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馬車内の攻防

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ベルフィール殿下の茶会から七日後にバセット行きが決定した。
急な話なようだが、それは陛下方が訪問する予定が王太子殿下に差し替えられただけだからである。
移動は街道見物も兼ねて二日かけて行う。
バセットには五日滞在し、また二日かけて帰路につく。
これは旅慣れていないリュカを思っての行程でアイザックが推し進めたという。

そんなリュカは今、姿見の前でアイザックにあれこれと支度されている。
着せられたポンチョは真っ白で首元には、アイザックの瞳の色のアメジストのブローチがついている。
かぶらされた丸い帽子も白で、リュカのローズブロンドの髪がよく映える。
似合わないとは思わないが、かといって自分を可愛いとは思わない。
可愛い可愛い、と抱きしめてくるアイザックにそっとため息を吐いた。

肩から下げた大きめのポシェットは裁縫上手な侍女のカーラが作ってくれた。
ピコピコの顔の刺繍が小さく入っていて、リュカの名も刺してある。
中にはペンと手帳とハンカチとキャンディが入っていて、奥様ではなく子どもだと思われているのでは?とリュカは思う。
それもこれも初めて王都を出るリュカの為の支度なので何も言えない。

乗りなれた公爵家の馬車にはいつもはないクッションや隅に置かれた箱にはタオルが入っていた。
馬車酔いはしたことないが、長距離移動は初めてなのでいたせりつくせりな用意にリュカは感激した。
ポーチの手帳には使用人達に聞いたお土産表が書き込んである。
何一つ零さず買って帰る!とリュカは心に誓った。

王城から近衛や騎士団に護衛されながら出立する。
その中にはエルドリッジもいて、なにかと理由をつけてこの旅団に加わったらしい。
バセットの警ら体制を見たいのかな、とリュカはのほほんと考えていた。
王都を出ると暫くは何もない街道を進む。
広がる平原とぽつりぽつりと生えている木が見える。
空は澄み渡り、雲はゆっくり流れていて鳥は悠々と飛んでいる。
そんな中リュカはアイザックと戦っていた。
さわさわと不埒に太ももを撫でさする手、その甲をギュッとつねる。

「そんなにしたら痛いだろ」

ちっとも痛くなさそうな顔で言うアイザックが憎らしい。

「アイクこそ、その手つきはやめてください」
「なんで?退屈だろ?」
「退屈じゃありません。こんなに広い景色を見るのは初めてです」
「次の街まではずっとこんなものだよ。昨夜は準備に忙しくてリュカに触れられなかったから死んでしまう」
「だから、そんなもので死にません」

言い合っている間にも腰を抱き寄せ、膝に乗せようとするのを阻止する。
馬車の外には騎士団の護衛がいるのだ。
やらしいことなど絶対にしたくない。
なんとか気を逸らせないものか、とリュカは考えて思いついた。

「アイク、いいですか?目を閉じてください」
「キスする?」
「違います!」
「はい」

クスクス笑ってアイザックは目を閉じた。
長い睫毛が影を落として整った顔立ちにうっかり見とれそうになる。

「リュカ?」
「あ、はい。では頭に思い浮かべてください。今、ここは森の中です。小川が流れています。鳥の声も聞こえます。あ、野うさぎが出てきましたよ。辺りを窺うように茂みから顔だけ出しています。キョロキョロと首を振って、ぴょんと飛びます。ぴょんぴょんと飛びながら小川へ向かいます。小川には魚が泳いでいて、その鱗に陽の光が反射して時折ピカリと光っています。それを木の上から見ているのはリスです。リスはそのふわふわの大きなしっぽを揺らして枝から枝へちょこちょこと駆けていきます」
「リュカ」

ん?と目を開けるとアイザックが、また眉間に皺を寄せて思案顔をしている。
眉間の皺は考える時の癖なのかもしれない、とリュカは思った。

「紙とペンを」
「僕の手帳とペンでもいいですか?」
「それでいいから早く」

なにか急な案件を思い出したのかもしれない。
リュカは慌ててポシェットからそれらを出して渡した。
ペンを走らせるアイザックの横顔は真剣で、思わずほぅとため息がでる。
結局アイザックは最初の休憩までずっとなにか考えながら書き込んでいた。
そんなもんだから、リュカは車窓を流れる景色を思う存分楽しんだ。

休憩する街で馬車を降りると、同じく降りてきたベルフィール殿下の顔が疲れている。
どうしたのだろうか。

「リュカ、おいで。お茶にしよう」
「はい」

アイザックと王太子殿下は手帳片手に真剣な面持ちで話し合っている。
バセットに行きたがらないことと関係あるのかな、とリュカはその話をベルフィールに話した。

「へぇ、なんだろうね?執務は引き継いできたし、急な案件なんてないと思うけれど」
「やはりバセットのことでしょうか」
「どうだろうね」

小さなお茶会が終わってもまだ二人は話し合っていた。
そこにはエルドリッジも加わり、更に今回の護衛の長である第一騎士隊長もいた。
なにかあったのだろうか、と遠巻きに眺めるリュカとベルフィール。
そんな二人に気づいた四人はにこりと笑った。
なぜだかその笑みに背筋がゾクリと震えた。
ベルフィールも同じなようで、縋るように抱きしめあったのだった。

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