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動きだす心

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社交シーズンが終わり、婚約者として月に一回公爵家を訪問していた。
離れ家の修繕を見学したり、庭の花を見たりソルジュとお茶をしたりする。
エバンズ公爵とはもう三月も顔を会わせていない。
何故か?
宰相補佐としてエバンズ公爵が多忙な日々を送っているからである。

「公爵様はお忙しいのですね」
「殿下の婚姻の儀がありますからねぇ」
「そうですねぇ」

リュカは庭にあるガゼボでソルジュとのんびりとお茶をしていた。
リュカお手製の素朴なクッキーはソルジュには固いらしい。
なにか柔らかいものを調べよう、とリュカはポリポリとクッキーを食べる。
まるでうさぎのようだ、とソルジュは思った。

「リュカ様、全てお召し上がりになるので?」
「ソルジュは食べられないだろう?」
「旦那様に差し上げては?」
「公爵様がこれを召し上がられますかねぇ」

二人で腕を組んでうーんと頭を捻る。
食べないだろうな、と結論がでたのでリュカはまた削り取るようにポリポリとクッキーを食べた。


「ソルジュ!!」
「公爵様でも走ったりするんですねぇ」

リュカはソルジュの名を呼びながらこちらへ駆けてくるエバンズ公爵を見る。

「ソルジュ、なぜサロンにいない?」
「公爵様、今日は天気がよかったのでこちらで」
「アイザックと呼べ」
「・・・アイザック様、どうされたのですか?なにか急用でも?」

エバンズ公爵はソルジュが退いた藤の椅子にどっかと腰掛けてクッキーを一枚つまんだ。
それをそのままゴリゴリと音をたてて飲みくだして文句を言い始めた。

「ソルジュ、なんだこれは。固くて食べられたものじゃない!ティムは何をやっている。リュカの小さな顎が壊れてしまうだろう!」
「だ、旦那様・・・そちらはリュカ様がお作りに」

ティムとは公爵家お抱えのシェフだ。
とんだとばっちりである。
エバンズ公爵はクッキーとリュカを交互に何度も見た。
目が合うたびにリュカは、そうですと言わんばかりに頷いた。
五度ほど往復しただろうか、そう思った時エバンズ公爵は残ったクッキー三枚を全て口にいれた。
ガリガリゴリゴリとおよそ食べ物を食べているようには見えない。

「・・・無理して召し上がらなくてもよろしいのに」
「リュカ、君の淹れる茶は旨いがこれは駄目だ」

お礼を言えばいいのか、謝罪すればいいのかリュカはわからなかった。
わからなかったので、ぺこりと頭を下げた。
お礼とも謝罪ともとれるだろう、とリュカは計算したのだった。
膝の上で揃えた指先を見ながらリュカは思う。
次は頑張ろう、と。

「リュカ、セオとベルが君を茶会に招きたいと言っている」
「それを伝えに帰ってこられたのですか?」
「そうだ」

本音を言えば茶会なんぞには行きたくない。
しかし、断ればエバンズ公爵の立場が悪くなったりするのだろうかとリュカは思案しその誘いを受けた。
一月後の公爵家訪問が王城での茶会に変更された。


王城の王太子専用サロンは想像していたよりも飾り気がなかった。
よく見ればどれもこれも一流品なのだろうが、パッと見でわからないのはリュカが一流品に触れてこなかったせいだろうか。
リュカは気づかれないように視線を巡らしながら、そっと茶を口に含む。
美味しいなぁ、と会話に耳を傾ける。
幼馴染だという三人はなるほどとても仲が良い。
殿下とエバンズ公爵の話は弾んでいて、それをバレンス公爵子息が何故か止めている。

「もう、そんな話はやめなよ」
「いいじゃないか、リュカだってリュカの知らないザックの話を聞きたいだろう?」
「そうですね」

リュカは笑みを浮かべ小さく頷いた。
幼い頃からの三人の話。
エバンズ公爵は実はとてもやんちゃで二人は振り回されていたこと。
陛下にいたずらをして三人で怒られたこと。
誰にも言わずに城を抜け出して、城下でバレンス公爵子息が迷子になって慌てふためいたこと。
面白おかしく語られるそれらをリュカはただただ黙って聞いた。
バレンス公爵子息は時おり口を挟みながらも、困ったように眉尻を下げている。
恥ずかしがっているのかもしれない。
そんな顔も美しいなぁ、とチラとエバンズ公爵を窺う。
殿下は気づかないのだろうか、近すぎると気づけないものなのだろうか。
エバンズ公爵の見つめるその先。
長椅子に二人で腰掛けその腰に回る殿下の手。
この国の二大巨頭の心を射止めたバレンス公爵子息。
バレンス公爵子息は知っているのだろうか。
リュカの心がツキリと痛む。
行先のない積もる想いは迷子のようにそこに留まるのだろうか。
誰にも告げることのできない恋心は悲しいな、とリュカは目を伏せた。
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