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リュカの冒険
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白の詰襟のシャツに丈の長いジレは濃紺。
そのジレと同じ濃紺のスラックスを履いて、丸いきのこのような帽子でローズブロンドの髪を隠す。
アイザックの匂い袋は断腸の思いで鏡台の引き出しにしまった。
月と星のペンダントはシャツに隠して、姿見の前でくるりと回ってみる。
どこからどう見ても従者に見える。
リュカはうふふと一人笑った。
そっと私室の扉を開けて、忍び足で玄関に向かう。
「リュカ様。どちらへ?」
「マ、マーサ。あのちょっと街まで」
「その装いで?」
「・・・今日はルイスさんの商会に行くんだ」
「あら、じゃあジェリーも・・・」
「今日は!お話の続きの相談だから!いってきます」
ぴゅうと駆け出して行く後ろ姿にマーサは首を傾げた。
釈然としないが、まぁ公爵家の私兵がこっそり着いて行くからいいか、とマーサは洗濯かごをよいしょと持ち直した。
リュカは離れ家を出て公爵家の庭へ向かう。
表門から出ると私兵の尾行にあってしまう。
庭の片隅には庭師だけが出入りする木の扉があるのをリュカは知っている。
コソコソと木立に、花に紛れてリュカはそこを目指す。
きょろきょろと辺りを見渡しながら裏口を抜け、城までの一本道を歩く。
ガタガタと音がするのに振り向くと幌馬車がゆっくりと城へ向かっている。
なにかの配達かも、後ろに回り込み中を見ると食材がたくさん乗っていた。
リュカはニタリと笑って、ぴょいと幌馬車に乗り込んだ。
大きなカボチャの影にそっと身を潜める。
幌馬車の継ぎ目から外を窺う。
城の表門と裏門の三叉路、表門へ向かうあの紋章はハイディ侯爵家だ。
確か当主のルシアン・ハイディ侯爵は財務部でお兄様の上司に当たるお方。
丸い顔に丸い体、若い頃はさぞや引く手数多だったろうその面影はもうない。
とても優しいお方だとお兄様に聞いたことがある。
よし、ハイディ侯爵家の従者になろう。
ガタンと幌馬車が止まりその衝撃で危うくカボチャの下敷きになる所だった。
覗き見ると、御者が門番と話している。
「やぁ、トム。今日もいい天気だね」
「そうだなぁ。だけど昼から雨が降りそうだよ、つばめが低く飛んでたから」
「じゃ、早く納品しないとな。いつものかい?」
話しながら幌馬車の覆いを捲る。
じっと息を潜めてカボチャに隠れる。
薄暗かったのが明るくなって、心臓が早鐘を打つ。
「あぁ、厨房に持ってくよ」
覆いを下ろされまた薄暗くなり、またガタガタと進む。
はぁーと大きく息を吐いたリュカはカボチャの影から這い出て継ぎ目から辺りを窺う。
よし、誰もいない。
ひょいと飛び降りてリュカはタタタッと駆け出した。
裏庭らしき所を進み、途中洗濯女たちの話を盗み聞く。
殿下達のシーツを毎日何枚も洗わなければいけないらしい。
仲が宜しいようでなにより、とリュカは小さく笑ってはたと気づく。
アイザックもそういう欲があるのかな?
好き、とは言われたけれど・・・
もしそうなったらアイザックはどんな風に・・・ポポポっと頬が熱くなるのに頭を振ってやり過ごす。
「あ、雨が降るかもって教えてあげれば良かったかなぁ」
独りごちて見つけた裏口らしき扉を開ける。
中は石造りでひんやりしている。
どこかな、ここは。
壁に手を添わせて歩いていると、前方から近衛騎士姿の二人組がやってきた。
端に寄って頭を下げると、二人組も会釈を返してくれた。
二人組は談笑しながらそのまま去っていく。
リュカはホッと胸を撫で下ろし、またタタタッと駆け出した。
──その頃、宰相執務室
アイザックはグラスに活けられた薄青い小さな花を見ていた。
「グレイに聞くと雑草らしいんですけど、とても可愛らしかったので」
そう言ってまた胸ポケットに挿したリュカ。
アイザックは結局、花を一輪もらうことにした。
理由は、花を差し出すリュカの笑顔がとても良いから、それに尽きる。
コンコン──
ノックの音に応えると青い顔をしたソルジュが飛び込んできた。
「ソルジュ、どうした?」
「リュ、リュカ様がいなくなりました!」
「は?」
さらさらとペンを走らせていたマルティン宰相の手も止まり、ちょこまかと動いていた文官もピタリとその動きを止めた。
「ソルジュ、どういうことだ?」
「いつも通り御用聞きに参った時でございます。リュカ様のお姿が見えないので、どこか?と尋ねました。マーサが言うにはハルフォード商会へ行った、と。けれど!表門の門番はリュカ様を見ていないと言うのです」
「・・・護衛は?」
「いつもの様に表門に詰めておりましたので」
ソルジュは力なく首を振った。
「アイザック」
「あ、申しわけありません。宰相様」
「いや、構わないよ。それより、リュカが心配だね?」
「・・・はい」
「最近変わったことはなかったかい?なにか思い悩んでいるとか、様子が違うとか」
「いえ、そのようなことは・・・」
アイザックは頭を巡らせリュカの様子を思い出す。
見送り、出迎え、花を挿して、手を繋いで歩いて、指先がインクで汚れていて・・・
「「 書庫! 」」
ソルジュと顔を見合わせる。
そうだ、書庫だ。
昨夜、城の書庫の話をしてから上の空の様だった。
「あの、宰相様・・・」
「こちらはいいから。なんだかよくわからないけれど、探しておやり」
アイザックは深々と頭を下げてソルジュと共に執務室を飛び出した。
ふむ、とマルティン宰相も少し時間を置いて執務室を後にした。
そのジレと同じ濃紺のスラックスを履いて、丸いきのこのような帽子でローズブロンドの髪を隠す。
アイザックの匂い袋は断腸の思いで鏡台の引き出しにしまった。
月と星のペンダントはシャツに隠して、姿見の前でくるりと回ってみる。
どこからどう見ても従者に見える。
リュカはうふふと一人笑った。
そっと私室の扉を開けて、忍び足で玄関に向かう。
「リュカ様。どちらへ?」
「マ、マーサ。あのちょっと街まで」
「その装いで?」
「・・・今日はルイスさんの商会に行くんだ」
「あら、じゃあジェリーも・・・」
「今日は!お話の続きの相談だから!いってきます」
ぴゅうと駆け出して行く後ろ姿にマーサは首を傾げた。
釈然としないが、まぁ公爵家の私兵がこっそり着いて行くからいいか、とマーサは洗濯かごをよいしょと持ち直した。
リュカは離れ家を出て公爵家の庭へ向かう。
表門から出ると私兵の尾行にあってしまう。
庭の片隅には庭師だけが出入りする木の扉があるのをリュカは知っている。
コソコソと木立に、花に紛れてリュカはそこを目指す。
きょろきょろと辺りを見渡しながら裏口を抜け、城までの一本道を歩く。
ガタガタと音がするのに振り向くと幌馬車がゆっくりと城へ向かっている。
なにかの配達かも、後ろに回り込み中を見ると食材がたくさん乗っていた。
リュカはニタリと笑って、ぴょいと幌馬車に乗り込んだ。
大きなカボチャの影にそっと身を潜める。
幌馬車の継ぎ目から外を窺う。
城の表門と裏門の三叉路、表門へ向かうあの紋章はハイディ侯爵家だ。
確か当主のルシアン・ハイディ侯爵は財務部でお兄様の上司に当たるお方。
丸い顔に丸い体、若い頃はさぞや引く手数多だったろうその面影はもうない。
とても優しいお方だとお兄様に聞いたことがある。
よし、ハイディ侯爵家の従者になろう。
ガタンと幌馬車が止まりその衝撃で危うくカボチャの下敷きになる所だった。
覗き見ると、御者が門番と話している。
「やぁ、トム。今日もいい天気だね」
「そうだなぁ。だけど昼から雨が降りそうだよ、つばめが低く飛んでたから」
「じゃ、早く納品しないとな。いつものかい?」
話しながら幌馬車の覆いを捲る。
じっと息を潜めてカボチャに隠れる。
薄暗かったのが明るくなって、心臓が早鐘を打つ。
「あぁ、厨房に持ってくよ」
覆いを下ろされまた薄暗くなり、またガタガタと進む。
はぁーと大きく息を吐いたリュカはカボチャの影から這い出て継ぎ目から辺りを窺う。
よし、誰もいない。
ひょいと飛び降りてリュカはタタタッと駆け出した。
裏庭らしき所を進み、途中洗濯女たちの話を盗み聞く。
殿下達のシーツを毎日何枚も洗わなければいけないらしい。
仲が宜しいようでなにより、とリュカは小さく笑ってはたと気づく。
アイザックもそういう欲があるのかな?
好き、とは言われたけれど・・・
もしそうなったらアイザックはどんな風に・・・ポポポっと頬が熱くなるのに頭を振ってやり過ごす。
「あ、雨が降るかもって教えてあげれば良かったかなぁ」
独りごちて見つけた裏口らしき扉を開ける。
中は石造りでひんやりしている。
どこかな、ここは。
壁に手を添わせて歩いていると、前方から近衛騎士姿の二人組がやってきた。
端に寄って頭を下げると、二人組も会釈を返してくれた。
二人組は談笑しながらそのまま去っていく。
リュカはホッと胸を撫で下ろし、またタタタッと駆け出した。
──その頃、宰相執務室
アイザックはグラスに活けられた薄青い小さな花を見ていた。
「グレイに聞くと雑草らしいんですけど、とても可愛らしかったので」
そう言ってまた胸ポケットに挿したリュカ。
アイザックは結局、花を一輪もらうことにした。
理由は、花を差し出すリュカの笑顔がとても良いから、それに尽きる。
コンコン──
ノックの音に応えると青い顔をしたソルジュが飛び込んできた。
「ソルジュ、どうした?」
「リュ、リュカ様がいなくなりました!」
「は?」
さらさらとペンを走らせていたマルティン宰相の手も止まり、ちょこまかと動いていた文官もピタリとその動きを止めた。
「ソルジュ、どういうことだ?」
「いつも通り御用聞きに参った時でございます。リュカ様のお姿が見えないので、どこか?と尋ねました。マーサが言うにはハルフォード商会へ行った、と。けれど!表門の門番はリュカ様を見ていないと言うのです」
「・・・護衛は?」
「いつもの様に表門に詰めておりましたので」
ソルジュは力なく首を振った。
「アイザック」
「あ、申しわけありません。宰相様」
「いや、構わないよ。それより、リュカが心配だね?」
「・・・はい」
「最近変わったことはなかったかい?なにか思い悩んでいるとか、様子が違うとか」
「いえ、そのようなことは・・・」
アイザックは頭を巡らせリュカの様子を思い出す。
見送り、出迎え、花を挿して、手を繋いで歩いて、指先がインクで汚れていて・・・
「「 書庫! 」」
ソルジュと顔を見合わせる。
そうだ、書庫だ。
昨夜、城の書庫の話をしてから上の空の様だった。
「あの、宰相様・・・」
「こちらはいいから。なんだかよくわからないけれど、探しておやり」
アイザックは深々と頭を下げてソルジュと共に執務室を飛び出した。
ふむ、とマルティン宰相も少し時間を置いて執務室を後にした。
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