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リュカ Ⅱ
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形ばかりの婚姻を結んで、幼馴染二人の蜜月を傍で感じとって、残務処理に追われて、味気ない食事をとって、冷たいシーツに鉛のように重い体を横たえて眠る。
離れ家に移り住んだリュカと顔を合わせる暇もない。
「機嫌よく過ごされております」
ソルジュからそう伝え聞くだけだ。
会う理由もないので離れ家には行けない。
私室から見える離れ家は木立の影になってその全貌は見えない。
見え隠れする二階の端の部屋がリュカの私室で萌黄色のカーテンはリュカによく似合っていると思う。
寝室へ行くと今度は離れ家の裏手がよく見える代わりにリュカの私室は見えなくなる。
麦わら帽子をすっぽり被ってグレイと庭の手入れをするリュカ。
朝露に濡れた蜘蛛の巣を眺めるリュカ。
グレイの息子のジェリーが作った簡易ベンチに腰掛けて読書をするリュカ。
青空を仰いで目を細めるリュカ。
仮面を取り払ったリュカは、あるがままの美しさがある。
無邪気なそれはなんだかとても眩しい。
リュカとは顔を合わせないが、ベルとは毎日のように顔を合わす。
仕事柄、仕方のない部分もあるがクッと心臓を掴まれた気持ちになる。
結婚して色香を纏わせ、美しさに磨きがかかったベル。
三人で手を繋ぎ庭を駆け回った時の面影はもうない。
月に一回のお手当ての日を口実に離れ家へ行く。
離れ家のサロンは日当たりが良く、庭がよく見える。
居心地よく整えられたそこは、消耗した心も体も癒してくれる。
ぽかりと空いた心の穴に水が満たされて、傍にはコロリと石ころが一つ。
「いつでもお待ちしております」
マーサの言葉をいいことに、時間ができると足が向くのは離れ家だ。
厭わず出迎えてくれるのに安堵する自分がいる。
リュカは木苺のジャムの匂いがするようだ。
薬を飲んでいるのだろう、その匂いを嗅いだことはない。
木立の向こう側、雨に燻って見えないその先の萌黄色のカーテンは今はピッタリと閉ざされているだろう。
決して近づけない、見えないその場所に思いを馳せる。
紅茶に艶のある赤を落とす。
くるくるとかき混ぜると甘い匂いが漂ってきてそれをすぅっと吸い込む。
「ザックが紅茶にジャムを入れるのは珍しいね」
公務の合間の休憩時間。
茶菓子のクッキーはほろりと口の中で崩れていく。
「それにしても、なんで番わないんだ?利のある婚姻じゃないだろ?コックスヒルなんてなんの旨みもない」
「あまり詮索するなよ」
「なあに?公爵家の権力でも使った?」
リュカの匂い袋作戦はベルの前ではなんの意味も成さなかった。
反論できずに黙り込んだ姿を見て、おやまあと大袈裟にベルは目を丸くした。
「そうなのか?ザック。一目惚れでもしたか?」
「いや、してない」
「じゃあ、なんなんだ。お前なら家格も容姿ももっと・・・」
「リュカをよく知らないくせに、知ったふうな口をきくな!」
目の前の二人に無性に苛立ってゴクリと甘い紅茶を飲んだ。
それがただの八つ当たりだとはわかっている。
ベルはその様子を見てにんまりと笑った。
見透かされているようで落ち着かない。
「ザック?そういうのなんて言うか知ってる?迷子探しが迷子になったって言うんだよ」
あぁ可笑しい、とベルは笑いセオはどういうことだ?と不思議そうにしている。
「ザック、欲しいものは欲しいと言わないといけないよ?この人みたいに」
指さされたセオは、なんのことだ!とキョロキョロしている。
「人の心はね、伝えてくれなけりゃわからないから。視線や、仕草なんかで伝わるものなんてないよ。相手に委ねるのは利口じゃない。自分の口から放った真摯な言葉の矢は相手の心に刺さるもんだ。時には直情的になることも必要だよ」
ベルはまっすぐと前だけを見つめて語る。
あぁ、自分の想いは気づかれていたのか。
いっそ馬鹿みたいに、ベルへの好意を隠そうともせず言葉にし続けたセオ。
言葉にできずに密かに想い続けたアイザック。
勝敗なんてとっくについていて、思い描いていたいつかなんて無かった。
ただ心にあるのは想いの残滓で、これはきっと伝えられなかった言葉だ。
「あぁ、よくわかった。俺は昔からお前が好きだった」
「うん、ありがとうザック。でも僕はセオのことが好きだから」
「知ってる」
「なんなんだよ!わかるように説明しろよ!それにザック、好きってなんだ!ベルは私のものだからな!」
叫ぶセオがおかしくて声をたてて笑った。
知ってるから安心しろ、と宥めて三人で茶を飲む。
心の石ころがとぷんと水面に沈んだ。
離れ家に移り住んだリュカと顔を合わせる暇もない。
「機嫌よく過ごされております」
ソルジュからそう伝え聞くだけだ。
会う理由もないので離れ家には行けない。
私室から見える離れ家は木立の影になってその全貌は見えない。
見え隠れする二階の端の部屋がリュカの私室で萌黄色のカーテンはリュカによく似合っていると思う。
寝室へ行くと今度は離れ家の裏手がよく見える代わりにリュカの私室は見えなくなる。
麦わら帽子をすっぽり被ってグレイと庭の手入れをするリュカ。
朝露に濡れた蜘蛛の巣を眺めるリュカ。
グレイの息子のジェリーが作った簡易ベンチに腰掛けて読書をするリュカ。
青空を仰いで目を細めるリュカ。
仮面を取り払ったリュカは、あるがままの美しさがある。
無邪気なそれはなんだかとても眩しい。
リュカとは顔を合わせないが、ベルとは毎日のように顔を合わす。
仕事柄、仕方のない部分もあるがクッと心臓を掴まれた気持ちになる。
結婚して色香を纏わせ、美しさに磨きがかかったベル。
三人で手を繋ぎ庭を駆け回った時の面影はもうない。
月に一回のお手当ての日を口実に離れ家へ行く。
離れ家のサロンは日当たりが良く、庭がよく見える。
居心地よく整えられたそこは、消耗した心も体も癒してくれる。
ぽかりと空いた心の穴に水が満たされて、傍にはコロリと石ころが一つ。
「いつでもお待ちしております」
マーサの言葉をいいことに、時間ができると足が向くのは離れ家だ。
厭わず出迎えてくれるのに安堵する自分がいる。
リュカは木苺のジャムの匂いがするようだ。
薬を飲んでいるのだろう、その匂いを嗅いだことはない。
木立の向こう側、雨に燻って見えないその先の萌黄色のカーテンは今はピッタリと閉ざされているだろう。
決して近づけない、見えないその場所に思いを馳せる。
紅茶に艶のある赤を落とす。
くるくるとかき混ぜると甘い匂いが漂ってきてそれをすぅっと吸い込む。
「ザックが紅茶にジャムを入れるのは珍しいね」
公務の合間の休憩時間。
茶菓子のクッキーはほろりと口の中で崩れていく。
「それにしても、なんで番わないんだ?利のある婚姻じゃないだろ?コックスヒルなんてなんの旨みもない」
「あまり詮索するなよ」
「なあに?公爵家の権力でも使った?」
リュカの匂い袋作戦はベルの前ではなんの意味も成さなかった。
反論できずに黙り込んだ姿を見て、おやまあと大袈裟にベルは目を丸くした。
「そうなのか?ザック。一目惚れでもしたか?」
「いや、してない」
「じゃあ、なんなんだ。お前なら家格も容姿ももっと・・・」
「リュカをよく知らないくせに、知ったふうな口をきくな!」
目の前の二人に無性に苛立ってゴクリと甘い紅茶を飲んだ。
それがただの八つ当たりだとはわかっている。
ベルはその様子を見てにんまりと笑った。
見透かされているようで落ち着かない。
「ザック?そういうのなんて言うか知ってる?迷子探しが迷子になったって言うんだよ」
あぁ可笑しい、とベルは笑いセオはどういうことだ?と不思議そうにしている。
「ザック、欲しいものは欲しいと言わないといけないよ?この人みたいに」
指さされたセオは、なんのことだ!とキョロキョロしている。
「人の心はね、伝えてくれなけりゃわからないから。視線や、仕草なんかで伝わるものなんてないよ。相手に委ねるのは利口じゃない。自分の口から放った真摯な言葉の矢は相手の心に刺さるもんだ。時には直情的になることも必要だよ」
ベルはまっすぐと前だけを見つめて語る。
あぁ、自分の想いは気づかれていたのか。
いっそ馬鹿みたいに、ベルへの好意を隠そうともせず言葉にし続けたセオ。
言葉にできずに密かに想い続けたアイザック。
勝敗なんてとっくについていて、思い描いていたいつかなんて無かった。
ただ心にあるのは想いの残滓で、これはきっと伝えられなかった言葉だ。
「あぁ、よくわかった。俺は昔からお前が好きだった」
「うん、ありがとうザック。でも僕はセオのことが好きだから」
「知ってる」
「なんなんだよ!わかるように説明しろよ!それにザック、好きってなんだ!ベルは私のものだからな!」
叫ぶセオがおかしくて声をたてて笑った。
知ってるから安心しろ、と宥めて三人で茶を飲む。
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