不香の花の行く道は

谷絵 ちぐり

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アキラとヒロキ

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高校へ行くつもりはなかった、言ったところで自分の行く末なんてたかが知れてると思っていた。
出自のわからないオメガの腹から産まれ、しかも父はどこの誰かもわからない。

「あんたねぇ、せめて高校くらいは出ときなさいよ。同じ轍を踏むことないの」
「んなことない」
「そんなことあるのよ。違う道だと思っていても、振り返れば同じ道だったなんてね」

そんなママの言葉に渋々頷いてしまった。
今は頷いて良かった、そう思う。



「なぁ、可愛い子いた?」
「一人さ、すんごい綺麗な子いなかった?」
「オレンジの奴?」
「そうそう」

入学式を終えた教室で交わされる下世話な話、オレンジの髪をした奴なら覚えている。
あの髪色は校則違反ではないんだろうか、と疑問に思った。

「あー、あいつはダメだよ。あいつに関わった奴ってさ呪われんの」
「どういうこと?」
「俺さ、同じ中学だったんだけど」

今度は打って変わってひそひそと交わされる会話に耳をすました。

「あいつバスケ部のマネージャーやってて、先輩がさあいつのこと気に入ってたんだよ。ほら、可愛いからさ。それで、県大会かなんかの決勝で勝ったら告白するとか言ってて」
「うわ~なんかドラマみたいじゃん。そんで?」
「試合前にその先輩、学校の階段から落ちた」
「は?なんで?」
「だから、呪いだって」

怖ぇな、なんて大袈裟に体を震わせて馬鹿にしたように笑い合う奴ら。
こんな馬鹿話にどうしてこいつは知らん顔できるんだろう、と晃は隣の席の男を見た。

「なぁ、いいの?言いたい放題みたいだけど」
「…は?」
「友達じゃないの?一緒にいたじゃん」
「……いいんだよ。そう思われてる方が」
「へぇ、なんか歪んでるな」

白井広樹と自己紹介していた男とその日はもう話すことは無かった。

次の日、昨日と同じように三人で登校してくるのが教室の窓から見えた。
オレンジの髪の奴は迷子みたいな顔をしていた、どうして気づかないんだろう。
あんな目を自分は知っている、前を向いているのに向いていない。
言葉を発しているのにそれは相手に届かない。


「なぁ、なんでお前らってみんな見てる方向違うの?」

誰もが無理してるように見えただけ、空回っているように見えただけ、それが妙に気になっただけ。
だから、まさか白井広樹がそんな顔するなんて思いもしなかった。
血の気の引いたような顔、机に乗せた手の小指がピクリと動いて開いた手が握りしめられた。
あぁなにかある、重大なとそれを見て腑に落ちた。
三人が背中合わせで見てる方向は違うのに、お互いがその背中に寄りかかってないと崩れ落ちそうな…そんな雰囲気、それも自分は知っている。
いや、自分は寄りかかってくる背中に必死に手を当てて立たせていただけだけれど、決して振り向いてはくれなかったのに。

「なぁ、友達になろうぜ」

それに意味なんてない、ただの興味本位だったと思う。
なのに虚をつかれたような白井広樹の顔、そして彼はこう言ったのだ。

──なれるものならな

言いながら泣きそうに歪めた顔でひくりと笑った白井広樹の顔は忘れられそうにない。
その言葉にSOSが含まれているような気がしたから。


小倉雪成は遠目で見るよりも華奢でびっくりするほど綺麗だった。
箸を持つ手は細く、ただ少し荒れているような気がした。
大人しく目を合わせようとしても合わない、いや意図的に合わせないようにしている。
対して越野純はくるくると表情を変えながらよく喋る。
まるでそうしないといけないように、明るく振る舞わないといけないように、注目を浴びるのは自分だと言わんばかりに。

──いいか?ジュンの前でユキをかまうな
──なにそれ、そのジュンって奴が嫉妬すんの?
──そうじゃない。違う、けど…
──けど?
──それがジュンを守ることにも繋がるから

教室ここへ来るまでに聞いた白井広樹の言葉を思い出した。
越野純の発した数々の言葉に反応してざわざわと小倉雪成に心無い言葉が届く。
越野純は小倉雪成を美しいと言い、白井広樹と運命の番であるとそう言った。
白井広樹の形ばかりの反論も意に介さない。
越野純のために小倉雪成が傷ついてしまうことに目を瞑っていることを白井広樹はどう思っているんだろうか。
ひとまず様子を見るか、と調子を合わせてみたけれどこんなのは許容できないと思う。
運命の番に小さく首を振った小倉雪成、一瞬だけ交わった視線、ここにもSOSが潜んでいるようだった。
白井広樹も小倉雪成も外に助けを求めている。


「なぁ、あれで良かった?」
「あぁ」

弁当を食べ終えて自分たちの教室へ戻る途中、白井広樹は答えた。

「ジュンの気をユキから逸らしてくれたら助かる」
「お前と小倉雪成って本当は」
「違う」
「あ、そう」
「俺の運命はジュンだ」

は?と思わず足が止まる、それを置いて白井広樹はスタスタと歩いて行った。

「あいつベータじゃん」

思わず口をついて出た言葉に白井広樹の歩みが止まった。
振り返ったその表情は憎々しげで、それでいて悲しそうで真一文字に結んだ唇が少し震えていた。
あ、と開きかけた口とチャイムの音は同時で、白井広樹の目の内に一瞬の迷いが見えた。


三人の忌々しい過去、それに囚われて動けない話は予想だにしないものだった。

「あの時、ユキじゃなくてジュンの方に駆け寄っていれば…」
「無理だろ、目の前で友達が殺されそうになって放っておけるわけがない」
「…や、あの時ユキの足が浮いていて地面とその間に座り込むジュンが見えた。ジュンはユキだけを見てて…」
「お前、まさか…」
「ジュンをユキから遠ざけたかっただけだ。あの二人は本当に仲がよかったから。変質者を倒してやろうだとか、ユキを助けたいとかそんな高尚なもんじゃない」

それが間違いだったんだ、と白井広樹は項垂れた。
ジュンの目に映ったヒーロー、助け出されたユキはさながら絵本の姫のようだっただろう。
越野純が運命だと思い込んでしまうのもわかる。

「引いただろう?」
「あぁ」
「だよな」

ははは、と力なく笑う白井広樹。

「で?お前は俺にどうしてほしいんだ?」

空き教室にはコチコチと時計の秒針の音だけが響き、開けた窓からは春の穏やかな風が舞い込んで頬を撫でていく。
驚きに満ちた白井広樹の表情が徐々に歪んでいく。

「ジュンに執着されているユキがもう限界なんだ。だから…」
「やめろよ。建前なら聞かない」
「…ジュンを取り戻したい」
「わかった」

初めて相対した小倉雪成からは澄んだ匂いがした。
秋から冬に変わった時のような、吐く息が白くなる晴れた朝のような、キンとこめかみを刺す冷たさを含んだそんな匂い。
ぼんやりとした頭を晴らすような匂い、それが自分には必要だと思った。

「じゃあ、俺はユキをもらうよ」





※がっつり夏休みしてました。






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