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「しのぶちゃんからはなれて!!」

海斗は肩に置かれた一穂の腕の間に入り込み、忍の首に手をまわしギュッと抱きついた。
さながらコアラのようなそれに忍はクスリと笑って海斗を抱きしめた。

「え、天使?」

蒼太は一瞬の隙を見逃さなかった。
お前はこっち来い、と文字通り首根っこ掴まれて一穂はズルズルと引きずられてリビングから強制退場させられた。

「忍さん、ごめんね。えーと、悪い奴じゃないんだけどって信じられないよね?ほんとにごめん」
「驚いただけで・・・その・・・大丈夫です」
「しのぶちゃん、いやなことはいやっていわなきゃだめだよ?」
「うん、そうだね。海斗くん、助けてくれてありがとう」

額を合わせてグリグリと笑い合う。

「しのぶちゃん、あしたもうみにいる?」
「明日はもうここから出ていくんだ」
「なんで?おうちかえるの?」

さぁどうかな、と忍は海斗を胸に抱き柔らかい髪に顔を埋めた。

「忍さん、さっきの話の続きだけど、もしなにかから逃げてるんだったら力になるよ?」

忍は顔を埋めたまま首を横に振る。
海斗はそのまましがみつき、忍はその小さな背中を何度も撫でた。
海斗くんは温かいね、そう言ってそっと離れ海斗を解放した。

「せっかくなかよくなれたのに」
「うん、ありがとう」
「しのぶちゃん、ぼくのことすき?」
「うん、好きだよ」
「またあえる?」

忍は曖昧に笑って陸に向き直った。

「今日はありがとうございました。お好み焼きごちそうさまでした」

深々と礼をし、もう行きますと忍は立ち上がった。
玄関先でもう一度忍はお礼を言って、手を振り立ち去った。
その背中を見送る陸と海斗。
忍は一度も振り返らなかった。




「おはようございます」
「おはよう。今朝はね、竹輪の天ぷら付けといたよ。朝からなんだって感じだけど、好きでしょ?」
「・・・はい。ありがとうございます」

恵子は笑って炊きたての白いご飯をよそって、そのまま忍の向かいに座った。
食べて、と言って恵子は動かない。

「いただきます」
「食べながらでいいから聞いてね。私ね、最初に金谷さんが来た時どうにも胡散臭く見えてねぇ。死んじゃうんじゃないかって」

白いツヤツヤのご飯にほうれん草と豆腐の味噌汁。
塩鮭に竹輪の天ぷら、ささがきじゃなく太く切ったごぼうのきんぴら。
ちぎっただけのレタスの上には無造作に転がるプチトマトが二つ。

「でもねぇ、ほら、そうやって食べるのよね。何を出しても全部食べてくれる。そうやって食べてくれるのは嬉しいね」

恵子は熱いお茶をふうふう言って飲む。

「また泊まりにおいで。そんで、またこのおばちゃんとお昼ごはん食べてよ」

ね?と恵子はニッカリ笑った。

──飯が美味かったって言える奴は大丈夫なんだって。

忍の目からぽたりと落ちた涙は、年季の入った茶色の卓袱台に小さな水たまりを作った。
恵子はそれを見ないふりして、熱いお茶淹れたげると席を立った。


荷物を持ち忍は襖を開けて、短い廊下を歩き階段をゆっくりゆっくり下りる。
そっと覗いた食堂の卓袱台では慎太が新聞を読んでいた。

「あの、お世話になりました。ご飯、いつも美味しかったです。ありがとうございました」
「おう。またいつでも来な」

腰を折って礼をする忍に、慎太は新聞から顔をあげて老眼鏡をすいとずらして応えた。
忍は微笑んで、玄関へと歩く。

「はい、これ。小さい子にはみんな、こうやって帰り際に渡してるからね」

忍の握らされた手の中には、三角のいちごの飴が三個。
すりガラスの引き戸をガラガラと開けて曇り空を見上げる。

「お世話になりました」

ペコリと頭をさげて忍は里中を後にした。
振り向かずにてくてくと歩くグレーの背中を見えなくなるまで恵子は見送った。

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