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続々 めい探偵リュシー
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もにゅもにゅとリュカは目の前の弾力のあるなにかを食べていた。
お腹が空いて仕方ないのだ。
しかし一向に噛みきれないそれに焦れてリュカはガブリと思い切りよく噛みついた。
「いった!いででで・・・」
なにかが喋った。
薄ぼんやりと目を開けて声のした方を見ると顔を顰めているアイザックと目があった。
合った途端リュカはポロポロと涙を零してしまう。
「ど、どうした?どこか痛むか?ごめんよ、リュカ」
おろおろと狼狽えながら撫で摩りそっと抱きしめてくるその胸には噛み跡がついていた。
「お腹が空きました」
昨日は夕刻前に屋敷に帰ってきてから何も食べていないのだ。
室内が薄ら明るくなっているのでもう朝方なんだろう。
きゅうきゅうと腹が鳴いている。
腹が空き過ぎると泣けてくるものだ、とリュカは初めて知った。
グズグズと泣きじゃくるリュカにアイザックはぶどうを一粒口に入れてやり、バタバタと寝室を出ていった。
サイドテーブルを見ると水差しとぶどうを盛った皿が置いてある。
手を伸ばせば届くそれに手が出ない。
戻ってきたアイザックが持つ盆からはティムの作った野菜スープの匂いがする。
とろとろになるまで野菜を煮込んで濾して黄金色に輝いているそれはリュカの好物だ。
「リュカの大好きな干しぶどうたっぷりのパンもあるよ」
アイザックの膝に乗って、あーと口を開ける。
ぶどうパンを食べて、スープも口にいれてもらう。
何も言わなくても欲しいものがわかるみたいに、次々口に運んでくれる。
縮こまっていた腹がどんどん満たされていく。
「アイク、ごめんなさい」
「ん?」
「勝手に動いて、約束破ってごめんなさい」
「何があるかわからないからね?」
こくりと頷くとアイザックは優しく笑った。
「じゃ、リュカにひとつ頼もうかな」
「なんですか?」
「養護院の調査を一緒にしようか」
「一緒?」
「一緒」
破顔したリュカはぎゅうぎゅうとアイザックに抱きついた。
「俺から離れちゃ駄目だよ?」
「はい!」
その後、アイザックは執務の調整に行くと言って出仕していった。
帰りは遅くなるのだそうだ。
それはなんだか寂しい、しょげているとジェリーが顔を出した。
「反省したか?」
「・・・した。ジェリーでしょ、告げ口したの」
「バレたか」
「ま、いいや。心配してくれたんでしょ?ありがと」
「どういたしまして」
にひひと二人は笑い合って、ジェリーは庭仕事があると言って行ってしまった。
リュカはそのままベッドでうとうとして眠りに落ちた。
目覚めると空が真っ赤に染まっていて、なぜかアイザックが同じように隣で横になっていた。
「あれ?遅いんじゃ?」
「リュカが寂しそうな顔してたから、すごーく頑張ってきた」
「・・・好き」
「俺も好き」
うふふ、えへへ、あははとなんだかわからない笑い声をあげてじゃれ合う二人の声は、食事を運んできたエマ達の耳にも届き困らせたのだった。
次の日──
リュカとアイザックは金物屋グリスを訪れていた。
何日かハリーを調査したが何も出なかったそうだ。
「ハリーは無害ということですか?」
「多分ね。どこかから文が届く様子も誰か訪ねて来ることもない」
「そうですか」
金物屋グリスの店主ランスは突然訪れたリュカとアイザックに恐縮した。
グリスは父親の名前で、二代目にあたる彼は慌ててハリーを呼びに行った。
小鳥茶屋で向き合うハリーは大きな体躯を縮こまらせて座っている。
キョトキョトと落ち着かないのは裏があるからか、ただ緊張しているだけなのか。
「ハリー?」
「ひゃい!!」
「緊張しないで?僕たち、ハリーから話を聞きたいだけなんだ」
「な、なな、ななんでしょうか!!」
「まず、お茶飲んで?」
カチコチに緊張してしまったハリーの為にリュカは甘いジャムサンドも頼んだ。
茶を飲み、口に甘いものを入れてやっとハリーはその体から力を抜いた。
「あの、話ってなんでしょう?」
「カナン養護院のことなんだけれど・・・」
「な!なんかありましたか!?」
身を乗り出すハリーにリュカとアイザックは目を丸くした。
ハリーの顔は焦っているような悔しそうな、そんな感情が滲んでいる。
「どうしたの?」
「あの、その、こんなこと言っていいのか・・・」
「いいよ、言ってごらん?」
ハリーがぽつぽつと語る話はあっちこっちと話が逸れたが、辛抱強く聞くとなんとも気持ち悪い話だった。
ハリーは十三年前、十二歳で金物屋に奉公に出た。
それから、暇を見つけては養護院へ手伝いに行っていた。
今のヘネシー院長はハリーと入れ替わるように働き出したのだという。
ハリーには弟分のような存在がいたが、それがΩの判定を受けた。
Ωだと奉公先に苦慮するので、ハリーは同じ金物屋に奉公できないか?とランスに話していた。
ランスはハリーがちゃんと面倒を見るならとその提案を受け入れた。
説得には一年かかったという。
その一年の間に先代の院長は病に伏せり、その弟分は養護院から消えた。
良縁に恵まれた、とヘネシー院長代理はそれしか言わなかった。
そして、先代が亡くなりヘネシー院長がその後を継いだ。
「けど、そんなのおかしいです。ラリーが俺になにも言わずに、文も残さずに居なくなるなんて。何度も何度も尋ねました。けど・・・」
ぐいと鼻を擦ってハリーは何かに耐えているように視線を落とした。
まだ十一歳だったのに、と握りしめる拳は震えている。
リュカとアイザックはなんと声をかけて良いかわからず黙ってしまった。
目の前の青年の悔しさや、無念さが伝わってくる。
リュカは隣に座るアイザックの手を握りしめる。
「ハリー、養護院のこと、君のこと、気づくのが遅くなって申し訳なかった。養護院のことはこちらに任せてほしい」
アイザックの言葉に堪えていたハリーの目から涙がぽたりと落ちた。
リュカはそれにハンカチを差し出して、固めた拳をそっと撫でてやった。
お腹が空いて仕方ないのだ。
しかし一向に噛みきれないそれに焦れてリュカはガブリと思い切りよく噛みついた。
「いった!いででで・・・」
なにかが喋った。
薄ぼんやりと目を開けて声のした方を見ると顔を顰めているアイザックと目があった。
合った途端リュカはポロポロと涙を零してしまう。
「ど、どうした?どこか痛むか?ごめんよ、リュカ」
おろおろと狼狽えながら撫で摩りそっと抱きしめてくるその胸には噛み跡がついていた。
「お腹が空きました」
昨日は夕刻前に屋敷に帰ってきてから何も食べていないのだ。
室内が薄ら明るくなっているのでもう朝方なんだろう。
きゅうきゅうと腹が鳴いている。
腹が空き過ぎると泣けてくるものだ、とリュカは初めて知った。
グズグズと泣きじゃくるリュカにアイザックはぶどうを一粒口に入れてやり、バタバタと寝室を出ていった。
サイドテーブルを見ると水差しとぶどうを盛った皿が置いてある。
手を伸ばせば届くそれに手が出ない。
戻ってきたアイザックが持つ盆からはティムの作った野菜スープの匂いがする。
とろとろになるまで野菜を煮込んで濾して黄金色に輝いているそれはリュカの好物だ。
「リュカの大好きな干しぶどうたっぷりのパンもあるよ」
アイザックの膝に乗って、あーと口を開ける。
ぶどうパンを食べて、スープも口にいれてもらう。
何も言わなくても欲しいものがわかるみたいに、次々口に運んでくれる。
縮こまっていた腹がどんどん満たされていく。
「アイク、ごめんなさい」
「ん?」
「勝手に動いて、約束破ってごめんなさい」
「何があるかわからないからね?」
こくりと頷くとアイザックは優しく笑った。
「じゃ、リュカにひとつ頼もうかな」
「なんですか?」
「養護院の調査を一緒にしようか」
「一緒?」
「一緒」
破顔したリュカはぎゅうぎゅうとアイザックに抱きついた。
「俺から離れちゃ駄目だよ?」
「はい!」
その後、アイザックは執務の調整に行くと言って出仕していった。
帰りは遅くなるのだそうだ。
それはなんだか寂しい、しょげているとジェリーが顔を出した。
「反省したか?」
「・・・した。ジェリーでしょ、告げ口したの」
「バレたか」
「ま、いいや。心配してくれたんでしょ?ありがと」
「どういたしまして」
にひひと二人は笑い合って、ジェリーは庭仕事があると言って行ってしまった。
リュカはそのままベッドでうとうとして眠りに落ちた。
目覚めると空が真っ赤に染まっていて、なぜかアイザックが同じように隣で横になっていた。
「あれ?遅いんじゃ?」
「リュカが寂しそうな顔してたから、すごーく頑張ってきた」
「・・・好き」
「俺も好き」
うふふ、えへへ、あははとなんだかわからない笑い声をあげてじゃれ合う二人の声は、食事を運んできたエマ達の耳にも届き困らせたのだった。
次の日──
リュカとアイザックは金物屋グリスを訪れていた。
何日かハリーを調査したが何も出なかったそうだ。
「ハリーは無害ということですか?」
「多分ね。どこかから文が届く様子も誰か訪ねて来ることもない」
「そうですか」
金物屋グリスの店主ランスは突然訪れたリュカとアイザックに恐縮した。
グリスは父親の名前で、二代目にあたる彼は慌ててハリーを呼びに行った。
小鳥茶屋で向き合うハリーは大きな体躯を縮こまらせて座っている。
キョトキョトと落ち着かないのは裏があるからか、ただ緊張しているだけなのか。
「ハリー?」
「ひゃい!!」
「緊張しないで?僕たち、ハリーから話を聞きたいだけなんだ」
「な、なな、ななんでしょうか!!」
「まず、お茶飲んで?」
カチコチに緊張してしまったハリーの為にリュカは甘いジャムサンドも頼んだ。
茶を飲み、口に甘いものを入れてやっとハリーはその体から力を抜いた。
「あの、話ってなんでしょう?」
「カナン養護院のことなんだけれど・・・」
「な!なんかありましたか!?」
身を乗り出すハリーにリュカとアイザックは目を丸くした。
ハリーの顔は焦っているような悔しそうな、そんな感情が滲んでいる。
「どうしたの?」
「あの、その、こんなこと言っていいのか・・・」
「いいよ、言ってごらん?」
ハリーがぽつぽつと語る話はあっちこっちと話が逸れたが、辛抱強く聞くとなんとも気持ち悪い話だった。
ハリーは十三年前、十二歳で金物屋に奉公に出た。
それから、暇を見つけては養護院へ手伝いに行っていた。
今のヘネシー院長はハリーと入れ替わるように働き出したのだという。
ハリーには弟分のような存在がいたが、それがΩの判定を受けた。
Ωだと奉公先に苦慮するので、ハリーは同じ金物屋に奉公できないか?とランスに話していた。
ランスはハリーがちゃんと面倒を見るならとその提案を受け入れた。
説得には一年かかったという。
その一年の間に先代の院長は病に伏せり、その弟分は養護院から消えた。
良縁に恵まれた、とヘネシー院長代理はそれしか言わなかった。
そして、先代が亡くなりヘネシー院長がその後を継いだ。
「けど、そんなのおかしいです。ラリーが俺になにも言わずに、文も残さずに居なくなるなんて。何度も何度も尋ねました。けど・・・」
ぐいと鼻を擦ってハリーは何かに耐えているように視線を落とした。
まだ十一歳だったのに、と握りしめる拳は震えている。
リュカとアイザックはなんと声をかけて良いかわからず黙ってしまった。
目の前の青年の悔しさや、無念さが伝わってくる。
リュカは隣に座るアイザックの手を握りしめる。
「ハリー、養護院のこと、君のこと、気づくのが遅くなって申し訳なかった。養護院のことはこちらに任せてほしい」
アイザックの言葉に堪えていたハリーの目から涙がぽたりと落ちた。
リュカはそれにハンカチを差し出して、固めた拳をそっと撫でてやった。
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