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高三 冬
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──なんでめのいろみずいろなの?
──なんでかみのけくろくないの?
──へんなの
──にほんじんじゃないの?
──みんなといっしょじゃないなんておかしいの
『ユキちゃんのめのいろはおそらといっしょなんだよ。かみのけもね、ゆうやけいろなの。きれいね、とってもきれい。ぼく、ユキちゃんだーいすき』
ジュンちゃん、僕はその一言に救われたんだ。
ゆさゆさと肩を揺らされる感覚、誰かが呼んでいる。
以前もこんなことがあった、剥き出しの肌に頬にザラザラとした砂の感触が気持ち悪かった。
口からは涎なのかなんなのかぬるぬるとしたものが絶えず流れ落ちて止められなかった。
目を開けたいのに開けることができなくて、そのまま黒い澱に落ちたのだ。
「…ジュン、ちゃん?」
「…違うよ。ユキ、ここで寝てたら風邪ひくぞ」
アルバイトを終えて夕飯を食べたらそのまま眠っていたらしい。
普段は『ユキちゃん』と呼ぶのに、二人きりの時だけ『ユキ』と晃は呼ぶ。
ハスキーな声で『ユキ』と呼ばれるのはなんだか特別感があってむず痒い。
「晩飯、カレーだった?」
「うん、わかる?」
「すっげぇ匂いする」
シシシと笑う顔はやっぱりどこか幼く見えて、布団の上の雄の顔とは全然違う。
「食べる?」
「もらう」
カレーはいい、たくさん作って小分けにして冷凍しておけばカレーうどんにもなるしチーズをのせてカレードリアにしてもいい。
そう思って作ったカレー、それを晃はたくさん食べた。
炊いてある白飯だけじゃ飽き足らず、冷凍ご飯まで食べてしまった。
「お腹空いてた?」
「うん、今日はちょっとハードだったから」
晃はバスケ部を引退してからアルバイトを始めた。
どこで何をしてるかは知らないし、受験はアルファ特有の地頭の良さで乗り切るんだろう。
「金魚、でかくなったな」
夏祭りの金魚は思った以上に長生きをして、金魚鉢が窮屈そうだ。
卓袱台の上にはいつも金魚鉢があって、食事の時も眠る時も襖を開け放して雪成はそれを見つめる。
その雪成の背後からのしかかるように抱きしめながら晃が言う。
「重い」
「こんだけでかい図体で軽い方がおかしいだろ」
「確かに」
ぎゅうぎゅうと力を入れる腕を叩きながら雪成は笑う。
人肌というものは温かくて、押し込めていた感情がいとも簡単に解けてしまう。
上背があって筋肉質でがっしりした体躯は小柄な雪成をすっぽりと包む。
真冬なのに晃から香ってくる夏草の匂いがなんだか矛盾しているようで可笑しい。
「…アキはあったかい」
「ユキはひんやりして気持ちいい」
ぴたりとひっついた背中から熱が浸透してきて、どこまでが自分の体なのかわからない。
心が浮き足立っているのに、脳がこの熱を記憶したいと動きだしている。
「ユキちゃーーん!」
「おはよう」
「寒いねぇ」
「うん」
吐く息が白くてぐるぐると巻いたマフラーからはみでた耳がちょっぴり痛い。
「高校生活もあとちょっとだね」
「うん」
「ユキちゃん、一緒に合格しようね」
「そうだね」
「ずっと守ってあげるからね」
へへへと笑う純の鼻先をツンと突いて雪成も微笑んだ。
いつまでもここにいてはいけないと思う。
「ジュン…僕はもう大丈夫だよ」
「え?……なんで!!なんでそんなこと言うの!!」
「ジュン…」
「今までだってずっとずっと僕が!僕が守ってきたでしょ!ユキちゃんはね?可愛いくて綺麗でしょ?みんなユキちゃんのこと好きになっちゃう変態ばっかりだったでしょ?ちょっとユキちゃんに話しかけられたくらいで舞い上がって、すぐいやらしい目を向けてきたでしょ?ユキちゃんが笑いかけただけでいやらしい顔するやつばっかりだったでしょ!ユキちゃんはね、ヒロと番うんだよ?それまで綺麗な体でいなきゃ、ね?だから僕が守ってあげる」
にこりと笑う純の目はなにかに浮かされたようにとろりとしていて、雪成はもう何も言えなかった。
あの夏の日、純に手を伸ばしたあの男に雪成は噛み付いた。
ただそんなもので大人の男が怯むわけがない、噛み付いて離れない雪成の首に男は手を伸ばし首根っこを押さえた。
雪成がギリギリと締めあげられるのを純は間近で見ていた。
紫になっていく肌、口から零れ落ちる血の泡、濡れていくズボン、雪成の爪先が浮いていく。
『おひるごはんを食べたらこうえんであそぼうね』
あの時、広樹が一歩遅れていたら雪成は助からなかっただろう。
雪成一人を注視していた男は広樹に気づくのが遅かった。
子どもといえどあらぬ方向から体当たりされれば、ましてそこが不安定な砂の上ならば、広樹の全力の体当たりはいとも簡単に男を転がした。
「ユキちゃん!ユキちゃん!」
揺さぶっても声をかけても目を開けない雪成、純はただ呆然とそれを見つめていた。
雪成を助けにきた正義のヒーロー、可憐な雪成を抱きしめる広樹、純の幼心にそれはくっきりと焼き付いた。
「ジュンちゃん!だれかおとなの人よんできて!!早く!ユキちゃんが死んじゃう!!」
広樹の大声に純はよろよろと立ち上がり家に向かって走った。
純のズボンも濡れて太ももに張り付いて気持ち悪かったけれど一生懸命走った。
──ユキちゃん、ごめん。ぼくがわるかった。ユキちゃんはダメって言ってくれたのに、ぜんぶぜんぶぼくがわるかった。ゆるしてユキちゃん、こんどはぼくがまもるから。ぜったいぜったいにだれにもユキちゃんにさわらせないから。
──なんでかみのけくろくないの?
──へんなの
──にほんじんじゃないの?
──みんなといっしょじゃないなんておかしいの
『ユキちゃんのめのいろはおそらといっしょなんだよ。かみのけもね、ゆうやけいろなの。きれいね、とってもきれい。ぼく、ユキちゃんだーいすき』
ジュンちゃん、僕はその一言に救われたんだ。
ゆさゆさと肩を揺らされる感覚、誰かが呼んでいる。
以前もこんなことがあった、剥き出しの肌に頬にザラザラとした砂の感触が気持ち悪かった。
口からは涎なのかなんなのかぬるぬるとしたものが絶えず流れ落ちて止められなかった。
目を開けたいのに開けることができなくて、そのまま黒い澱に落ちたのだ。
「…ジュン、ちゃん?」
「…違うよ。ユキ、ここで寝てたら風邪ひくぞ」
アルバイトを終えて夕飯を食べたらそのまま眠っていたらしい。
普段は『ユキちゃん』と呼ぶのに、二人きりの時だけ『ユキ』と晃は呼ぶ。
ハスキーな声で『ユキ』と呼ばれるのはなんだか特別感があってむず痒い。
「晩飯、カレーだった?」
「うん、わかる?」
「すっげぇ匂いする」
シシシと笑う顔はやっぱりどこか幼く見えて、布団の上の雄の顔とは全然違う。
「食べる?」
「もらう」
カレーはいい、たくさん作って小分けにして冷凍しておけばカレーうどんにもなるしチーズをのせてカレードリアにしてもいい。
そう思って作ったカレー、それを晃はたくさん食べた。
炊いてある白飯だけじゃ飽き足らず、冷凍ご飯まで食べてしまった。
「お腹空いてた?」
「うん、今日はちょっとハードだったから」
晃はバスケ部を引退してからアルバイトを始めた。
どこで何をしてるかは知らないし、受験はアルファ特有の地頭の良さで乗り切るんだろう。
「金魚、でかくなったな」
夏祭りの金魚は思った以上に長生きをして、金魚鉢が窮屈そうだ。
卓袱台の上にはいつも金魚鉢があって、食事の時も眠る時も襖を開け放して雪成はそれを見つめる。
その雪成の背後からのしかかるように抱きしめながら晃が言う。
「重い」
「こんだけでかい図体で軽い方がおかしいだろ」
「確かに」
ぎゅうぎゅうと力を入れる腕を叩きながら雪成は笑う。
人肌というものは温かくて、押し込めていた感情がいとも簡単に解けてしまう。
上背があって筋肉質でがっしりした体躯は小柄な雪成をすっぽりと包む。
真冬なのに晃から香ってくる夏草の匂いがなんだか矛盾しているようで可笑しい。
「…アキはあったかい」
「ユキはひんやりして気持ちいい」
ぴたりとひっついた背中から熱が浸透してきて、どこまでが自分の体なのかわからない。
心が浮き足立っているのに、脳がこの熱を記憶したいと動きだしている。
「ユキちゃーーん!」
「おはよう」
「寒いねぇ」
「うん」
吐く息が白くてぐるぐると巻いたマフラーからはみでた耳がちょっぴり痛い。
「高校生活もあとちょっとだね」
「うん」
「ユキちゃん、一緒に合格しようね」
「そうだね」
「ずっと守ってあげるからね」
へへへと笑う純の鼻先をツンと突いて雪成も微笑んだ。
いつまでもここにいてはいけないと思う。
「ジュン…僕はもう大丈夫だよ」
「え?……なんで!!なんでそんなこと言うの!!」
「ジュン…」
「今までだってずっとずっと僕が!僕が守ってきたでしょ!ユキちゃんはね?可愛いくて綺麗でしょ?みんなユキちゃんのこと好きになっちゃう変態ばっかりだったでしょ?ちょっとユキちゃんに話しかけられたくらいで舞い上がって、すぐいやらしい目を向けてきたでしょ?ユキちゃんが笑いかけただけでいやらしい顔するやつばっかりだったでしょ!ユキちゃんはね、ヒロと番うんだよ?それまで綺麗な体でいなきゃ、ね?だから僕が守ってあげる」
にこりと笑う純の目はなにかに浮かされたようにとろりとしていて、雪成はもう何も言えなかった。
あの夏の日、純に手を伸ばしたあの男に雪成は噛み付いた。
ただそんなもので大人の男が怯むわけがない、噛み付いて離れない雪成の首に男は手を伸ばし首根っこを押さえた。
雪成がギリギリと締めあげられるのを純は間近で見ていた。
紫になっていく肌、口から零れ落ちる血の泡、濡れていくズボン、雪成の爪先が浮いていく。
『おひるごはんを食べたらこうえんであそぼうね』
あの時、広樹が一歩遅れていたら雪成は助からなかっただろう。
雪成一人を注視していた男は広樹に気づくのが遅かった。
子どもといえどあらぬ方向から体当たりされれば、ましてそこが不安定な砂の上ならば、広樹の全力の体当たりはいとも簡単に男を転がした。
「ユキちゃん!ユキちゃん!」
揺さぶっても声をかけても目を開けない雪成、純はただ呆然とそれを見つめていた。
雪成を助けにきた正義のヒーロー、可憐な雪成を抱きしめる広樹、純の幼心にそれはくっきりと焼き付いた。
「ジュンちゃん!だれかおとなの人よんできて!!早く!ユキちゃんが死んじゃう!!」
広樹の大声に純はよろよろと立ち上がり家に向かって走った。
純のズボンも濡れて太ももに張り付いて気持ち悪かったけれど一生懸命走った。
──ユキちゃん、ごめん。ぼくがわるかった。ユキちゃんはダメって言ってくれたのに、ぜんぶぜんぶぼくがわるかった。ゆるしてユキちゃん、こんどはぼくがまもるから。ぜったいぜったいにだれにもユキちゃんにさわらせないから。
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