不香の花の行く道は

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
上 下
4 / 17

高三 冬

しおりを挟む
──なんでめのいろみずいろなの?
──なんでかみのけくろくないの?
──へんなの
──じゃないの?
──みんなといっしょじゃないなんておかしいの

『ユキちゃんのめのいろはおそらといっしょなんだよ。かみのけもね、ゆうやけいろなの。きれいね、とってもきれい。ぼく、ユキちゃんだーいすき』

ジュンちゃん、僕はその一言に救われたんだ。




ゆさゆさと肩を揺らされる感覚、誰かが呼んでいる。
以前もこんなことがあった、剥き出しの肌に頬にザラザラとした砂の感触が気持ち悪かった。
口からは涎なのかなんなのかぬるぬるとしたものが絶えず流れ落ちて止められなかった。
目を開けたいのに開けることができなくて、そのまま黒い澱に落ちたのだ。

「…ジュン、ちゃん?」
「…違うよ。ユキ、ここで寝てたら風邪ひくぞ」

アルバイトを終えて夕飯を食べたらそのまま眠っていたらしい。
普段は『ユキちゃん』と呼ぶのに、二人きりの時だけ『ユキ』と晃は呼ぶ。
ハスキーな声で『ユキ』と呼ばれるのはなんだか特別感があってむず痒い。

「晩飯、カレーだった?」
「うん、わかる?」
「すっげぇ匂いする」

シシシと笑う顔はやっぱりどこか幼く見えて、布団の上の雄の顔とは全然違う。

「食べる?」
「もらう」

カレーはいい、たくさん作って小分けにして冷凍しておけばカレーうどんにもなるしチーズをのせてカレードリアにしてもいい。
そう思って作ったカレー、それを晃はたくさん食べた。
炊いてある白飯だけじゃ飽き足らず、冷凍ご飯まで食べてしまった。

「お腹空いてた?」
「うん、今日はちょっとハードだったから」

晃はバスケ部を引退してからアルバイトを始めた。
どこで何をしてるかは知らないし、受験はアルファ特有の地頭の良さで乗り切るんだろう。



「金魚、でかくなったな」

夏祭りの金魚は思った以上に長生きをして、金魚鉢が窮屈そうだ。
卓袱台の上にはいつも金魚鉢があって、食事の時も眠る時も襖を開け放して雪成はそれを見つめる。
その雪成の背後からのしかかるように抱きしめながら晃が言う。

「重い」
「こんだけでかい図体で軽い方がおかしいだろ」
「確かに」

ぎゅうぎゅうと力を入れる腕を叩きながら雪成は笑う。
人肌というものは温かくて、押し込めていた感情がいとも簡単に解けてしまう。
上背があって筋肉質でがっしりした体躯は小柄な雪成をすっぽりと包む。
真冬なのに晃から香ってくる夏草の匂いがなんだか矛盾しているようで可笑しい。

「…アキはあったかい」
「ユキはひんやりして気持ちいい」

ぴたりとひっついた背中から熱が浸透してきて、どこまでが自分の体なのかわからない。
心が浮き足立っているのに、脳がこの熱を記憶したいと動きだしている。




「ユキちゃーーん!」
「おはよう」
「寒いねぇ」
「うん」

吐く息が白くてぐるぐると巻いたマフラーからはみでた耳がちょっぴり痛い。

「高校生活もあとちょっとだね」
「うん」
「ユキちゃん、一緒に合格しようね」
「そうだね」
「ずっと守ってあげるからね」

へへへと笑う純の鼻先をツンと突いて雪成も微笑んだ。
いつまでもここにいてはいけないと思う。

「ジュン…僕はもう大丈夫だよ」

「え?……なんで!!なんでそんなこと言うの!!」
「ジュン…」
「今までだってずっとずっと僕が!僕が守ってきたでしょ!ユキちゃんはね?可愛いくて綺麗でしょ?みんなユキちゃんのこと好きになっちゃうばっかりだったでしょ?ちょっとユキちゃんに話しかけられたくらいで舞い上がって、すぐいやらしい目を向けてきたでしょ?ユキちゃんが笑いかけただけでいやらしい顔するやつばっかりだったでしょ!ユキちゃんはね、ヒロと番うんだよ?それまで綺麗な体でいなきゃ、ね?だから僕が守ってあげる」

にこりと笑う純の目はなにかに浮かされたようにとろりとしていて、雪成はもう何も言えなかった。



あの夏の日、純に手を伸ばしたあの男に雪成は噛み付いた。
ただそんなもので大人の男が怯むわけがない、噛み付いて離れない雪成の首に男は手を伸ばし首根っこを押さえた。
雪成がギリギリと締めあげられるのを純は間近で見ていた。
紫になっていく肌、口から零れ落ちる血の泡、濡れていくズボン、雪成の爪先が浮いていく。

『おひるごはんを食べたらこうえんであそぼうね』

あの時、広樹が一歩遅れていたら雪成は助からなかっただろう。
雪成一人を注視していた男は広樹に気づくのが遅かった。
子どもといえどあらぬ方向から体当たりされれば、ましてそこが不安定な砂の上ならば、広樹の全力の体当たりはいとも簡単に男を転がした。

「ユキちゃん!ユキちゃん!」

揺さぶっても声をかけても目を開けない雪成、純はただ呆然とそれを見つめていた。
雪成を助けにきた正義のヒーロー、可憐な雪成を抱きしめる広樹、純の幼心にそれはくっきりと焼き付いた。

「ジュンちゃん!だれかおとなの人よんできて!!早く!ユキちゃんが死んじゃう!!」

広樹の大声に純はよろよろと立ち上がり家に向かって走った。
純のズボンも濡れて太ももに張り付いて気持ち悪かったけれど一生懸命走った。

──ユキちゃん、ごめん。ぼくがわるかった。ユキちゃんはダメって言ってくれたのに、ぜんぶぜんぶぼくがわるかった。ゆるしてユキちゃん、こんどはぼくがまもるから。ぜったいぜったいにだれにもユキちゃんにさわらせないから。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

付き合って一年マンネリ化してたから振られたと思っていたがどうやら違うようなので猛烈に引き止めた話

雨宮里玖
BL
恋人の神尾が突然連絡を経って二週間。神尾のことが諦められない樋口は神尾との思い出のカフェに行く。そこで神尾と一緒にいた山本から「神尾はお前と別れたって言ってたぞ」と言われ——。 樋口(27)サラリーマン。 神尾裕二(27)サラリーマン。 佐上果穂(26)社長令嬢。会社幹部。 山本(27)樋口と神尾の大学時代の同級生。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

処理中です...