その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

谷絵 ちぐり

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救出

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城下から外れた下町の住宅街。
小さな家がひしめき合うように建ち並んでいる一角。
少し傾いたその家は静かで、誰か住んでいるようには見えない。
舗装のされていない土が剥き出しの道では子どもらが遊んでいる。
棒で引っかいて作った丸や三角に、けんけんぱの掛け声でぴょんぴょん飛んでいた。

「あーあ、言ったらリュシーも来たがったのに」
「お前、それもう止めろ。アイザックの嫌そうな顔知ってるだろ?」

へらっと笑うエルドリッジに、リスベルはどうしようもねぇなと思った。
来る者拒まず去るもの追わずな弟は、あちらこちらと落ち着きがなかった。
それがどうだ、他人アイザックの奥方に恋慕のような情を抱いている。

「お前のそれはなんなんだ」
「だって、ずるくねぇ?」
「なにが」
「先に出会ったのが俺だったら・・・」
「たらればは止めろ。お前の好きな奥方はアイザックのことを愛している奥方だ。ただのコックスヒルの三男だったら見向きもしてないだろうよ」
「もう言われた」
「は?」
「ただすれ違っただけだろうって」
「で?」
「そうだな、って返したよ」

ぶっとリスベルは吹き出して声を殺して笑った。
百戦錬磨かと思われた弟は、初めてのに駄々をこねて強がる子どもであった。

「エル、可愛いな」
「きめぇ」

リスベルは悪態をつく弟の頭をぐりぐりと撫で回した。

「隊長、整いました」
「よし、行くか」

ただ一人留守番していた女、名はユール。
ユールが言うには週に一度この家に食料を運ぶと言う。
詳しいことは知らない、聞かされていない。
ただ内密に事を運べばそれなりの金が得られる。
それだけだった。
ユールには年老いた両親がおり、そこにつけ込んだ仕儀だった。


平民服を身にまとった女騎士がコンコンと粗末な木の扉をノックする。
届けに参りました、女騎士の言葉にキィィと嫌な音を立てて扉が開いた。

「あ?新しい姉ちゃんか?」

女騎士はニコリと笑うと下卑た笑いの男の鼻っ柱を真正面から殴りつけた。

「ちょ、ちょっと!いきなり殴ったら駄目でしょうが」
「こんな笑い方する奴は悪い奴に決まってます」
「カティアー!!」

女騎士はアーカード家の長女でありリスベルの、そしてエルドリッジの妹であった。
カティアと呼ばれた女騎士は倒れ込んだ男を踏みつけ中に乗り込んだ。
グギャと叫ぶ男に、うるせぇなとその顎を蹴りつけた。

「カティアー!!!」

リスベルの大声に、二階から奥からそろっと何人か出てきた。

「あら、私たち怪しい者じゃないわ。あなた達を助けに来たのよ」

ぽかんと口を開ける男女にカティアは微笑みかけた。
それは見た者を虜にするような美しく華やかな笑みだった。
男を踏みつけにさえしていなければ。


その頃──

リュカはルイスから差し戻された原稿を手直ししていた。
物書き机には原稿が散乱しており、それをジェリーが一枚一枚確認しながらまとめていく。

「リューカー!!」
「旦那様の声ですね」
「どうしたんだろう」

まだ陽は高くアイザックが帰宅する刻限ではない。
首を傾げる二人はバンと音をたてて開く扉に肩を震わせた。

「良かった、いた」
「どうされたんですか?」

よく見ればアイザックの額には汗が浮いている。
つかつかと歩みよってリュカの肩に手を置いたアイザックは、大きく息を吐いた。

「今日、騎士団の手入れがあったんだ」
「まぁ」
「・・・終わったぞ」
「あら」

行ってみたかった、という言葉は辛うじて飲み込んだ。

「それで、どうしたんですか?」
「あいつが」
「あいつ?」
「今日もリュシーは可愛かった、とか言うもんだから」

またあの人エルドリッジか、とリュカは嘆息した。

「旦那様、今日はずっと部屋に籠ってましたよ」
「わかってる。そうだとは思っていたが、自分の目で確かめないといられなかった」

リュカは水差しからグラスに水をなみなみと注いだ。
それを渡しながら膝をついたアイザックの頭をよしよしと撫でる。

「僕が好きなのはアイクで、天と地がひっくり返ってもあの人とどうこうなりませんよ」
「わかってる」
「あの人、アイクのことが大好きなんじゃないですか?だから、遠回しに僕を排除しようとしてるんじゃ・・・」

リュカの言葉にぶふぅっとアイザックは吹いた。
そして大いに笑った、腹を抱えて。

「なにかおかしいですか?」
「いや、おかしくない。おかしくはないが、エルドリッジが可哀想になった」

ひぃひぃと笑いながらアイザックは城に戻っていった。
残されたのは首を傾げるリュカとジェリー。

「なんであんなに笑ったの?」
「さあ、エルドリッジってどんな人なんすか?」
「んー、真面目だけど不真面目な人」
「なんすか、それ」


その頃、騎士団隊舎でエルドリッジが大きなくしゃみをしたとかしないとか。
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