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カナン養護院
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カナン養護院までの馬車の中、アイザックはずっと押し黙ってムッスリとした顔をしていた。
理由はわかっている。
わかっているが、もう面倒くさいなとリュカは思っていた。
「おはよう、リュシー」
たったあれだけのことでこうも臍を曲げられるとげんなりする。
エルドリッジにきっと他意はない。
ただアイザックをからかっているだけだ。
こんな凡庸な自分を好きだ、という奇特な人はアイザックだけなのだ。
「アイク、機嫌をなおしてください」
「なんだってあいつはああも馴れ馴れしいんだ!」
「からかってるだけですよ。気にしなきゃいいんです」
「リュカはあいつにリュシーって呼ばれて嬉しいの?」
じとりと座った視線はどんよりとしている。
「あっきれた。もう付き合いきれません。そうやってずっと不貞腐れていればいいんです」
「なんでそんなこと言うんだ!冷たいじゃないか」
はぁとリュカは溜息を吐いて、冷たくて結構と内心思っていた。
カタリと馬車が止まり、我先にとリュカは馬車を降りた。
エスコートも無しに降りてくるリュカに騎士隊の面々は首を傾げ、次いで降りてくるアイザックに背筋を凍らせた。
それを無視してリュカはすたすたと歩いていく。
カナン養護院は静まり返り、その前でハリーがポツンと立っている。
「ハリー!今日はごめんね、付き合ってもらって」
「い、いいえ、内部のことなら俺の方が良く知ってますから」
ハリーの両手を取ってぶんぶんと上下に振るリュカ。
その背後を見てハリーの顔は青ざめているがリュカはお構い無しにハリーと手を繋いで養護院に入っていった。
養護院には歳若い先生一人が留守番しており、突如として現れた騎士隊に腰を抜かしてしまった。
それを無視して、前回慰問に訪れた時に案内された院長室までリュカはずんずん進む。
「さて、ハリー。隠し部屋はどこ?」
「そんなのありませんよ」
「無いのぉ!?」
それから机の中は言わずもがな、テーブル下のラグまでひっぺがして捜索したがなにか手がかりになるような物は無かった。
リュカは変わらずアイザックにそっぽを向いていて、アイザックはそんなリュカをチラチラと気にしている。
エルドリッジはそれを見て笑い、またリスベルにはたかれていた。
「何も無いな。子らがどこへ行ったとか、どこから子らを保護しているとかそういうものが」
「空振りか」
「ハリー、何してるの?」
意気消沈する中、ハリーだけが床に這いつくばっている。
「あ、いや、思い出したんですよ。ラリーの事を聞きに来た時に、一度だけ院長がしゃがんでなにかしてたんです」
「なにか落としたんじゃ?」
「いや、そんな風じゃなかった気がするんです。その時はラリーのことばかり考えてたか・・・ん?ここだけ音が違う」
ハリーが拳で床を叩くとコンコンと軽い音がする。
他はゴンゴンと重い音がするのに。
よく見るとそこだけ床板の色が微妙に違って細い隙間がある。
リスベルの部下がなにやら先の平たい工具で床板を外していく。
「これは・・・」
「うわ、すごいね」
覗き込んだリスベルとエルドリッジは驚いて中のものを取り出した。
それは皮袋に入った大量の貨幣と紙幣だった。
あとは台帳が二冊。
「・・・なんだろ、成績表?」
パラパラとリスベルが捲る台帳に頭を寄せてリュカは呟いた。
台帳には子の名前と年齢、その横には丸や三角等が書いてある。
「これだけじゃわからないな」
「そうですね」
「そっちはどうだ?」
もう一冊を見ていたエルドリッジとアイザックの顔が強ばっている。
「リュカ、似ている子がいると言っていたな?名はわかるか?」
「はい。手帳に書き留めてあります」
見せられた台帳、そこに記されていたものを見てリュカは驚愕した。
そこには親の名と思わしきものと子の名が記されている。
似ている子らは父母のどちらかが、または父母共に同じ親だった。
それを横から顔を出して、台帳を覗いていたハリーは泣き崩れてしまった。
そこには、親の名としてラリーと記されていたから。
「一人残っていた女を呼べ」
リスベルの低く重い声には怒りが滲んでいた。
その頃──
養護院の子らを招いた王城の前庭はとても賑やかだった。
子らは紙芝居に笑顔を見せ、読んだことのない絵本に目を輝かせていた。
テーブルに山のように並んだ菓子が次々に消えていく。
「いいな、子どもは」
「ほしくなった?」
「あぁ、でももっとベルと二人きりでいたいとも思う」
「わがままだなぁ」
ふふふと微笑みながら寄り添う二人にマルティン宰相がそっと歩み寄った。
耳打ちされる言葉にセオドアの顔が歪んでいく。
「・・・意図的だと?」
「おそらく」
「カナンはここに留めろ。広間を開けておけ」
マルティン宰相は静かに下がり、ベルフィールは眉を寄せた。
子の笑顔を曇らせる得体のしれない何かが起こっている、ベルフィールはその気持ち悪さに震えた。
理由はわかっている。
わかっているが、もう面倒くさいなとリュカは思っていた。
「おはよう、リュシー」
たったあれだけのことでこうも臍を曲げられるとげんなりする。
エルドリッジにきっと他意はない。
ただアイザックをからかっているだけだ。
こんな凡庸な自分を好きだ、という奇特な人はアイザックだけなのだ。
「アイク、機嫌をなおしてください」
「なんだってあいつはああも馴れ馴れしいんだ!」
「からかってるだけですよ。気にしなきゃいいんです」
「リュカはあいつにリュシーって呼ばれて嬉しいの?」
じとりと座った視線はどんよりとしている。
「あっきれた。もう付き合いきれません。そうやってずっと不貞腐れていればいいんです」
「なんでそんなこと言うんだ!冷たいじゃないか」
はぁとリュカは溜息を吐いて、冷たくて結構と内心思っていた。
カタリと馬車が止まり、我先にとリュカは馬車を降りた。
エスコートも無しに降りてくるリュカに騎士隊の面々は首を傾げ、次いで降りてくるアイザックに背筋を凍らせた。
それを無視してリュカはすたすたと歩いていく。
カナン養護院は静まり返り、その前でハリーがポツンと立っている。
「ハリー!今日はごめんね、付き合ってもらって」
「い、いいえ、内部のことなら俺の方が良く知ってますから」
ハリーの両手を取ってぶんぶんと上下に振るリュカ。
その背後を見てハリーの顔は青ざめているがリュカはお構い無しにハリーと手を繋いで養護院に入っていった。
養護院には歳若い先生一人が留守番しており、突如として現れた騎士隊に腰を抜かしてしまった。
それを無視して、前回慰問に訪れた時に案内された院長室までリュカはずんずん進む。
「さて、ハリー。隠し部屋はどこ?」
「そんなのありませんよ」
「無いのぉ!?」
それから机の中は言わずもがな、テーブル下のラグまでひっぺがして捜索したがなにか手がかりになるような物は無かった。
リュカは変わらずアイザックにそっぽを向いていて、アイザックはそんなリュカをチラチラと気にしている。
エルドリッジはそれを見て笑い、またリスベルにはたかれていた。
「何も無いな。子らがどこへ行ったとか、どこから子らを保護しているとかそういうものが」
「空振りか」
「ハリー、何してるの?」
意気消沈する中、ハリーだけが床に這いつくばっている。
「あ、いや、思い出したんですよ。ラリーの事を聞きに来た時に、一度だけ院長がしゃがんでなにかしてたんです」
「なにか落としたんじゃ?」
「いや、そんな風じゃなかった気がするんです。その時はラリーのことばかり考えてたか・・・ん?ここだけ音が違う」
ハリーが拳で床を叩くとコンコンと軽い音がする。
他はゴンゴンと重い音がするのに。
よく見るとそこだけ床板の色が微妙に違って細い隙間がある。
リスベルの部下がなにやら先の平たい工具で床板を外していく。
「これは・・・」
「うわ、すごいね」
覗き込んだリスベルとエルドリッジは驚いて中のものを取り出した。
それは皮袋に入った大量の貨幣と紙幣だった。
あとは台帳が二冊。
「・・・なんだろ、成績表?」
パラパラとリスベルが捲る台帳に頭を寄せてリュカは呟いた。
台帳には子の名前と年齢、その横には丸や三角等が書いてある。
「これだけじゃわからないな」
「そうですね」
「そっちはどうだ?」
もう一冊を見ていたエルドリッジとアイザックの顔が強ばっている。
「リュカ、似ている子がいると言っていたな?名はわかるか?」
「はい。手帳に書き留めてあります」
見せられた台帳、そこに記されていたものを見てリュカは驚愕した。
そこには親の名と思わしきものと子の名が記されている。
似ている子らは父母のどちらかが、または父母共に同じ親だった。
それを横から顔を出して、台帳を覗いていたハリーは泣き崩れてしまった。
そこには、親の名としてラリーと記されていたから。
「一人残っていた女を呼べ」
リスベルの低く重い声には怒りが滲んでいた。
その頃──
養護院の子らを招いた王城の前庭はとても賑やかだった。
子らは紙芝居に笑顔を見せ、読んだことのない絵本に目を輝かせていた。
テーブルに山のように並んだ菓子が次々に消えていく。
「いいな、子どもは」
「ほしくなった?」
「あぁ、でももっとベルと二人きりでいたいとも思う」
「わがままだなぁ」
ふふふと微笑みながら寄り添う二人にマルティン宰相がそっと歩み寄った。
耳打ちされる言葉にセオドアの顔が歪んでいく。
「・・・意図的だと?」
「おそらく」
「カナンはここに留めろ。広間を開けておけ」
マルティン宰相は静かに下がり、ベルフィールは眉を寄せた。
子の笑顔を曇らせる得体のしれない何かが起こっている、ベルフィールはその気持ち悪さに震えた。
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