成っていた。
領土争いの小競り合いが多く、戦火のあがらない日は無かったという。
それを長い期間をかけて統一したのが当時最大領土を誇ったヴァルテマ王国。
武力国家であったヴァルテマはその領土を着々と広げ、武力をもって制圧。
反旗を翻した国には容赦なく、無条件降伏した国にはそれなりの待遇を与えた。

「公爵夫人は帝国が非道だと思われますか?」
「え?」

穏やかな笑みを浮かべるグレアムになんと答えたものかわからない。
丸いものも角度を変えると四角になることもあると聞く。

「わかりません」
「公爵夫人は正直ですね」

グレアムはテーブルに積み上げられた中から一冊を取り出して開く。

「この国は元々、とても豊かであったとされています。なぜか?それは鉱脈があったからです。しかし、資源というものはいつか枯渇します」
「はい」
「豊かな事に胡座をかいてはいけません。鉱脈頼りだったこの国はどんどん廃れていきました。民への徴税も酷い。そして、まだ豊かな他国へ侵略したのです。それを制圧したのがヴァルテマです」
「立場、ということですか?」
「そう、それぞれの立場で見方は変わると言うことです」
「ですが、陛下はヴァルテマは非道だと仰っていました」
「それも立場です。もっと上手いやりようがあったのではないか。血を流さず治める方法があったのではないか。それを充分模索したのか。考えあげればキリがありません。頭を押さえつけるのではなく手を取り合う方法はなかったのか、と」

語る口調は穏やかでグレアムの人柄がわかるようだ。

「あちらとは国交がないのになぜこんなに文献があるのですか?」
「国交はなくとも人は行き来するものです」

そっと人差し指を唇に乗せるグレアムにふふっと笑ってしまう。
あちらから逃げて来た人も、こちらから密偵を送り込んだこともあるのだろう。
世界はまだまだ広い、とリュカは思う。



アイザックと共に城を後にする。
共に出仕し、リュカは丸一日書庫に籠っていた。

「書庫はどうだった?」
「とても勉強になりました」
「その・・・グレアム殿はどうだった?」
「とても良い方だと思います。穏やかで聡明な方だと」

そうか、と落ち込んだ声音にリュカは笑った。

「僕にとって一番魅力的なのはアイクですよ」
「わかってるけど妬いてしまうんだ」
「なんと可愛らしい」

おどけたように言うリュカにアイザックは子どものように口を尖らせた。
ここは話を変えねばいつまでも拗ねてしまう。

「その後、ヘネシー院長はどうですか?」
「何も」
「では、その他の方たちは?」
「聞いて気分のよくなる話じゃない」
「知りたいです」
「リュカは本当に知りたがりだな」

はい、とアイザックの腕に自分の腕を絡める。
後でな、とつむじに口付けられた時にちょうど馬車が止まった。
大好きな温かい公爵家に帰る。
同じようにこの国に帰してやりたい、と思うのは傲慢だろうか。
まだ見ぬ子らの立場というものにリュカは思いを馳せた。
しおりを挟む
感想 184

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

花婿候補は冴えないαでした

BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

処理中です...