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喫茶店にて

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※汚物表現があります。ご注意ください。


稔が失踪してから半年。
稔の両親も躍起になって探しているが稔は一向に見つからない。

貴史も沙也加も仕事以外は全て稔の捜索にあてた。
どんな僅かな糸でもいい、稔を思い必死に歩いた。
目当ての喫茶店には約束の時間より早く着いたが相手はすでに待っていた。

「本日はお忙しい中お時間とらせまして申し訳ありません。金谷かなや貴史と婚約者の沙也加です」

貴史は腰を折り席に着いた。
相手は鷹揚に頷き、構わないよと言った。
店員にブレンドとカフェオレを頼み、注文品が届くまでお互いに会話はなかった。
そして、男が口火をきる。

楢崎ならさき君、いなくなったんだって?」
「はい、半年前に」
「でもね、私達は五年前に別れたっきり会ってもいないし聞かれても手がかりみたいなのはないと思うよ?」
「わかってます。ただ、稔と会っていた時に稔が行ってみたい場所や憧れてるような場所、そういう話はしなかったでしょうか?なんでもいいんです。やりたい事や、そういうなんでもない事でもいいので」
「そう言われてもね、何を話したかなんてあまり記憶になくて」

そうですか、と貴史は目を伏せ沙也加は無言でカフェオレを飲んだ。

「貴重なお時間ありがとうございました」

と席を立とうとする貴史にそれまで黙って座っていた華奢な男が口を開いた。

「あ、あの楢崎さんは、その、ぼ、僕らのことで・・・その、楢崎さんは何か言っていましたか?」

上目遣いで大きな瞳に涙を溜める姿はなるほど庇護欲をそそられるのだろう。
貴史は浮かした腰を再度落ち着けた。

「あなた方が幼い頃からの恋を成就させて自分とは終わった。稔はその事実しか言ってませんよ」
「あの、楢崎さんは京介きょうすけのこと好きだったんですよね。家同士の事と聞いてましたが、あの日楢崎さんの目は揺らいでいて、それで、あの、本当にごめんなさい」

貴史は目の前の華奢な男をひたと見つめた。
小さく震えながら頭を下げ続ける華奢な男。

「みぃちゃんはね、あの日紅葉の綺麗な庭園に誘ってもらえたって嬉しそうに笑ってたよ」

沙也加が静かに言う。
次いで貴史も言う。

「稔は、この世のΩの中で一等可愛くて綺麗で無垢だ。すごくモテた。でも、婚約者がいるからって全て断っていた。若いあの頃の七年間は重たいな」
「・・・貴様、何が言いたい」

ざわりと空気が震え貴史の肩が重くなる。
京介と呼ばれた男から溢れる威圧フェロモンに貴史の喉がぐぅと鳴る。
沙也加が弾かれたように立ち上がり、椅子が大きな音を立てて倒れた。
胸を抑え目をかっぴらいて肩で息をしながら沙也加は言葉を絞り出した。

「な、なんで婚約なんてした・・・なんで・・・もっと早く解消してやらなかった・・・婚約者がいる身でなんで・・・口説き続けた・・・なんで解消してから口説けと・・・言わなかった・・・婚約者のいる男に口説かれて・・・気持ち良かった?・・・みぃちゃんとの七年間を覚えてない?・・・みぃちゃんをなんだと思ってる・の・・」

沙也加は目の前の男二人を交互に睨みつけながら話した。
大きく開いた目は赤く充血し、鼻からは血が流れた。
涙と涎をダラダラと零しながら、グッと喉を鳴らし、沙也加はカフェオレと思われる液体を滝のように吐いた。
そこには赤いものも混じっていた。
ゼェゼェと息を吐きながらグイと腕で口を拭う沙也加。
鬼気迫る様子の沙也加に華奢な男は息を呑み、ごめんなさいと小さく呟き涙を流し始めた。

「・・・主人のαと使用人のΩの恋はドラマチックでまるで映画のようだな」

沙也加の肩を抱き、自身の込み上げる吐き気を抑えながら貴史は言う。

「稔は・・・二人の恋を盛り上げるいい障害になったか?」
「っ貴様!言わせておけば!五年も前に終わったことだ!楢崎の失踪の責任はない!」

京介の顔が憤怒の色に変わる。
ガタンとテーブルに拳を打ち付ける。
ぶわりと圧が強くなる。
自身の番にはフェロモンをあてないようにしてるのだろう、華奢な男は両手で顔を覆いメソメソと泣いている。

「βにはお前らの言う本能や・・・遺伝子なんて・・・知らねえ・・・俺らは生きてきた環境で・・・培ってきた感情で・・・育ててきた心情しか知らねえ・・・その・・・心は同じじゃないのか・・・・そうやって圧をかけて支配するのは気持ちがいいか?・・・」

ゴボリと貴史が吐血する。
ぶるぶると震えながらも、強靭な精神力で自分の足で立つβの男女。
店内のβは余波にあてられ軒並み倒れ、αと思われる男は青ざめて貴史と京介達を見つめている。

「み・・・み・・・みぃちゃんの心はあの紅葉の下に置いてけぼりだっ」

だらりと沙也加の口の端から鼻から一筋血が流れる。

「な・・・七年をたった五分で終わらせるのが、あんたの言う誠意でけじめなのか・・・家業に不利が無いようにするのが償いなの・・・もっと・・・もっと早く・・・みぃちゃんにあんたが引導を渡してれば・・・あんたを・・・あんたをし・・・しん・・・信じてたみぃちゃんは・・・みぃちゃんは・・・」
「・・・バースの頂点に立つαは・・・番以外のΩはどうでもいいか?」

貴史は朦朧とする沙也加の肩を強く抱きしめ店外へ向けてフラフラと歩き出す。
沙也加は最後の力を振り絞るように顔を上げ振り返って睨みつける。

クソったれ!

掠れた小さな声だったがその声は店内に響いた。
カランと鈴の音を鳴らしβの二人は立ち去り、店内はグズグズと泣き声だけが残った。
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