上 下
65 / 190

追求 前

しおりを挟む
カナン養護院から王都まで、そこから王城まで馬車は淀みなく進む。
車窓から見る騎士隊の面子は皆一様に苦々しい顔をしていた。
その内の一人の馬の背に一緒に乗っているハリーはぼんやりと揺られている。
空は青く晴れていて、薄い雲はゆったり流れている。
この広がる空も昇る太陽もたったひとつで、世界はどこまでも広がっていると聞く。

「リュカ、おいで」
「はい」

向かい合う席から隣合う席へ。
そっとアイザックに身を寄せる。

「つまらぬ焼きもちを妬いた」
「はい。その通りです」
「すまない」
「はい」
「リュカ、大丈夫だよ」

はい、と答えた声は自分でも震えているのがわかった。
あの親子を記したような台帳。
あれはΩを子を産む道具としか見ていない。
αとβと、時にはΩ同士で。
どの組み合わせでどの性別の子が産まれるのか。
この同じ青空の下、そうした子らがいる。

「アイク、僕は嫌です」
「あぁ、俺もだよ」

小さく震えるリュカをアイザックは抱きしめる。
愛しくてたまらない。
涙を堪えきれずに嗚咽を漏らす小さな体が愛おしい。
愛おしい存在がいるからこそ許せない。
愛する自由も愛される自由も、何より自分自身である自由をとりあげられた子ども達。
何者がそれを強いているのか。


王城へは表門ではなく裏門から入る。
赤くなっているであろう目元を優しく撫でてくれるアイザックに安堵する。

「リュカはここでもう帰るか?」
「いいえ」
「そう言うと思った」

クスリと笑うアイザックの瞳に怒りの炎が見える。
その炎に、最後まで見届けるのだとリュカは心の中で誓った。
それがどんなことであっても。


広間にはカナン養護院の子らが集まっていた。
どの子も初めて入る城の中にキョロキョロと視線が忙しない。
ふくふくとした頬に、無邪気な笑顔。
大切に扱われているのだとわかる。
だからこそ、あの隠してあったあれらが気持ち悪いのだ。
広間を抜けて向かった先は謁見の間。

「アイク、ここは・・・」
「あぁ、陛下がいらっしゃるそうだ」

謁見の間にはすでにヘネシー院長がいた。
すっと背筋を伸ばし落ち着いて立っている。
衛兵に脇を固められているのに焦る様子もない。
なぜだろう、考えていると奥の扉が開いた。

「待たせたかな」

陛下の後にマルティン宰相、セオドアとベルフィールも続く。
どかりと一際高い位置にある玉座に座ると陛下は口を開いた。

「さて、話を聞こうじゃないか。ヘネシー・ブラウン」
「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しくお目通り叶いましたこと、大変光栄でございます。ですが、なんのお話をすれば良いのか私には皆目見当もつきません」
「そうか、なるほど?なかなかに教養があるのだな。一介の養護院院長ではないということか」

国の頂点である国王陛下に対しても、ヘネシー院長は変わりなくそこにいる。

「保護された子は親がいないと申告されておるのに、この台帳には親らしき者の名が記してあるが?」
「なんのことか存じ上げません」
「院長室の床下から出てきたのだ」
「では、先代の物ではないでしょうか?」
「そうか、では話を変えよう。養護院を出た子らはどこへ行った?報告されている商家や城下の店には居なかったようだが?」
「辞めてしまったのでは?そこまで責任は負えません」
「ふむ、海の向こうへ嫁いだのではなく?」

ぴくりとヘネシー院長の肩が小さく跳ねた。
初めて見せる反応だなとリュカは思い、さすが陛下だなとも思った。
陛下もその反応を見てとり口の端を上げた。

「海の向こうといえばヴァルテマ帝国だが、我が国とは国交はない。だが、国交は無くとも情報はある。聞くところによると彼の国は素晴らしい国のようだな。数多の小国、野蛮な部族を纏めあげ人々に安寧をもたらしていると聞く」

ヘネシー院長は答えない。
答えないが小さく震えている。
その反応に気をよくした陛下はなおも言い募る。

「そんな良き大国に嫁いだとあればそれはめでたいなぁ。いっそ我が国と友好を結ぶというのもいいかもしれんな、なぁ宰相」
「えぇ。大国であり強国ですから、友好が結べるのは嬉しい話で・・・」

──やめろ!!

ヘネシー院長がここへ来て大声をあげた。
両の拳を握りしめる、顔は真っ赤に染まって陛下を睨みつけている。

「帝国がなんだって?圧倒的な武力で制圧し、国民に圧政を敷くことのどこが素晴らしき国なのだ!!ヴァルテマが大陸統一等と馬鹿げたことを掲げたおかげで、どれほどの人が死んだと思ってるのだ!平和ボケしたこの国にはわかるまい、海をひとつ超えた先で起こっていることなど!!」
「やはりそうか。彼の国が非道なことはよく知っている」

陛下がヘネシー院長を見下ろす視線はこの上なく冷たい。

「ヘネシー・ブラウン、お前は帝国に制圧されたいずこかの国の者だな?帝国に反旗を翻す連合軍あたりか?我の子を使って何を企んでいる?」

陛下の放つ圧倒的なαの威圧に耐えきれず、ヘネシー院長は膝をつき、ハァハァと浅く荒い息を吐きながら胸を押さえてどうと倒れてしまった。




※なんだかシリアスですね、すみません
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜

明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。 しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。 それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。 だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。 流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…? エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか? そして、キースの本当の気持ちは? 分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです! ※R指定は保険です。

実は僕、アルファ王太子の側妃なんです!~王太子とは番なんです!

天災
BL
 王太子とは番になんです!

傾国の美青年

春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

恋人が本命の相手と結婚するので自殺したら、いつの間にか異世界にいました。

いちの瀬
BL
「 結婚するんだ。」 残されたのは、その言葉といつの間にか握らせられていた手切れ金の紙だけだった。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

処理中です...