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高一 春
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友だちができるきっかけなんていうものは、学校の出席番号が前後だとか教室で座る席が前後だとか同じクラブに所属しているとか、あとは家が隣同士だとかそんな些細なものだ。
気が合えばそのまま親しくなるし、お互い合わなければ自然と距離が離れ友だちではなくただの知り合いになっていく。
ここで重要なのはお互いという点だ。
距離を置きたいと思っていても、相手がそう思わない場合はずるずるとその関係が続いてしまうこともままあるのだ。
「ユキちゃーーん!」
はぁ、と大きく息を吐いて小倉雪成は長めの前髪をかきあげた。
さらさらと真っ直ぐな髪はかきあげたそばから落ちてくる。
「ちょっと待ってー!!」
雪成は黒のカラーコンタクトで祖父譲りの薄水色を隠した。
明るいオレンジの髪色、つんと高い鼻に下唇はふっくらと自然な赤みがありくっきりした二重に濃く長い睫毛、極めつけは左目の目尻にある二つ並んだ黒子だ。
どこからどう見ても派手な顔は、最後の抵抗としてカラーコンタクトを入れてみても変わらないのかもしれない。
「おはよう、待たせてごめん」
「ユキちゃん、おはよう。まだ時間あるから大丈夫だよ」
「そんなことない、けっこうギリギリだぞ?」
「え、ほんと?」
ほら見ろ、と腕時計をみせたのは幼馴染の白井広樹で、それを覗き込むのは同じく幼馴染の越野純だ。
向かいの家に住む広樹、その隣に純が引っ越して来たのは五歳の頃、その時からの付き合いは今も継続中だ。
「ユキちゃん、急ご!」
手を取られて半ば走りながら駅まで向かう。
先に行っていいよ、小学校も中学校の時もそう言ったのに高校生になった今でも純は、そんなことできないと迎えにくる。
広樹はそんな純にいつもくっ付いてきて結局三人の関係は変わらないままだ。
「ユキちゃんはね、綺麗で可愛いオメガなんだから。世の中は危険でいっぱいなんだよ?だから、僕たちが守ってあげるからね。ね、ヒロ?」
それは純の口癖のようなものだった。
けれど純は気付いていない、本当に守られているのは純だということに。
アルファの広樹が守って慈しんでいるのは、オメガの自分ではなくベータの純だ。
電車で三駅の公立高校、生徒の大半がベータでそこに少ない割合ながらもアルファもオメガも在籍している。
もっと上を目指せた筈の広樹は、家から近いという理由で同じ高校に進学した。
最もそれが理由でないことを自分はよく知っている。
いつだって広樹の世界の中心は純だから。
「ユキちゃん、お昼食べよ?」
「うん」
教室の片隅、純とは同じクラスで出席番号で決められた席は前後でどこまでも離れられない。
ガタガタと机を寄せて向かい合わせに座ると、純ははにかむように笑った。
艶のある黒髪、一重に見える瞼は本当は奥二重で丸く低い鼻は目立たず、だけど素朴な笑顔は愛くるしいという表現がぴったりだ。
能面のような笑みを貼り付けた自分なんかよりも、よっぽど生気があって魅力的に思える。
弁当箱の中身は夕飯の残りのコロッケと筍の土佐煮、唯一の彩りといえば黄色の卵焼きだろうか、白飯にはごま塩と梅干しがひとつ。
いただきます、と手を合わせたところで声がかかった。
「なんだよ、先に食うなよ」
「そっちこそなんだよ、自分のクラスで食べなよ」
「いいじゃん、別に」
唐揚げを口に入れてぷくりと膨らんだ純の頬を広樹が突いて、二人は笑い合った。
その背後には背の高い広樹よりほんの少しだけ高い男がそれを見ている。
まだ高校生なのに仕上がったような体躯、目を引く顔立ちは彼もきっとアルファなんだろう。
「友だち連れて来たんだ。一緒に食べようぜ」
空いていた椅子を勝手に引きずる広樹、アルファのいないクラスで背の高いアルファ然とした二人は注目の的だ。
嫌だなぁ、と思う。
思うだけで何も言えないし、出来やしないけれど。
「同じクラスの遠藤晃」
「よろしくね」
こぼした歯は白く右の頬だけに笑窪ができた。
それは体躯に見合わずなんだか幼く見えて、そのギャップに惹かれる人も多そうで、それはそう見られることをわかっているというような笑顔だった。
自分の魅せ方を知っている男、苦手なタイプだなと雪成は小さく会釈するに留めた。
「可愛い系と綺麗系か。いいじゃん」
可愛いのところで純を指差し、綺麗のところで雪成を指した晃はニヤリと笑う。
「…は?何言ってんの!?」
ぷるぷると小さく震えながら、紅潮した頬はそのままに純は立ち上がった。
ガタンと椅子が倒れ教室中の視線が純に集まる。
「僕が可愛いわけないだろ!可愛いのも綺麗なのも全部!ぜーんぶユキちゃんのものなんだから!!ね!?ユキちゃん」
「…そうだね」
──うわ、自分で言っちゃってる
──確かに顔は綺麗だけど、ねえ?
──ああいうのが高慢っていうやつ?
──ないわー、顔が良くてもアレはない
──なんかさ、お人形さんみたいだよね
──何考えてるかわかんなくて気持ち悪い
ざわざわひそひそとあちらこちらで交わされる小さな言葉、チクチクと胸が痛む。
けれど、ここで反論しても謙遜しても純が折れないことをよく知っている。
そんなことをすれば雪成がいかに素晴らしいかということを延々と語るのだ。
そしてそれを否定すれば雪成は悪者になってしまう、こんなに友だち思いの純を否定するのかと。
純の雪成への思いはいっそ盲目的で、崇拝じみたそれを真っ向から否定することをとっくに放棄していた。
喉元をこみ上げる溜息を飲み込むために雪成は白飯を口に放りこむ。
「真っ赤になっちゃってかわいーね」
「な、なな何言ってんの?可愛くないから!」
「アキラ、揶揄うのはやめろ」
はいはい、と返事をした晃だったがそれでもニヤニヤと笑う表情は変わらずそれにまた純が反応して頬を膨らませた。
よしよしと頭を撫でながら甘やかな笑みを見せる広樹に、ようやっと純の表情も緩む。
「ユキちゃん、またバスケ部のマネージャー一緒にやろうね」
「…いや、バイトしようと思ってて」
「なんで!?ヒロだってユキちゃんが応援してくれたら嬉しいよ!?だって、二人は運命なんだから!!」
水を打ったように静まり返る教室、好奇の視線がいくつも突き刺さる。
「ジュン、俺とユキはそんなんじゃないよ」
「そんなことない!だって誕生日だって一日違いだし、家だってお向かいだし、ヒロはアルファでユキはオメガで…」
「へぇー、そら運命的だな」
な?と大きな焼きそばパンを頬ばりながら晃は言う。
酷薄そうな薄い唇が片方だけ上がって、それを見ながら雪成は小さく首を振った。
気が合えばそのまま親しくなるし、お互い合わなければ自然と距離が離れ友だちではなくただの知り合いになっていく。
ここで重要なのはお互いという点だ。
距離を置きたいと思っていても、相手がそう思わない場合はずるずるとその関係が続いてしまうこともままあるのだ。
「ユキちゃーーん!」
はぁ、と大きく息を吐いて小倉雪成は長めの前髪をかきあげた。
さらさらと真っ直ぐな髪はかきあげたそばから落ちてくる。
「ちょっと待ってー!!」
雪成は黒のカラーコンタクトで祖父譲りの薄水色を隠した。
明るいオレンジの髪色、つんと高い鼻に下唇はふっくらと自然な赤みがありくっきりした二重に濃く長い睫毛、極めつけは左目の目尻にある二つ並んだ黒子だ。
どこからどう見ても派手な顔は、最後の抵抗としてカラーコンタクトを入れてみても変わらないのかもしれない。
「おはよう、待たせてごめん」
「ユキちゃん、おはよう。まだ時間あるから大丈夫だよ」
「そんなことない、けっこうギリギリだぞ?」
「え、ほんと?」
ほら見ろ、と腕時計をみせたのは幼馴染の白井広樹で、それを覗き込むのは同じく幼馴染の越野純だ。
向かいの家に住む広樹、その隣に純が引っ越して来たのは五歳の頃、その時からの付き合いは今も継続中だ。
「ユキちゃん、急ご!」
手を取られて半ば走りながら駅まで向かう。
先に行っていいよ、小学校も中学校の時もそう言ったのに高校生になった今でも純は、そんなことできないと迎えにくる。
広樹はそんな純にいつもくっ付いてきて結局三人の関係は変わらないままだ。
「ユキちゃんはね、綺麗で可愛いオメガなんだから。世の中は危険でいっぱいなんだよ?だから、僕たちが守ってあげるからね。ね、ヒロ?」
それは純の口癖のようなものだった。
けれど純は気付いていない、本当に守られているのは純だということに。
アルファの広樹が守って慈しんでいるのは、オメガの自分ではなくベータの純だ。
電車で三駅の公立高校、生徒の大半がベータでそこに少ない割合ながらもアルファもオメガも在籍している。
もっと上を目指せた筈の広樹は、家から近いという理由で同じ高校に進学した。
最もそれが理由でないことを自分はよく知っている。
いつだって広樹の世界の中心は純だから。
「ユキちゃん、お昼食べよ?」
「うん」
教室の片隅、純とは同じクラスで出席番号で決められた席は前後でどこまでも離れられない。
ガタガタと机を寄せて向かい合わせに座ると、純ははにかむように笑った。
艶のある黒髪、一重に見える瞼は本当は奥二重で丸く低い鼻は目立たず、だけど素朴な笑顔は愛くるしいという表現がぴったりだ。
能面のような笑みを貼り付けた自分なんかよりも、よっぽど生気があって魅力的に思える。
弁当箱の中身は夕飯の残りのコロッケと筍の土佐煮、唯一の彩りといえば黄色の卵焼きだろうか、白飯にはごま塩と梅干しがひとつ。
いただきます、と手を合わせたところで声がかかった。
「なんだよ、先に食うなよ」
「そっちこそなんだよ、自分のクラスで食べなよ」
「いいじゃん、別に」
唐揚げを口に入れてぷくりと膨らんだ純の頬を広樹が突いて、二人は笑い合った。
その背後には背の高い広樹よりほんの少しだけ高い男がそれを見ている。
まだ高校生なのに仕上がったような体躯、目を引く顔立ちは彼もきっとアルファなんだろう。
「友だち連れて来たんだ。一緒に食べようぜ」
空いていた椅子を勝手に引きずる広樹、アルファのいないクラスで背の高いアルファ然とした二人は注目の的だ。
嫌だなぁ、と思う。
思うだけで何も言えないし、出来やしないけれど。
「同じクラスの遠藤晃」
「よろしくね」
こぼした歯は白く右の頬だけに笑窪ができた。
それは体躯に見合わずなんだか幼く見えて、そのギャップに惹かれる人も多そうで、それはそう見られることをわかっているというような笑顔だった。
自分の魅せ方を知っている男、苦手なタイプだなと雪成は小さく会釈するに留めた。
「可愛い系と綺麗系か。いいじゃん」
可愛いのところで純を指差し、綺麗のところで雪成を指した晃はニヤリと笑う。
「…は?何言ってんの!?」
ぷるぷると小さく震えながら、紅潮した頬はそのままに純は立ち上がった。
ガタンと椅子が倒れ教室中の視線が純に集まる。
「僕が可愛いわけないだろ!可愛いのも綺麗なのも全部!ぜーんぶユキちゃんのものなんだから!!ね!?ユキちゃん」
「…そうだね」
──うわ、自分で言っちゃってる
──確かに顔は綺麗だけど、ねえ?
──ああいうのが高慢っていうやつ?
──ないわー、顔が良くてもアレはない
──なんかさ、お人形さんみたいだよね
──何考えてるかわかんなくて気持ち悪い
ざわざわひそひそとあちらこちらで交わされる小さな言葉、チクチクと胸が痛む。
けれど、ここで反論しても謙遜しても純が折れないことをよく知っている。
そんなことをすれば雪成がいかに素晴らしいかということを延々と語るのだ。
そしてそれを否定すれば雪成は悪者になってしまう、こんなに友だち思いの純を否定するのかと。
純の雪成への思いはいっそ盲目的で、崇拝じみたそれを真っ向から否定することをとっくに放棄していた。
喉元をこみ上げる溜息を飲み込むために雪成は白飯を口に放りこむ。
「真っ赤になっちゃってかわいーね」
「な、なな何言ってんの?可愛くないから!」
「アキラ、揶揄うのはやめろ」
はいはい、と返事をした晃だったがそれでもニヤニヤと笑う表情は変わらずそれにまた純が反応して頬を膨らませた。
よしよしと頭を撫でながら甘やかな笑みを見せる広樹に、ようやっと純の表情も緩む。
「ユキちゃん、またバスケ部のマネージャー一緒にやろうね」
「…いや、バイトしようと思ってて」
「なんで!?ヒロだってユキちゃんが応援してくれたら嬉しいよ!?だって、二人は運命なんだから!!」
水を打ったように静まり返る教室、好奇の視線がいくつも突き刺さる。
「ジュン、俺とユキはそんなんじゃないよ」
「そんなことない!だって誕生日だって一日違いだし、家だってお向かいだし、ヒロはアルファでユキはオメガで…」
「へぇー、そら運命的だな」
な?と大きな焼きそばパンを頬ばりながら晃は言う。
酷薄そうな薄い唇が片方だけ上がって、それを見ながら雪成は小さく首を振った。
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