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青天の霹靂
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ピチチと鳥が鳴き、爽やかな風が吹き陽射しがキラキラと注ぐそんなお手本のような正しい朝──
コックスヒル伯爵家では父の顎が落ち、長兄は手に持ったグラスを落としていた。
「リュカ?父にわかるようにもう一度言ってごらん?」
「昨日、エバンズ公爵様と婚約の約束をしました。近いうちに正式な申し込みがあると思います」
リュカは言いながら白パンをちぎって口に放り込む。
この問答はもう三回目だ。
兄に至ってはまだ言葉を発していない。
「なにがどうなったらそうなるんだ」
「さあ?エバンズ公爵様は変わり者のようですね」
「リュカはうちの自慢だ!!まず、ローズブロンドの髪だろ?あとつぶらな瞳だろ?あとは小さい顎、それから」
「父上、今はリュカの可愛いところをあげてる場合ではありません」
やっと兄が言葉を発した。
リュカは父と兄の二人のやり取りをニコニコと眺めている。
「リュカ?」
「お父様とお兄様が心配なさるようなことはありません」
「正式に公爵様から打診があれば断ることは出来ん。リュカは本当にそれでいいのかい?今まで、公爵様の話などしたことなかっただろう?」
「そうですねぇ」
もぐもぐとオムレツを頬張りながらリュカは考える。
契約のことは口が裂けても言えない。
そうなれば家が取り潰されようとも反発するだろう。
「先日の『月下の会』で僕に一目惚れしたみたいです」
「リュカ・・・」
「嘘ではありません!」
リュカは頬を膨らませて、猜疑的な視線に抗議する。
・・・嘘だけど。
「そんなことより、お兄様は大丈夫なのですか?遅刻してしまいますよ」
「あっ!!」
兄は王城で財務部に属する文官だ。
慌てて白パンを口に詰め込み、慌ただしく食堂を出ていった。
かと思えば、バタバタと戻ってきた。
「行ってまいります」
「行ってらっしゃいませ」
食堂には父とリュカだけが取り残された。
父の頬はピクピクと動き、リュカは素知らぬ顔で朝食を平らげた。
そんな朝の出来事。
その後、リュカは正式に婚約を結んだ。
父と兄は卒倒し、リュカだけがニコニコと笑っている様にエバンズ公爵は苦笑した。
社交シーズン最後の王城での夜会は『終宴の会』という。
なんともそのままの名だが、最後とあって王都に集まる貴族総出の参加である。
最後の夜会は国王陛下に王妃殿下、王太子殿下とその婚約者様、第二王子殿下と王家も勢揃いする。
挨拶は公侯伯子男の順で公爵家は三家ある。
バレンス家、マルティン家、エバンズ家。
建国時の王弟殿下を起源とし王太子殿下の婚約者の生家バレンス家から、現宰相のマルティン家、そしてエバンズ家の順で陛下に挨拶をする。
こんなに早く陛下に挨拶するなんて初めてだなぁ、とリュカはのほほんとエバンズ公爵と共にいた。
「不動のアイザックを落としたのか!?」
陛下は挨拶も自己紹介も何もかもすっ飛ばしリュカに前のめりで声をかけた。
リュカは面食らったが、すぐさまいつもの笑みを顔に貼り付けた。
「幸運なことでございます」
これにより、自ら発表せずともリュカ達の婚約が瞬く間に広まった。
エバンズ公爵もリュカも手間が省けたと内心思っていた。
その後の注目は婚姻の日取りが決まった王太子殿下、ではなくもちろん───
「エバンズ公爵、婚約おめでとうございます」
歳若き公爵家当主であり、王太子殿下の側近で次期宰相のアイザック・エバンズ公爵その人である。
リュカはエバンズ公爵の隣で笑みを絶やすことなく、挨拶に訪れる人々にただただ頭を下げるだけだ。
「リュカ、疲れたかい?」
「はい。それはもうとても。公爵様お一人で挨拶を受ければいいのにと思っております」
浮かべた笑みと言葉が合っていない。
ひそひそと耳元でされる会話と笑みに周囲からは仲睦まじく映っているだろう。
「リュカ、公爵様ではない」
「誰も聞いておりませんよ・・・アイザック様」
リュカは茶目っ気たっぷりにクスリと笑う。
「ザック!」
「セオ・・・」
親しげに声をかけたのはセオドア・ヴェルテ王太子殿下、その傍らには婚約者のベルフィール・バレンス公爵子息が微笑みを浮かべている。
王太子殿下は片手を上げているので、リュカはその意図を汲み軽く頭と目線を伏せる。
「今夜の話題は全てお前のことでもちきりだ。この日に発表するなんて狙ってたな?」
「ザックらしいと言えばザックらしいけど」
「リュカ、頭をあげなさい」
低いけれど優しさの滲むその声は王太子殿下で、リュカはそっと頭をあげる。
エバンズ公爵のアッシュグレーの髪色とは対照的な明るい赤毛を短く刈り上げた王太子殿下。
バレンス公爵子息はすとんとまっすぐな銀髪を肩で切り揃えている。
二人は寄り添い、王太子殿下はバレンス公爵子息の腰に手を回していた。
仲がよろしいとは聞いていたけれど本当だったか、とリュカは視線を落としたまま思う。
そして、傍にいるリュカだけがわかるエバンズ公爵の気配。
その気配にリュカはため息を押し殺した。
コックスヒル伯爵家では父の顎が落ち、長兄は手に持ったグラスを落としていた。
「リュカ?父にわかるようにもう一度言ってごらん?」
「昨日、エバンズ公爵様と婚約の約束をしました。近いうちに正式な申し込みがあると思います」
リュカは言いながら白パンをちぎって口に放り込む。
この問答はもう三回目だ。
兄に至ってはまだ言葉を発していない。
「なにがどうなったらそうなるんだ」
「さあ?エバンズ公爵様は変わり者のようですね」
「リュカはうちの自慢だ!!まず、ローズブロンドの髪だろ?あとつぶらな瞳だろ?あとは小さい顎、それから」
「父上、今はリュカの可愛いところをあげてる場合ではありません」
やっと兄が言葉を発した。
リュカは父と兄の二人のやり取りをニコニコと眺めている。
「リュカ?」
「お父様とお兄様が心配なさるようなことはありません」
「正式に公爵様から打診があれば断ることは出来ん。リュカは本当にそれでいいのかい?今まで、公爵様の話などしたことなかっただろう?」
「そうですねぇ」
もぐもぐとオムレツを頬張りながらリュカは考える。
契約のことは口が裂けても言えない。
そうなれば家が取り潰されようとも反発するだろう。
「先日の『月下の会』で僕に一目惚れしたみたいです」
「リュカ・・・」
「嘘ではありません!」
リュカは頬を膨らませて、猜疑的な視線に抗議する。
・・・嘘だけど。
「そんなことより、お兄様は大丈夫なのですか?遅刻してしまいますよ」
「あっ!!」
兄は王城で財務部に属する文官だ。
慌てて白パンを口に詰め込み、慌ただしく食堂を出ていった。
かと思えば、バタバタと戻ってきた。
「行ってまいります」
「行ってらっしゃいませ」
食堂には父とリュカだけが取り残された。
父の頬はピクピクと動き、リュカは素知らぬ顔で朝食を平らげた。
そんな朝の出来事。
その後、リュカは正式に婚約を結んだ。
父と兄は卒倒し、リュカだけがニコニコと笑っている様にエバンズ公爵は苦笑した。
社交シーズン最後の王城での夜会は『終宴の会』という。
なんともそのままの名だが、最後とあって王都に集まる貴族総出の参加である。
最後の夜会は国王陛下に王妃殿下、王太子殿下とその婚約者様、第二王子殿下と王家も勢揃いする。
挨拶は公侯伯子男の順で公爵家は三家ある。
バレンス家、マルティン家、エバンズ家。
建国時の王弟殿下を起源とし王太子殿下の婚約者の生家バレンス家から、現宰相のマルティン家、そしてエバンズ家の順で陛下に挨拶をする。
こんなに早く陛下に挨拶するなんて初めてだなぁ、とリュカはのほほんとエバンズ公爵と共にいた。
「不動のアイザックを落としたのか!?」
陛下は挨拶も自己紹介も何もかもすっ飛ばしリュカに前のめりで声をかけた。
リュカは面食らったが、すぐさまいつもの笑みを顔に貼り付けた。
「幸運なことでございます」
これにより、自ら発表せずともリュカ達の婚約が瞬く間に広まった。
エバンズ公爵もリュカも手間が省けたと内心思っていた。
その後の注目は婚姻の日取りが決まった王太子殿下、ではなくもちろん───
「エバンズ公爵、婚約おめでとうございます」
歳若き公爵家当主であり、王太子殿下の側近で次期宰相のアイザック・エバンズ公爵その人である。
リュカはエバンズ公爵の隣で笑みを絶やすことなく、挨拶に訪れる人々にただただ頭を下げるだけだ。
「リュカ、疲れたかい?」
「はい。それはもうとても。公爵様お一人で挨拶を受ければいいのにと思っております」
浮かべた笑みと言葉が合っていない。
ひそひそと耳元でされる会話と笑みに周囲からは仲睦まじく映っているだろう。
「リュカ、公爵様ではない」
「誰も聞いておりませんよ・・・アイザック様」
リュカは茶目っ気たっぷりにクスリと笑う。
「ザック!」
「セオ・・・」
親しげに声をかけたのはセオドア・ヴェルテ王太子殿下、その傍らには婚約者のベルフィール・バレンス公爵子息が微笑みを浮かべている。
王太子殿下は片手を上げているので、リュカはその意図を汲み軽く頭と目線を伏せる。
「今夜の話題は全てお前のことでもちきりだ。この日に発表するなんて狙ってたな?」
「ザックらしいと言えばザックらしいけど」
「リュカ、頭をあげなさい」
低いけれど優しさの滲むその声は王太子殿下で、リュカはそっと頭をあげる。
エバンズ公爵のアッシュグレーの髪色とは対照的な明るい赤毛を短く刈り上げた王太子殿下。
バレンス公爵子息はすとんとまっすぐな銀髪を肩で切り揃えている。
二人は寄り添い、王太子殿下はバレンス公爵子息の腰に手を回していた。
仲がよろしいとは聞いていたけれど本当だったか、とリュカは視線を落としたまま思う。
そして、傍にいるリュカだけがわかるエバンズ公爵の気配。
その気配にリュカはため息を押し殺した。
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