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カナン養護院から王都まで、そこから王城まで馬車は淀みなく進む。
車窓から見る騎士隊の面子は皆一様に苦々しい顔をしていた。
その内の一人の馬の背に一緒に乗っているハリーはぼんやりと揺られている。
空は青く晴れていて、薄い雲はゆったり流れている。
この広がる空も昇る太陽もたったひとつで、世界はどこまでも広がっていると聞く。
「リュカ、おいで」
「はい」
向かい合う席から隣合う席へ。
そっとアイザックに身を寄せる。
「つまらぬ焼きもちを妬いた」
「はい。その通りです」
「すまない」
「はい」
「リュカ、大丈夫だよ」
はい、と答えた声は自分でも震えているのがわかった。
あの親子を記したような台帳。
あれはΩを子を産む道具としか見ていない。
αとβと、時にはΩ同士で。
どの組み合わせでどの性別の子が産まれるのか。
この同じ青空の下、そうした子らがいる。
「アイク、僕は嫌です」
「あぁ、俺もだよ」
小さく震えるリュカをアイザックは抱きしめる。
愛しくてたまらない。
涙を堪えきれずに嗚咽を漏らす小さな体が愛おしい。
愛おしい存在がいるからこそ許せない。
愛する自由も愛される自由も、何より自分自身である自由をとりあげられた子ども達。
何者がそれを強いているのか。
王城へは表門ではなく裏門から入る。
赤くなっているであろう目元を優しく撫でてくれるアイザックに安堵する。
「リュカはここでもう帰るか?」
「いいえ」
「そう言うと思った」
クスリと笑うアイザックの瞳に怒りの炎が見える。
その炎に、最後まで見届けるのだとリュカは心の中で誓った。
それがどんなことであっても。
広間にはカナン養護院の子らが集まっていた。
どの子も初めて入る城の中にキョロキョロと視線が忙しない。
ふくふくとした頬に、無邪気な笑顔。
大切に扱われているのだとわかる。
だからこそ、あの隠してあったあれらが気持ち悪いのだ。
広間を抜けて向かった先は謁見の間。
「アイク、ここは・・・」
「あぁ、陛下がいらっしゃるそうだ」
謁見の間にはすでにヘネシー院長がいた。
すっと背筋を伸ばし落ち着いて立っている。
衛兵に脇を固められているのに焦る様子もない。
なぜだろう、考えていると奥の扉が開いた。
「待たせたかな」
陛下の後にマルティン宰相、セオドアとベルフィールも続く。
どかりと一際高い位置にある玉座に座ると陛下は口を開いた。
「さて、話を聞こうじゃないか。ヘネシー・ブラウン」
「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しくお目通り叶いましたこと、大変光栄でございます。ですが、なんのお話をすれば良いのか私には皆目見当もつきません」
「そうか、なるほど?なかなかに教養があるのだな。一介の養護院院長ではないということか」
国の頂点である国王陛下に対しても、ヘネシー院長は変わりなくそこにいる。
「保護された子は親がいないと申告されておるのに、この台帳には親らしき者の名が記してあるが?」
「なんのことか存じ上げません」
「院長室の床下から出てきたのだ」
「では、先代の物ではないでしょうか?」
「そうか、では話を変えよう。養護院を出た子らはどこへ行った?報告されている商家や城下の店には居なかったようだが?」
「辞めてしまったのでは?そこまで責任は負えません」
「ふむ、海の向こうへ嫁いだのではなく?」
ぴくりとヘネシー院長の肩が小さく跳ねた。
初めて見せる反応だなとリュカは思い、さすが陛下だなとも思った。
陛下もその反応を見てとり口の端を上げた。
「海の向こうといえばヴァルテマ帝国だが、我が国とは国交はない。だが、国交は無くとも情報はある。聞くところによると彼の国は素晴らしい国のようだな。数多の小国、野蛮な部族を纏めあげ人々に安寧をもたらしていると聞く」
ヘネシー院長は答えない。
答えないが小さく震えている。
その反応に気をよくした陛下はなおも言い募る。
「そんな良き大国に嫁いだとあればそれはめでたいなぁ。いっそ我が国と友好を結ぶというのもいいかもしれんな、なぁ宰相」
「えぇ。大国であり強国ですから、友好が結べるのは嬉しい話で・・・」
──やめろ!!
ヘネシー院長がここへ来て大声をあげた。
両の拳を握りしめる、顔は真っ赤に染まって陛下を睨みつけている。
「帝国がなんだって?圧倒的な武力で制圧し、国民に圧政を敷くことのどこが素晴らしき国なのだ!!ヴァルテマが大陸統一等と馬鹿げたことを掲げたおかげで、どれほどの人が死んだと思ってるのだ!平和ボケしたこの国にはわかるまい、海をひとつ超えた先で起こっていることなど!!」
「やはりそうか。彼の国が非道なことはよく知っている」
陛下がヘネシー院長を見下ろす視線はこの上なく冷たい。
「ヘネシー・ブラウン、お前は帝国に制圧されたいずこかの国の者だな?帝国に反旗を翻す連合軍あたりか?我の子を使って何を企んでいる?」
陛下の放つ圧倒的なαの威圧に耐えきれず、ヘネシー院長は膝をつき、ハァハァと浅く荒い息を吐きながら胸を押さえてどうと倒れてしまった。
※なんだかシリアスですね、すみません
車窓から見る騎士隊の面子は皆一様に苦々しい顔をしていた。
その内の一人の馬の背に一緒に乗っているハリーはぼんやりと揺られている。
空は青く晴れていて、薄い雲はゆったり流れている。
この広がる空も昇る太陽もたったひとつで、世界はどこまでも広がっていると聞く。
「リュカ、おいで」
「はい」
向かい合う席から隣合う席へ。
そっとアイザックに身を寄せる。
「つまらぬ焼きもちを妬いた」
「はい。その通りです」
「すまない」
「はい」
「リュカ、大丈夫だよ」
はい、と答えた声は自分でも震えているのがわかった。
あの親子を記したような台帳。
あれはΩを子を産む道具としか見ていない。
αとβと、時にはΩ同士で。
どの組み合わせでどの性別の子が産まれるのか。
この同じ青空の下、そうした子らがいる。
「アイク、僕は嫌です」
「あぁ、俺もだよ」
小さく震えるリュカをアイザックは抱きしめる。
愛しくてたまらない。
涙を堪えきれずに嗚咽を漏らす小さな体が愛おしい。
愛おしい存在がいるからこそ許せない。
愛する自由も愛される自由も、何より自分自身である自由をとりあげられた子ども達。
何者がそれを強いているのか。
王城へは表門ではなく裏門から入る。
赤くなっているであろう目元を優しく撫でてくれるアイザックに安堵する。
「リュカはここでもう帰るか?」
「いいえ」
「そう言うと思った」
クスリと笑うアイザックの瞳に怒りの炎が見える。
その炎に、最後まで見届けるのだとリュカは心の中で誓った。
それがどんなことであっても。
広間にはカナン養護院の子らが集まっていた。
どの子も初めて入る城の中にキョロキョロと視線が忙しない。
ふくふくとした頬に、無邪気な笑顔。
大切に扱われているのだとわかる。
だからこそ、あの隠してあったあれらが気持ち悪いのだ。
広間を抜けて向かった先は謁見の間。
「アイク、ここは・・・」
「あぁ、陛下がいらっしゃるそうだ」
謁見の間にはすでにヘネシー院長がいた。
すっと背筋を伸ばし落ち着いて立っている。
衛兵に脇を固められているのに焦る様子もない。
なぜだろう、考えていると奥の扉が開いた。
「待たせたかな」
陛下の後にマルティン宰相、セオドアとベルフィールも続く。
どかりと一際高い位置にある玉座に座ると陛下は口を開いた。
「さて、話を聞こうじゃないか。ヘネシー・ブラウン」
「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しくお目通り叶いましたこと、大変光栄でございます。ですが、なんのお話をすれば良いのか私には皆目見当もつきません」
「そうか、なるほど?なかなかに教養があるのだな。一介の養護院院長ではないということか」
国の頂点である国王陛下に対しても、ヘネシー院長は変わりなくそこにいる。
「保護された子は親がいないと申告されておるのに、この台帳には親らしき者の名が記してあるが?」
「なんのことか存じ上げません」
「院長室の床下から出てきたのだ」
「では、先代の物ではないでしょうか?」
「そうか、では話を変えよう。養護院を出た子らはどこへ行った?報告されている商家や城下の店には居なかったようだが?」
「辞めてしまったのでは?そこまで責任は負えません」
「ふむ、海の向こうへ嫁いだのではなく?」
ぴくりとヘネシー院長の肩が小さく跳ねた。
初めて見せる反応だなとリュカは思い、さすが陛下だなとも思った。
陛下もその反応を見てとり口の端を上げた。
「海の向こうといえばヴァルテマ帝国だが、我が国とは国交はない。だが、国交は無くとも情報はある。聞くところによると彼の国は素晴らしい国のようだな。数多の小国、野蛮な部族を纏めあげ人々に安寧をもたらしていると聞く」
ヘネシー院長は答えない。
答えないが小さく震えている。
その反応に気をよくした陛下はなおも言い募る。
「そんな良き大国に嫁いだとあればそれはめでたいなぁ。いっそ我が国と友好を結ぶというのもいいかもしれんな、なぁ宰相」
「えぇ。大国であり強国ですから、友好が結べるのは嬉しい話で・・・」
──やめろ!!
ヘネシー院長がここへ来て大声をあげた。
両の拳を握りしめる、顔は真っ赤に染まって陛下を睨みつけている。
「帝国がなんだって?圧倒的な武力で制圧し、国民に圧政を敷くことのどこが素晴らしき国なのだ!!ヴァルテマが大陸統一等と馬鹿げたことを掲げたおかげで、どれほどの人が死んだと思ってるのだ!平和ボケしたこの国にはわかるまい、海をひとつ超えた先で起こっていることなど!!」
「やはりそうか。彼の国が非道なことはよく知っている」
陛下がヘネシー院長を見下ろす視線はこの上なく冷たい。
「ヘネシー・ブラウン、お前は帝国に制圧されたいずこかの国の者だな?帝国に反旗を翻す連合軍あたりか?我の子を使って何を企んでいる?」
陛下の放つ圧倒的なαの威圧に耐えきれず、ヘネシー院長は膝をつき、ハァハァと浅く荒い息を吐きながら胸を押さえてどうと倒れてしまった。
※なんだかシリアスですね、すみません
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