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リュカ Ⅴ
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アイザック・エバンズの朝は早い。
寝台からおりて、まずすることは窓を開け放つことだ。
朝一番の出来たての空気を胸に吸い込み朝日に国の繁栄と平和を願う、なんてことはしない。
窓辺から離れ家の裏手を見る。
裏手にはこぢんまりとした庭が造ってあり、季節の花が咲き誇っている。
それから私室の窓から離れ家を、正確には見え隠れする萌黄色のカーテンを見る。
けれど、その日は違った。
裏手には、びよんびよんとあちこち髪を跳ねさせたローズブロンドの小作りな頭が見える。
リュカだ。
どう見ても寝間着姿でうろうろと歩き回り、くるりと辺りを見渡している。
そのうち死角に入ってリュカは見えなくなってしまった。
「あんな姿でなにを・・・」
「旦那様。おはようございます」
「うわぁぁぁっ」
振り向くとソルジュが澄ました顔で佇んでいた。
「そんなに身を乗り出してなにか面白いものでも?」
「・・・別に」
「マーサから許可がおりました」
アイザックはいそいそと着替え、朝食もそこそこに姿見の前で念入りに己の姿を確認した。
久々に会うリュカの前で粗相があってはならないと、それはもう念入りに。
──今夜、一緒に食事でもしないか?
これだけを口の中でぶつぶつと繰り返し、ソルジュに呆れられながらたどり着いた離れ家でアイザックは真っ白になった。
「今日から毎日アイクに花を一輪差し上げます!」
心臓の位置にある淡いピンクのダリア。
満面の笑みはなにを物語っているのだろうか。
この意味をリュカは知っているのだろうか。
通りいっぺんの挨拶をし、ふらふらと離れ家を後にするアイザック。
胸にダリアを挿したままでの登城は注目の的だった。
意味深な視線を寄越す人もいれば、不思議そうに眺める人もいる。
その中を突っ切ってアイザックが向かうのは王太子執務室。
「セオ!」
バン!と音がするほどに乱暴に開けられた扉にセオドアもその従者も驚きを隠せない。
「ザック、おはよう。どうした?」
「これ!これ見てくれよ」
息せき切ってアイザックは、胸元のダリアを指差している。
「リュカ!リュカがくれたんだ」
「へぇ。可愛いことするもんだな」
「やらん!」
「いらん!」
言い合う二人を止めたのはやはりベルフィールだった。
「大きな声が外まで聞こえてるよ?あれ、ザックうまくいったの?おめでとう」
「いや、これは、その・・・」
「まさか、リュカ以外からもらったの?」
「違う!今朝、リュカがここに挿したんだ」
淡いピンクのダリアの花言葉は『純潔』
それを相手に渡すというのは、『私の純潔をあなたに』という意味合いになる。
「リュカはなんて?」
「これから毎日花をあげる、と。それはもう可愛い顔で笑ってた」
「恥じらいとか、そういう・・・」
「無いな」
「まぁ、それはもう古典的すぎて今の人らはやってないからね。リュカが知らなくても仕方ないと思うよ?」
先回りして慰めてくるベルフィールにアイザックは肩を落とした。
「ザック、これからだよ。花をもらったってことはまた会えるんだろ?今度こそちゃんと言葉にしなよ」
わかってる、アイザックはそう言って宰相室へ向かった。
胸元のダリアは昼には萎れそうになり、グラスに活けた。
それは執務机の上で何をしていても目に入る。
その度に今朝のリュカがアイザックの脳裏を掠め、早く帰りたいと思うのだった。
定時になると煙のように消えると言われているアイザックはその日も家路を急いでいた。
馬車を降りて、離れ家まで走る。
「リュカ!」
声と共に開け放たれた玄関扉に、階段を降りる途中だったリュカは驚き足を踏み外しそうになった。
アイザックの胸にはグラスから移動したダリアが挿してある。
慌てて階段を降りようとするのを、アイザックはつかつかと歩み寄りその手を握った。
「リュカ、話がある」
「お茶を淹れましょうか?」
「いや、庭に行かないか?」
「散歩ですね」
ふわりと笑う顔は嬉しそうに見える。
そのまま手を握りあって小さな庭に向かう。
庭はすっかり夕陽にのまれていて、さわさわと風が吹いている。
その中で目につくのはやはりダリアで。
「リュカはこの花を贈る意味を知っているか?」
「知りませんけど。なにか意味があるんですか?」
「いや、知らないならいいんだ」
キョトンとするリュカと向い合ってアイザックは告げた。
「リュカ、君のことが好きだ」
「・・・アイク?僕はまだ花を一輪しか差し上げてませんよ?」
不思議そうに首を傾げるリュカにつられて、アイザックも同じように首を傾げた。
「いや、花は関係ないぞ?」
「そうなんですか?」
「そうだ。俺はもうずっとリュカのことが好きなんだ」
意味が伝わったのか、リュカの頬はみるみる紅潮していく。
そしてなぜか拳を天に掲げた。
「アイク、僕は勝ちました」
「えっと、何に?俺に?」
「初恋に勝ちました!」
大輪の花が綻ぶように笑うリュカ。
そして──
「僕も好き!」
そう言ってアイザックの胸に抱きついた。
※ピンクのダリアに花言葉はありません。
皇帝ダリアから少しお借りしました。
次話はまたリュカの話に戻ります。
寝台からおりて、まずすることは窓を開け放つことだ。
朝一番の出来たての空気を胸に吸い込み朝日に国の繁栄と平和を願う、なんてことはしない。
窓辺から離れ家の裏手を見る。
裏手にはこぢんまりとした庭が造ってあり、季節の花が咲き誇っている。
それから私室の窓から離れ家を、正確には見え隠れする萌黄色のカーテンを見る。
けれど、その日は違った。
裏手には、びよんびよんとあちこち髪を跳ねさせたローズブロンドの小作りな頭が見える。
リュカだ。
どう見ても寝間着姿でうろうろと歩き回り、くるりと辺りを見渡している。
そのうち死角に入ってリュカは見えなくなってしまった。
「あんな姿でなにを・・・」
「旦那様。おはようございます」
「うわぁぁぁっ」
振り向くとソルジュが澄ました顔で佇んでいた。
「そんなに身を乗り出してなにか面白いものでも?」
「・・・別に」
「マーサから許可がおりました」
アイザックはいそいそと着替え、朝食もそこそこに姿見の前で念入りに己の姿を確認した。
久々に会うリュカの前で粗相があってはならないと、それはもう念入りに。
──今夜、一緒に食事でもしないか?
これだけを口の中でぶつぶつと繰り返し、ソルジュに呆れられながらたどり着いた離れ家でアイザックは真っ白になった。
「今日から毎日アイクに花を一輪差し上げます!」
心臓の位置にある淡いピンクのダリア。
満面の笑みはなにを物語っているのだろうか。
この意味をリュカは知っているのだろうか。
通りいっぺんの挨拶をし、ふらふらと離れ家を後にするアイザック。
胸にダリアを挿したままでの登城は注目の的だった。
意味深な視線を寄越す人もいれば、不思議そうに眺める人もいる。
その中を突っ切ってアイザックが向かうのは王太子執務室。
「セオ!」
バン!と音がするほどに乱暴に開けられた扉にセオドアもその従者も驚きを隠せない。
「ザック、おはよう。どうした?」
「これ!これ見てくれよ」
息せき切ってアイザックは、胸元のダリアを指差している。
「リュカ!リュカがくれたんだ」
「へぇ。可愛いことするもんだな」
「やらん!」
「いらん!」
言い合う二人を止めたのはやはりベルフィールだった。
「大きな声が外まで聞こえてるよ?あれ、ザックうまくいったの?おめでとう」
「いや、これは、その・・・」
「まさか、リュカ以外からもらったの?」
「違う!今朝、リュカがここに挿したんだ」
淡いピンクのダリアの花言葉は『純潔』
それを相手に渡すというのは、『私の純潔をあなたに』という意味合いになる。
「リュカはなんて?」
「これから毎日花をあげる、と。それはもう可愛い顔で笑ってた」
「恥じらいとか、そういう・・・」
「無いな」
「まぁ、それはもう古典的すぎて今の人らはやってないからね。リュカが知らなくても仕方ないと思うよ?」
先回りして慰めてくるベルフィールにアイザックは肩を落とした。
「ザック、これからだよ。花をもらったってことはまた会えるんだろ?今度こそちゃんと言葉にしなよ」
わかってる、アイザックはそう言って宰相室へ向かった。
胸元のダリアは昼には萎れそうになり、グラスに活けた。
それは執務机の上で何をしていても目に入る。
その度に今朝のリュカがアイザックの脳裏を掠め、早く帰りたいと思うのだった。
定時になると煙のように消えると言われているアイザックはその日も家路を急いでいた。
馬車を降りて、離れ家まで走る。
「リュカ!」
声と共に開け放たれた玄関扉に、階段を降りる途中だったリュカは驚き足を踏み外しそうになった。
アイザックの胸にはグラスから移動したダリアが挿してある。
慌てて階段を降りようとするのを、アイザックはつかつかと歩み寄りその手を握った。
「リュカ、話がある」
「お茶を淹れましょうか?」
「いや、庭に行かないか?」
「散歩ですね」
ふわりと笑う顔は嬉しそうに見える。
そのまま手を握りあって小さな庭に向かう。
庭はすっかり夕陽にのまれていて、さわさわと風が吹いている。
その中で目につくのはやはりダリアで。
「リュカはこの花を贈る意味を知っているか?」
「知りませんけど。なにか意味があるんですか?」
「いや、知らないならいいんだ」
キョトンとするリュカと向い合ってアイザックは告げた。
「リュカ、君のことが好きだ」
「・・・アイク?僕はまだ花を一輪しか差し上げてませんよ?」
不思議そうに首を傾げるリュカにつられて、アイザックも同じように首を傾げた。
「いや、花は関係ないぞ?」
「そうなんですか?」
「そうだ。俺はもうずっとリュカのことが好きなんだ」
意味が伝わったのか、リュカの頬はみるみる紅潮していく。
そしてなぜか拳を天に掲げた。
「アイク、僕は勝ちました」
「えっと、何に?俺に?」
「初恋に勝ちました!」
大輪の花が綻ぶように笑うリュカ。
そして──
「僕も好き!」
そう言ってアイザックの胸に抱きついた。
※ピンクのダリアに花言葉はありません。
皇帝ダリアから少しお借りしました。
次話はまたリュカの話に戻ります。
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