不香の花の行く道は

谷絵 ちぐり

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ユキと観月

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あの男が現れて純が拘束された日、雪成は眠れなかった。
パトカーに乗せられていく純に追いすがったが、警官に止められて前に進むことは出来なかった。

「ユキちゃんが無事で良かった」

そう言った純の顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
目を閉じるとこれまでの思い出が次から次へと浮かんでくる。

「ユキくん、起きてる?」
「…はい」
「ミルクたっぷりコーヒー飲む?」
「それカフェオレでしょ?」

どうぞ、と部屋に観月を招き入れる。
ベッドと小さなテーブル、小さなタンスしかない素っ気ない部屋に甘くもほろ苦い匂いが立ち込める。
あのバス停での一件は大騒ぎでもちろん観月の耳にも入っていた。

「明日ね、坂口さんが来るから」
「え、なんで…」
「鴨井さんにお願いしたの。明日、事情聞かれるんでしょ?」
「でも…」
「ユキくん、聞かせてよ。ユキくんの大好きな幼なじみのこと」
「……うん」

幼稚園で純の言葉に助けられたこと、発表会のおにぎりコロコロでは二人でおにぎりになったこと、小学校の行き帰りはいつも白線を踏んでいたこと、引っ付くと取れない植物を投げあったこと、金魚の浴衣を着て金魚すくいをしたこと、庭で花火をしたこと。
楽しかった子ども時代、一緒にいるのが当たり前で右側にはいつも純の笑顔があった。
けれど、成長するにつれ裏で純がしていることに胸が痛んだ。
ユキちゃんのため、それが苦痛で堪らなかった。
なにより純にそんなことをさせたくなかった。
自分を責めた、純の心に影を作ってしまったのが自分だと思うと辛かった。

『ぼくもジュンちゃんがだーいすき』

えへへと笑いあって抱き合った、小さな体小さな手、くもりなく笑えていた頃はもう遥か彼方だ。



次の日の昼に坂口はやってきた、少し汚れた白いセダンに乗って警察署へと向かう。

「坂口さん、すみません」
「ほんとねぇ、鴨井は私のこと便利屋かなにかだと思ってるのかしら」

ハンドルを握りながら坂口は朗らかに笑った。

「ほんとにすみません」
「あはは、冗談よ。観月くんに頼まれちゃったらね、無碍にはできないわ。私はユキくんの味方よ」
「…はい」

てっきり取調室のような場所で話を聞かれると思っていたのに、通されたそこは小さな会議室のような部屋だった。
並んだ長机、パイプ椅子、ホワイトボード、窓からは秋の陽射しがたっぷりと差し込んでいた。

相対したのは井戸いどという女刑事だった。
坂口よりも若く、明るい茶髪をワンレングスにした優しそうな人。

「あの、ジュンちゃんは?」
「それは後でね。まず質問させて」

そう言った井戸刑事に雪成は語った、あの夏の日の出来事を覚えている限りの全て、そしてバス停での会話。
ポテトを知られていたことを話す時には声が震えた。
井戸は質問を挟みながらうんうんと頷きながら聞き、坂口はその間一言も話さなかった。

「辛かったわね」
「…はい」

その男は松永勝治まつながかつじといった。
入院中だが意識はあり、命の危機はない。
男は半年前、偶然に雪成を見かけそれからあの駅周辺をうろつくようになったという。

「中学かその辺り、まぁいわゆるほとぼりが冷めた頃ってやつね。あなたと、あの子…」
「…ジュンちゃん?」
「ええ、そう、ジュンちゃんね。見に行ったそうよ、だけど…あなた達は常に三人でいて、それで近づけなかったって」

「あなた達はお互いがお互いを守ってたのね」

雪成の目から涙がとめどなく流れ落ちる、拭っても拭っても引っ込まない。
坂口の言葉が心に沁みる、泣きなさいと抱きしめられて雪成はみっともなく声をあげて泣いた。


「松永の鞄からね、結束バンドや小型ナイフ、あとは薬。良くない薬ね、それが出てきたの。なにをしようとしてたのかしらね」

背筋が凍る、そんなにも危険な男だったのだ。
小さな子を手にかけようとした時点でそんなことはわかっていたはずなのに、もう大丈夫だなんてどれほど浅はかだったんだろう。

「大丈夫、悪いようにはしない。あなたの話はとっても参考になったわ」

そう言って井戸は部屋を出ていった。



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