その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
上 下
29 / 190

リュカの冒険 Ⅱ

しおりを挟む
リュカは城の裏側をてくてく歩く。
夜会では大広間とそれに連なる大庭園、ベルフィール殿下との茶会では王室の方々それぞれの宮の手前にある王太子専用サロンしか足を運んだことがない。
それらは正しく表側で、リュカは今その裏側にいる。
使用人たちがあちらこちら動いている。
顔にぺたりと笑みを張り付けて会釈しながら歩く。
途中、良い匂いがしてスンスン鼻を鳴らしながらその匂いを辿ると使用人専用食堂だった。
大きなミートボールが入ったシチューにスライスした分厚いパン、美味しそうとリュカはこっそり覗き見る。
お昼まではまだ時間がある。
時間差で食べれる時に食べるのか、なるほどなぁとリュカは食堂を後にする。

さて、書庫はどこだろう?
どんどん進むと一際大きな扉に行き当たった。
開けて見ると濃茶の毛足の短い絨毯が敷いてある。
大広間やサロンまでの赤い絨毯とは違う。
当たりかも、とリュカは浮き足立ちながらまっすぐ進んだ。
気を引き締めて、今度は人目につかないように柱の影を歩く。
見つかればハイディ侯爵の従者で通そう、そう思いながらこそこそと。

「ねぇ、知ってる?宰相補佐様のこと」

通り過ぎようとした部屋から聞こえる声にリュカは立ち止まった。
なんだろうか。
少しだけ開いた扉の隙間から覗くと侍女二人が茶器を片付けている。

「この間、胸にダリア挿してたでしょう?あれの意味知ってる?」
「え?意味なんてあるの?」
「それがあるのよ!あのね・・・」

肝心な所を耳打ちされてしまった。
そういえばすっかり忘れていたけれど、意味を知ってるか?と問われたことを思い出した。
なんだろう、何の意味が?
耳打ちされた侍女は驚いた顔をしたと思えば、すぐさま頬赤らめて盆をティーワゴンに乗せた。
リュカは慌ててその場を離れ、またこそこそと進む。
ダリアの意味を考えながら歩いているといつの間にか中庭のような所へ行き着いた。
渡り廊下を挟んで左右に広がっている。

「こんなところあったんだ」

中庭には今しがたリュカが考えていたダリアが色とりどりに咲き誇っている。
もちろん淡いピンクのダリアも。
バタバタと大きな足音に急いで壁と垣根の間に身を潜めた。

「いたか?」
「いない」

何かあったんだろうか、衛兵達が駆けていく。
少しここで休憩しようかな、とリュカは座り込んで垣根の隙間からダリアを眺めた。
なにか嫌な意味だったらどうしよう。

「ねぇ、ちょっと知ってる?」

頭上から辺りを憚る様な声がする。
視線だけあげると窓が開いていた。

「なによ」
「ねずみが一匹入り込んだらしいわよ」
「嘘でしょ!?」
「ほんとよ、宰相補佐様なんか血相変えて走ってたわよ」
「あのいつも落ち着いてる方が?」
「そうよ。衛兵達も動き回ってるでしょ?」
「やだ、怖いわね」

声はどんどん遠くなってやがて聞こえなくなった。
ねずみ一匹出ても大騒ぎするの?、とリュカはのほほんと考えた。
やはり食料庫に巣くってるのかな、と思ったところでリュカは閃いた。
『影の者-レイ・ジョーンズ-』という物語の中でレイが賊のことをねずみと呼んでいた。
まさか城に賊が?
本当にねずみって言うんだ、と感心する。
今日のお戻りは遅いかもしれないなぁ、とリュカはアイザックに思いを馳せた。
ご無事だといいけれど、と。

「賊と鉢合わせしたら怖いしもう帰ろうかなぁ」

呟きながらリュカは窓の下の壁に沿って四つん這いで進んだ。
よたよたと進むと開けた場所に出て木立がある。
その一本にリュカは身を任せて座り込み、ほぅと息を吐く。

「ここ、どこだろ」
「王宮書庫の前庭ですよ」

突然降って湧いた声にリュカは恐る恐る見上げた。
見上げたその先、木の影からひょこりと飛び出したその顔。

「リュカ、君はなかなかにお転婆なようだね」

笑いを堪えたような顔のマルティン宰相にリュカはパクパクと二の句が継げないでいた。

「さぁ、おいで。雨が降りそうだ」

目を丸くしたまま座り込むリュカにマルティン宰相は、どうした?と尋ねた。

「こ、腰が抜けて、、立てません」

今度こそマルティン宰相は笑った。
それも声も高らかに大声で。
その声に空が反応したのか、リュカの額にぽつりと雨粒が落ちてきた。


その頃──

アイザックは城中をあちらこちらリュカを探して走り回っていた。
真っ先に訪れた書庫にはリュカはおらず、司書も見ていないという。
迷子になってるのか、とアイザックは衛兵に指示を飛ばしながら探し回る。
そんなアイザックに、リュカ捕獲の一報が届くのはもうすぐである。

しおりを挟む
感想 185

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

処理中です...