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うさぎの叫び
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バセットの王城の回廊には至るところに絵画や、その壁に装飾が施してあった。
目を引く大きな一枚絵は風景画であったり、花瓶に活けられた花であったりした。
「確かに、あの絵に目を奪われました。装飾が施してあったことは覚えておりますが、どんなものだったか?と尋ねられれば首を傾げてしまいます」
「夫人でもそうなのだな」
「どういう意味でしょう?」
「好奇心旺盛で目ざといだろう?」
笑いを隠さずにエルドリッジはそう言い切った。
「あの装飾にはね、鏡が隠されていたよ。どうしても絵画に目がいくからね、上手いやり方だと思った」
「鏡、ですか?」
「そう、ちょうどこんな所にね」
リュカは物語の執筆を終え、本日は城に出仕していた。
エルドリッジと警ら体制の見直しで、また城の中を歩いていた途中の話である。
そこはT字路になっており、二人は今ちょうど分かたれた部分に立っている。
そこに立っていて、とエルドリッジがリュカから離れる。
リュカからは二方向に伸びた道は見えない。
これでどうだい?とエルドリッジが鏡を掲げた。
「あっ、見えます。ここから見えない二方向の先がよく」
「そうだろう?バセットには隠し鏡がたくさんあったよ。本来なら複数常駐しそうなところに一人だったから、その理由を探るのに苦労したよ」
「よく気づけましたね」
「お、褒めてくれる?」
「えぇ、アーカード警ら部長様の慧眼には恐れ入ります。ちゃんとお仕事なさっていたのですねぇ」
「夫人みたいに遊び回ってないよ」
顔を見合わせてクスクスと笑う。
そのまま、また回廊を進む。
今は城の裏側、各部がありそれに伴う文官も使用人達も入り乱れる場所だ。
「で?夫人は何かあったかな?」
「そうですねぇ。どうして、私が誰にも見咎められずに城の中を移動出来たと思いますか?」
「んー?地味だから?」
「あはは、そうです。それも大きな要因ですが、正解は装いです。文官は文官の制服を、侍女はお仕着せを、侍従はそれに相応しいものを。よほど親しくなければ顔など覚えていないのです。ですから、侵入者がいてもそれと気づけないのです」
「なるほど」
歩きながら行き着いた使用人食堂で茶を飲みながら話す。
そう、数多の人がひしめく場では身の回りの顔を覚えるのが精一杯なのだ。
「しかし、城勤め全員を覚えろというのは・・・」
「そうですねぇ、ブローチなどいかがでしょうか?それぞれの部門のブローチを作り、出仕すればそれを身につけ退く時にはそれを返す」
「偽造されるぞ?」
「そう、そこなんですよねぇ。つけている本人にもわからないなにか工夫がいるかもしれません。ともあれ、莫大な費用がかかってしまいますね」
財務部に勤める長兄が倒れそうな案件だ、とリュカは笑った。
「まぁ、夫人はひとつの案をだしただけってことで」
「えぇ、そうです」
「それともうひとつの夫人の案はうちの兄を喜ばせていたよ」
ニヤニヤと笑うエルドリッジにリュカは首を傾げた。
第一騎士隊長とはバセットへの道中で世話になったが、個人的に話したことはない。
「義姉上とは少々マンネリ気味だと言っていたからな」
「マンネリ、ですか?」
「そう、あれは殆どの男が好きじゃないかなぁ。もちろん、俺もね」
エルドリッジはいたずらっ子のようなウィンクをリュカに送った。
ますますわからない、というかなにもかもがわからないとリュカは頭を悩ませた。
その謎が解けるのは、存外早く訪れた。
アイザックの休日を翌日に控え、リュカは少しだけ緊張していた。
執筆や城への出仕でアイザックに本当の意味で抱かれていない。
明日は休日だから、今夜は抱かれるだろうとリュカは思っていた。
久々のそれにほんの少しだけ緊張する。
鏡台の前で髪を梳かしながら、鏡越しに見るアイザックはなんだか嬉しそうに見える。
それがちょっぴり怖い。
「リュカ、おいで」
アイザックに手招きされベッドに腰をおろす。
「リュカ、俺はここ数日よく耐えたと思う」
「はい。好きにさせてくれて、ありがとうございます」
「そこでだな、褒美としてこれを着てほしい」
アイザックに差し出されたのは真っ白のもこもこの毛足の短いファーの塊のようなもの。
着るということが褒美の意味もよくわからず、リュカは曖昧に頷いた。
「・・・なんですか、これ」
「ほら、バセットへ向かう道中でリュカが言っただろう?『野うさぎが出てきました』って」
「あぁ、はい。そういえば・・・」
「あのうさぎがリュカならば、とんでもなく可愛いと思ったんだ」
広げたそれは太ももが丸見えになりそうな短いワンピースのようなもので、ご丁寧に尻と思われる部分には丸い尾がついていた。
「えっと、肩紐がないようですが」
「ない。なくてもずり落ちない。リュカの体に合わせて作ってある」
そう言って、アイザックはリュカの頭にうさぎの耳をつけた。
もちろん、ふわふわのファーで作ってある。
じたばたと呻きながらベッドを転げ回る伴侶を見てリュカは思う。
世の中のαは皆、変態なのか。
あと、野うさぎはだいたい茶色だと思う。
その後、黒猫の格好をさせられたベルフィールにリュカは怒られた。
なんでだ、解せない。
サラサラの銀髪に黒猫だなんて、さぞかし美しかろうに。
そしてそのまた後、第一騎士隊長夫人から茶会の招待状が届いた。
── 一度遊びにいらっしゃい
と書かれたそれにリュカは戦慄した。
黒猫、白猫に白うさぎ、大きな尻尾のリスと衣装全制覇をさせられたと聞く夫人の茶会。
「い、行きたくなーーーい!!」
リュカの叫びが公爵家に響き渡ったある晴れた日の朝であった。
目を引く大きな一枚絵は風景画であったり、花瓶に活けられた花であったりした。
「確かに、あの絵に目を奪われました。装飾が施してあったことは覚えておりますが、どんなものだったか?と尋ねられれば首を傾げてしまいます」
「夫人でもそうなのだな」
「どういう意味でしょう?」
「好奇心旺盛で目ざといだろう?」
笑いを隠さずにエルドリッジはそう言い切った。
「あの装飾にはね、鏡が隠されていたよ。どうしても絵画に目がいくからね、上手いやり方だと思った」
「鏡、ですか?」
「そう、ちょうどこんな所にね」
リュカは物語の執筆を終え、本日は城に出仕していた。
エルドリッジと警ら体制の見直しで、また城の中を歩いていた途中の話である。
そこはT字路になっており、二人は今ちょうど分かたれた部分に立っている。
そこに立っていて、とエルドリッジがリュカから離れる。
リュカからは二方向に伸びた道は見えない。
これでどうだい?とエルドリッジが鏡を掲げた。
「あっ、見えます。ここから見えない二方向の先がよく」
「そうだろう?バセットには隠し鏡がたくさんあったよ。本来なら複数常駐しそうなところに一人だったから、その理由を探るのに苦労したよ」
「よく気づけましたね」
「お、褒めてくれる?」
「えぇ、アーカード警ら部長様の慧眼には恐れ入ります。ちゃんとお仕事なさっていたのですねぇ」
「夫人みたいに遊び回ってないよ」
顔を見合わせてクスクスと笑う。
そのまま、また回廊を進む。
今は城の裏側、各部がありそれに伴う文官も使用人達も入り乱れる場所だ。
「で?夫人は何かあったかな?」
「そうですねぇ。どうして、私が誰にも見咎められずに城の中を移動出来たと思いますか?」
「んー?地味だから?」
「あはは、そうです。それも大きな要因ですが、正解は装いです。文官は文官の制服を、侍女はお仕着せを、侍従はそれに相応しいものを。よほど親しくなければ顔など覚えていないのです。ですから、侵入者がいてもそれと気づけないのです」
「なるほど」
歩きながら行き着いた使用人食堂で茶を飲みながら話す。
そう、数多の人がひしめく場では身の回りの顔を覚えるのが精一杯なのだ。
「しかし、城勤め全員を覚えろというのは・・・」
「そうですねぇ、ブローチなどいかがでしょうか?それぞれの部門のブローチを作り、出仕すればそれを身につけ退く時にはそれを返す」
「偽造されるぞ?」
「そう、そこなんですよねぇ。つけている本人にもわからないなにか工夫がいるかもしれません。ともあれ、莫大な費用がかかってしまいますね」
財務部に勤める長兄が倒れそうな案件だ、とリュカは笑った。
「まぁ、夫人はひとつの案をだしただけってことで」
「えぇ、そうです」
「それともうひとつの夫人の案はうちの兄を喜ばせていたよ」
ニヤニヤと笑うエルドリッジにリュカは首を傾げた。
第一騎士隊長とはバセットへの道中で世話になったが、個人的に話したことはない。
「義姉上とは少々マンネリ気味だと言っていたからな」
「マンネリ、ですか?」
「そう、あれは殆どの男が好きじゃないかなぁ。もちろん、俺もね」
エルドリッジはいたずらっ子のようなウィンクをリュカに送った。
ますますわからない、というかなにもかもがわからないとリュカは頭を悩ませた。
その謎が解けるのは、存外早く訪れた。
アイザックの休日を翌日に控え、リュカは少しだけ緊張していた。
執筆や城への出仕でアイザックに本当の意味で抱かれていない。
明日は休日だから、今夜は抱かれるだろうとリュカは思っていた。
久々のそれにほんの少しだけ緊張する。
鏡台の前で髪を梳かしながら、鏡越しに見るアイザックはなんだか嬉しそうに見える。
それがちょっぴり怖い。
「リュカ、おいで」
アイザックに手招きされベッドに腰をおろす。
「リュカ、俺はここ数日よく耐えたと思う」
「はい。好きにさせてくれて、ありがとうございます」
「そこでだな、褒美としてこれを着てほしい」
アイザックに差し出されたのは真っ白のもこもこの毛足の短いファーの塊のようなもの。
着るということが褒美の意味もよくわからず、リュカは曖昧に頷いた。
「・・・なんですか、これ」
「ほら、バセットへ向かう道中でリュカが言っただろう?『野うさぎが出てきました』って」
「あぁ、はい。そういえば・・・」
「あのうさぎがリュカならば、とんでもなく可愛いと思ったんだ」
広げたそれは太ももが丸見えになりそうな短いワンピースのようなもので、ご丁寧に尻と思われる部分には丸い尾がついていた。
「えっと、肩紐がないようですが」
「ない。なくてもずり落ちない。リュカの体に合わせて作ってある」
そう言って、アイザックはリュカの頭にうさぎの耳をつけた。
もちろん、ふわふわのファーで作ってある。
じたばたと呻きながらベッドを転げ回る伴侶を見てリュカは思う。
世の中のαは皆、変態なのか。
あと、野うさぎはだいたい茶色だと思う。
その後、黒猫の格好をさせられたベルフィールにリュカは怒られた。
なんでだ、解せない。
サラサラの銀髪に黒猫だなんて、さぞかし美しかろうに。
そしてそのまた後、第一騎士隊長夫人から茶会の招待状が届いた。
── 一度遊びにいらっしゃい
と書かれたそれにリュカは戦慄した。
黒猫、白猫に白うさぎ、大きな尻尾のリスと衣装全制覇をさせられたと聞く夫人の茶会。
「い、行きたくなーーーい!!」
リュカの叫びが公爵家に響き渡ったある晴れた日の朝であった。
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