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降雪
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グズグズとどうしようもなく泣いて、そのうち鼻がスンスンなってそっと運転席を見る。
そんな子供を見るような目で見ないでほしい。
ひどい顔だなぁ、と言いながらポケットティッシュを出してくれる。
鼻水を拭いていると、グゥゥゥとお腹がなって笑われてしまう。
目に入るのは『中華たちばな』の赤いのれん。
「僕はさっき和食が好きって言いました」
「それは今度にしよう。今日はもうここに着いちゃってるし」
たれ目が細められてクスクスと笑われる。
つられて笑ってしまう。
この人はいつだってなんでもない事のように笑ってくれる。
のれんをあげてカラカラと引き戸を引く。
「いらっしゃ、い」
頭にタオルを巻いた年嵩の店主が驚き固まっている。
そんなにひどい顔をしているだろうか、とつい目を伏せてしまう。
席につくと暖かいおしぼりではなく冷たいおしぼりが出された。
目に当てるとやっぱりじんわりして気持ちがいい。
もう泣きたくはない、そう固く決意する。
麻婆丼定食は美味しかった。
辛いのにほんのり甘くて鼻に抜ける八角の匂い。
付け合せの搾菜はうんと辛くて舌がピリピリする。
卵の入った中華スープはとろりと熱くてお腹が温まる。
一穂はたちばな定食を頼んだ。
海老チリに春巻き、唐揚げと水菜サラダに搾菜と大盛りご飯と中華スープ。
ボリュームのあるそれをひょいひょい口に運んでいく。
「俺さ、稔が朝になったら消えちゃうんじゃないかと思って、里中張ってたんだよね」
何も食べてなかったからお腹空いちゃって、とどんどん腹に収めていく。
「我ながら、どうかしてるなって思ってる。けど、次の約束したしね」
ね?と目だけで念押しされて頷くことしかできない。
「この後どこか行きたい所ある?って聞きたいけど、実は蒼太に呼び出されてるんだよね。昨日の事で海斗と陸がすごく心配してるみたいで」
人差し指でほりほりと頬を書きながら困ったように言う。
顔は少し伏せられて、それからこちらを伺うように目線だけが上げられる。
「僕も海斗くんと陸さんに会いたいです」
良かった、と微笑む顔に、あの日もっと笑った顔が見たいとそう思った気持ちがこみ上がる。
どうかしてるのは僕の方かもしれない。
たちばなを出るとチラチラと雪が舞っていた。
暖かくなった体が途端に冷えていくような気がしてぶるりと震えてしまう。
暖かい車内とお腹が満たされた喜びに、心地よい振動が追い討ちをかけて僕はまた眠ってしまった。
うとうとと眠りに落ちる前に
「やっぱり寝るんだな」
と忍び笑いが聞こえたがその声音すら気持ちが良くてストンと落ちた。
肩を揺すられるともう上木ガラス工房の脇にある駐車場だった。
おはよう、と言ってくれる顔を狭い視界が捉えると一気に目が覚めた。
弾みでごちんと頭突きをしてしまい、お互い痛みに言葉をなくしてしまう。
さすがにこれは笑えない。
「・・・ごめんなさい」
「あー・・・うん、なかなかいいものをお持ちで」
恥ずかしいやらなんやらで一瞬で顔が熱くなっていくのがわかる。
泣いてしまうし、また寝てしまったし、挙句に頭突きまでしてしまった。
落ち込んでいると、大丈夫だからと僕の額までさすってくれる。
節くれだった長い指の腹でそっとさすってくれる。
それが優しくて、どうしてかますます顔が熱くなっていく。
チラチラしていた雪が今ではしんしんと落ちてくる。
音もなく落ちてくるそれは、とても寒そうでフロントガラスを白くしていく。
だけれど、車内はとても暖かい。
そんな子供を見るような目で見ないでほしい。
ひどい顔だなぁ、と言いながらポケットティッシュを出してくれる。
鼻水を拭いていると、グゥゥゥとお腹がなって笑われてしまう。
目に入るのは『中華たちばな』の赤いのれん。
「僕はさっき和食が好きって言いました」
「それは今度にしよう。今日はもうここに着いちゃってるし」
たれ目が細められてクスクスと笑われる。
つられて笑ってしまう。
この人はいつだってなんでもない事のように笑ってくれる。
のれんをあげてカラカラと引き戸を引く。
「いらっしゃ、い」
頭にタオルを巻いた年嵩の店主が驚き固まっている。
そんなにひどい顔をしているだろうか、とつい目を伏せてしまう。
席につくと暖かいおしぼりではなく冷たいおしぼりが出された。
目に当てるとやっぱりじんわりして気持ちがいい。
もう泣きたくはない、そう固く決意する。
麻婆丼定食は美味しかった。
辛いのにほんのり甘くて鼻に抜ける八角の匂い。
付け合せの搾菜はうんと辛くて舌がピリピリする。
卵の入った中華スープはとろりと熱くてお腹が温まる。
一穂はたちばな定食を頼んだ。
海老チリに春巻き、唐揚げと水菜サラダに搾菜と大盛りご飯と中華スープ。
ボリュームのあるそれをひょいひょい口に運んでいく。
「俺さ、稔が朝になったら消えちゃうんじゃないかと思って、里中張ってたんだよね」
何も食べてなかったからお腹空いちゃって、とどんどん腹に収めていく。
「我ながら、どうかしてるなって思ってる。けど、次の約束したしね」
ね?と目だけで念押しされて頷くことしかできない。
「この後どこか行きたい所ある?って聞きたいけど、実は蒼太に呼び出されてるんだよね。昨日の事で海斗と陸がすごく心配してるみたいで」
人差し指でほりほりと頬を書きながら困ったように言う。
顔は少し伏せられて、それからこちらを伺うように目線だけが上げられる。
「僕も海斗くんと陸さんに会いたいです」
良かった、と微笑む顔に、あの日もっと笑った顔が見たいとそう思った気持ちがこみ上がる。
どうかしてるのは僕の方かもしれない。
たちばなを出るとチラチラと雪が舞っていた。
暖かくなった体が途端に冷えていくような気がしてぶるりと震えてしまう。
暖かい車内とお腹が満たされた喜びに、心地よい振動が追い討ちをかけて僕はまた眠ってしまった。
うとうとと眠りに落ちる前に
「やっぱり寝るんだな」
と忍び笑いが聞こえたがその声音すら気持ちが良くてストンと落ちた。
肩を揺すられるともう上木ガラス工房の脇にある駐車場だった。
おはよう、と言ってくれる顔を狭い視界が捉えると一気に目が覚めた。
弾みでごちんと頭突きをしてしまい、お互い痛みに言葉をなくしてしまう。
さすがにこれは笑えない。
「・・・ごめんなさい」
「あー・・・うん、なかなかいいものをお持ちで」
恥ずかしいやらなんやらで一瞬で顔が熱くなっていくのがわかる。
泣いてしまうし、また寝てしまったし、挙句に頭突きまでしてしまった。
落ち込んでいると、大丈夫だからと僕の額までさすってくれる。
節くれだった長い指の腹でそっとさすってくれる。
それが優しくて、どうしてかますます顔が熱くなっていく。
チラチラしていた雪が今ではしんしんと落ちてくる。
音もなく落ちてくるそれは、とても寒そうでフロントガラスを白くしていく。
だけれど、車内はとても暖かい。
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