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執念と一途

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眠い、とにかく眠いとリュカはとろとろと眠りを享受していた。
遠くからマーサの声が聞こえるが、もうどうでもいい。

「・・・奥様」
「ふごっっ!・・・マーサ、鼻つまんで起こすのやめて」
「さ、起きてくださいまし」
「嫌だ」

掛布に潜り込もうとするのをぐいと容赦なくマーサは引っ張り出して、背中にクッションを置いてベッドテーブルを設置する。
すかさずベルを鳴らすと侍女長がワゴンを押してやって来た。

「奥様、お休みの所申し訳ありません。ですが、もうあまり時間がありません」
「な、なにかあったの?」

不安げに瞳を揺らすリュカに二人は静かに笑むだけだ。
テーブルには甘い匂いが立ちのぼるミルクパン粥と分厚いカットステーキにほうれん草のポタージュ。
グラスに注がれていく濃緑色はどろりとしていて鼻につく。

「この献立おかしくない?」

リュカはスプーンで粥を掬って食べる。
甘くて美味しい。

「もっと甘いのが宜しければ蜂蜜もございますよ?」
「いや、この甘さでいいよ」

昨夜の事は全てお見通しであろう二人の労るような視線が逆に気恥しい。

「奥様」
「マーサ、やめてよ」
「名実共に公爵家の奥方になったのですよ?奥様とお呼びするのは当然です。さ、肉の方も召し上がってください」
「無理だよ、寝起きからこんなの」

本当は顎を動かすのも億劫なのだ。
とろりと喉を滑り落ちる粥だけで精一杯だ。
仕方ない、とでも言いたげなマーサと侍女長は顔を見合わせて一つ頷いた。

「奥様、いい話と悪い話。どちらからお聞きになりたいですか?」
「それが、時間がないことと関係あるの?」
「ございます」
「じゃ、悪い話から」

リュカは、ぽすんとクッションに体を預けた。
簡易椅子に腰掛ける二人。
マーサはリュカの手をそっと握った。

「奥様、今からエマが話すことは全て事実でございます」
「はい」
「エバンズ家の男は皆、執念深いのです」
「ん?」
「あれは、大旦那様と大奥様が婚姻を結ばれた時でございます。大旦那様は蜜月と致しまして十四日間の休暇をお取りになりました。しかし、それは叶いませんでした。なぜなら、徴税官の不正が発覚したのです。財務部の長であった大旦那様はその後始末に奔走されました」

リュカにはそれの何が執念深いのかさっぱりわからなかった。
蜜月を送れなかったのは同情するが、その後アイザックも産まれて今でもとても仲睦まじいと聞く。
王太子殿下が立太子したと同時期にアイザックに当主の座を明け渡し、今は悠々と国内や隣国を巡っている。

「大旦那様が早々に当主を降りられたのは、蜜月をやり直す為です。十四日の蜜月のやり直しが四年もの長い歳月になっているのです」
「ひぇっ」

たった十四日一緒に過ごせなかっただけで、四年とは恐れ入る。

「旦那様は長い間、執念深くさるお方をお慕いしておいででした。そして、その想いを断ち切られて奥様を娶ったのです」
「え?いや、それは」
「ですのに奥様は離れ家に籠られてばかりで・・・えぇ、えぇ、このエマにはわかっております。旦那様が権力を傘にきて強引に話を進められたのでしょう?」

ふるふるとリュカは首を振るが、エマには通じない。

「ですが、ようやっと想いが通じあったのですね?エマは嬉しゅうございます。屋敷中がどれほどこの時を待ち侘びたことか」

目尻の涙を拭うエマ。
まさかそんなことになっていようとは、と驚きを隠せないリュカとマーサ。

「婚約から数えて三年もおあずけだった旦那様を、お止めすることは私共ではできません」

ここへきてようやっとリュカも執念深いの意味がわかった。
十四日が四年になっているのだ、自分達ならばどうなるのか。

「い、いい話は?それはなに?」
「一途です。これと決められたお方一筋になります」
「それだけ?」
「はい」
「じゃ、時間が無いってのは?」
「旦那様は今日も定刻通りのお帰りです。あと数刻もありません」

リュカはゾクリと寒気がした。
そして、目の前の肉を見た。
食べなきゃ体がもたない。

「・・・でも、アイクは二日寝てないから、今日はそんな」
「そんなもの、城で仮眠をとってるに決まってます」

リュカの最後の抵抗は呆気なく崩れた。

「冷めてしまいましたので、すぐに新しいものを」

エマがそう言ってベルを鳴らすと、すぐさま湯気を立てた新しいものが運ばれてきた。
公爵家の使用人達の連携すごい、何もかもお見通しなんだとリュカは肉を口に押し込んだ。
どろりとした濃緑色は疲れをとり、体力増強する薬草をすり潰したものらしい。
とてつもなく不味い。

なんとかしなくちゃ、リュカは回らぬ頭をめいっぱい回した。

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