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夢見の末路
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石壁に囲まれた部屋、そこにある硬いベッドの上でミュウは天井を見上げていた。壁と同じような石の天井、ミュウはここで夢を見ることを決めた。
「ミュウ、本当にここで…」
「うん、ここで」
ここが相応しいような気がする。あのローザの鱗がなければ、自分などとうに斬り捨てられていたかもしれない。癒しの力の誕生を阻止した者として。
手にはフィルの温もりがある、大丈夫きっとやれる。ミュウはそう思いながら目を閉じた。
前世でまたは今世で、泥団子を作って遊んだことがある。泥を丸めて固めて乾かして磨いてピカピカの泥団子を作った。元は泥とは思えないそれ、けれどどんなにピカピカでも中身は泥だ。だからそのピカピカだけを覚えている。中身は泥だなんて思いたくはないから。
だけど、きっとそれを知っているということが大事なんだと今ならそう思える。いつだって優しい笑みを浮かべていたジーマだって、自分に生える尾を受け入れることは相当に難しかっただろう。
ケイレブだって今は偉そうな顔をしているが、あるかなきかの秘薬の元を探すのに迷いが無かったわけがない。自分の研究が有益なのか無益なのか戸惑うこともあったろう。結局は神から与えられたような癒しの力に縋るしかなかった絶望感は想像もできない。それでも乗り越えた、己の矜恃よりも救いたい人のために。それはきっと…。
人は迷う、あっちへこっちへ前を向いたり後ろを向いたり、一歩踏み出したその先の二歩目が出なかったり今日決めたことを明日には反故にしたりする。それでも朝日は昇る、信念なんて無くてもいい。いくら表面をピカピカに取り繕ったとしても中身はどろどろとした思念の渦だ。
今できること、したいことを一生懸命やる覚悟さえあれば、あとはもうなんでもいいのかもしれない。この手の温もりをよすがにミュウはピカリと光る場所へと吸い込まれていった。
見渡す限りの景色が灰色、雪のようにチラチラと舞うそれも灰色だ。見上げた空は薄曇りで白く仄かに光る丸いものが見えた。
「あれ太陽なんかな」
ぴゅうと吹いた突風がミュウの独り言をさらっていく。一歩踏み出すとサクリと音がした。足を上げてみると足跡がくっきりと残っている。
「こんなこと今まであったかな?」
不思議に思いながらミュウはサクサクと小さな音を立てて歩き出した。どこまで歩いても灰色だ、とりあえずの目印に太陽に向かって歩いた。チラチラと舞っていた灰色も降り止んで、振り向けば足跡がずっと向こうまで続いている。
「大丈夫、ちゃんと進んでる」
ケイレブが言っていた滅亡しかけている大地はここで合ってるのかな、不安に思いながらもまっすぐ歩いていくと壁にぶち当たった。
「えぇ~、ここまで来てこれ?」
げんなりして見上げると緩やかな傾斜を描いていた。途切れた先に空が見える。壁だと思ったそれは山のようで、登るしかないかとミュウは一歩踏み出した。
夢の中のミュウは当然だが疲れ知らずだ。いくら歩いても足が痛くはならないし、たとえ走ったとしても息はあがらない。だけど気持ちは違う、しんどいなぁとか思ってしまうのだ。現に今も登っても登っても終わりの見えないような山に苦戦中だ。空は既に暗くなり、あったはずの太陽はすっかり見えなくなった。代わりに月でもと思ったが、月らしきものは見えない。
「暗いし、風はびゅうびゅう吹いてくるしほんま最悪や」
よいしょと斜面に腰掛けて、ずるりと滑って慌てた。危なかった、これまでの努力を無駄にするところだった。
「だいたいなぁ、ここかて双葉がある場所かどうか合うてるかわからんねん。せやけど、僕はな?頑張って歩いとる、偉いやろ?ほっといたってよかったって?フィルと逃げたらよかったやんって?せやけどなぁ、それしたら僕は僕のこと嫌いになってまう。嫌いな僕を誰が好きになってくれる?ちゃうやん?それに、そんな物語を誰が読みたい?主人公が『ほなさいなら』て逃げる話なんかおもろないやん?え?主人公はフィルやろって?」
静かだ、風の音しかしない。虫の音も葉擦れの音もしない。だから、ミュウは声に出す。誰に届かなくとも大きな声で話す、じゃないとこんなところ頭がおかしくなってしまう。どこ見ても灰色、灰色、灰色、灰色!!
「僕は僕の物語の主人公やからな!」
よっしゃと立ち上がりパンパンとお尻をはたいて、ザックザックと力強くミュウは踏みしめるように歩き出した。
歩いて歩いて頂上に辿り着いたそこは一面の灰色の荒野だった。どこまでも真っ直ぐな地平線が見える。振り返ると登ってきた足跡がちゃんと下まで続いている。
「山やなくて窪みやったってことか。いや、そんでもでっかい窪みやなぁ」
窪みの全容はわからない、それほど大きいということだ。このまま進んでも良いものか、それとも目覚めた方がいいのか、うむむとミュウは頭を悩ませ…
「ま、起きる方法なんか知らんのやけどな」
あはは、と笑いまた歩き出した。空元気でもなんでもいい、なにかを振り絞って行くしかない。
ずんずんと全く変わらない景色の中を歩いていると、目の前の地平線から大きな白い丸がゆっくりと昇っていった。
「…太陽か」
薄曇りのせいでちっとも眩しくは無い、それでも夜が明けたと思えばミュウは嬉しくなって駆け出した。
駆けて駆けて、すっかり昇った朝日の中に人影を見た。いや、よく見ると違う。
「…獣?」
ぺたりと横になって丸くなっている。風にそよそよと青と白が混じった毛が流れて、耳がピクリと動いた。閉じた目が片目だけ開く。
「あ…」
胡桃色の瞳だった。それが値踏みするようにミュウを見つめる。
「見えるん?」
それはペロリと鼻先を舐めて立ち上がった。まるで人間のように二本足で。
その足元で小さな艶々の緑が芽吹いていた。
※年末年始、更新が少し滞るかもしれませんができるだけ頑張ります。すみません。
「ミュウ、本当にここで…」
「うん、ここで」
ここが相応しいような気がする。あのローザの鱗がなければ、自分などとうに斬り捨てられていたかもしれない。癒しの力の誕生を阻止した者として。
手にはフィルの温もりがある、大丈夫きっとやれる。ミュウはそう思いながら目を閉じた。
前世でまたは今世で、泥団子を作って遊んだことがある。泥を丸めて固めて乾かして磨いてピカピカの泥団子を作った。元は泥とは思えないそれ、けれどどんなにピカピカでも中身は泥だ。だからそのピカピカだけを覚えている。中身は泥だなんて思いたくはないから。
だけど、きっとそれを知っているということが大事なんだと今ならそう思える。いつだって優しい笑みを浮かべていたジーマだって、自分に生える尾を受け入れることは相当に難しかっただろう。
ケイレブだって今は偉そうな顔をしているが、あるかなきかの秘薬の元を探すのに迷いが無かったわけがない。自分の研究が有益なのか無益なのか戸惑うこともあったろう。結局は神から与えられたような癒しの力に縋るしかなかった絶望感は想像もできない。それでも乗り越えた、己の矜恃よりも救いたい人のために。それはきっと…。
人は迷う、あっちへこっちへ前を向いたり後ろを向いたり、一歩踏み出したその先の二歩目が出なかったり今日決めたことを明日には反故にしたりする。それでも朝日は昇る、信念なんて無くてもいい。いくら表面をピカピカに取り繕ったとしても中身はどろどろとした思念の渦だ。
今できること、したいことを一生懸命やる覚悟さえあれば、あとはもうなんでもいいのかもしれない。この手の温もりをよすがにミュウはピカリと光る場所へと吸い込まれていった。
見渡す限りの景色が灰色、雪のようにチラチラと舞うそれも灰色だ。見上げた空は薄曇りで白く仄かに光る丸いものが見えた。
「あれ太陽なんかな」
ぴゅうと吹いた突風がミュウの独り言をさらっていく。一歩踏み出すとサクリと音がした。足を上げてみると足跡がくっきりと残っている。
「こんなこと今まであったかな?」
不思議に思いながらミュウはサクサクと小さな音を立てて歩き出した。どこまで歩いても灰色だ、とりあえずの目印に太陽に向かって歩いた。チラチラと舞っていた灰色も降り止んで、振り向けば足跡がずっと向こうまで続いている。
「大丈夫、ちゃんと進んでる」
ケイレブが言っていた滅亡しかけている大地はここで合ってるのかな、不安に思いながらもまっすぐ歩いていくと壁にぶち当たった。
「えぇ~、ここまで来てこれ?」
げんなりして見上げると緩やかな傾斜を描いていた。途切れた先に空が見える。壁だと思ったそれは山のようで、登るしかないかとミュウは一歩踏み出した。
夢の中のミュウは当然だが疲れ知らずだ。いくら歩いても足が痛くはならないし、たとえ走ったとしても息はあがらない。だけど気持ちは違う、しんどいなぁとか思ってしまうのだ。現に今も登っても登っても終わりの見えないような山に苦戦中だ。空は既に暗くなり、あったはずの太陽はすっかり見えなくなった。代わりに月でもと思ったが、月らしきものは見えない。
「暗いし、風はびゅうびゅう吹いてくるしほんま最悪や」
よいしょと斜面に腰掛けて、ずるりと滑って慌てた。危なかった、これまでの努力を無駄にするところだった。
「だいたいなぁ、ここかて双葉がある場所かどうか合うてるかわからんねん。せやけど、僕はな?頑張って歩いとる、偉いやろ?ほっといたってよかったって?フィルと逃げたらよかったやんって?せやけどなぁ、それしたら僕は僕のこと嫌いになってまう。嫌いな僕を誰が好きになってくれる?ちゃうやん?それに、そんな物語を誰が読みたい?主人公が『ほなさいなら』て逃げる話なんかおもろないやん?え?主人公はフィルやろって?」
静かだ、風の音しかしない。虫の音も葉擦れの音もしない。だから、ミュウは声に出す。誰に届かなくとも大きな声で話す、じゃないとこんなところ頭がおかしくなってしまう。どこ見ても灰色、灰色、灰色、灰色!!
「僕は僕の物語の主人公やからな!」
よっしゃと立ち上がりパンパンとお尻をはたいて、ザックザックと力強くミュウは踏みしめるように歩き出した。
歩いて歩いて頂上に辿り着いたそこは一面の灰色の荒野だった。どこまでも真っ直ぐな地平線が見える。振り返ると登ってきた足跡がちゃんと下まで続いている。
「山やなくて窪みやったってことか。いや、そんでもでっかい窪みやなぁ」
窪みの全容はわからない、それほど大きいということだ。このまま進んでも良いものか、それとも目覚めた方がいいのか、うむむとミュウは頭を悩ませ…
「ま、起きる方法なんか知らんのやけどな」
あはは、と笑いまた歩き出した。空元気でもなんでもいい、なにかを振り絞って行くしかない。
ずんずんと全く変わらない景色の中を歩いていると、目の前の地平線から大きな白い丸がゆっくりと昇っていった。
「…太陽か」
薄曇りのせいでちっとも眩しくは無い、それでも夜が明けたと思えばミュウは嬉しくなって駆け出した。
駆けて駆けて、すっかり昇った朝日の中に人影を見た。いや、よく見ると違う。
「…獣?」
ぺたりと横になって丸くなっている。風にそよそよと青と白が混じった毛が流れて、耳がピクリと動いた。閉じた目が片目だけ開く。
「あ…」
胡桃色の瞳だった。それが値踏みするようにミュウを見つめる。
「見えるん?」
それはペロリと鼻先を舐めて立ち上がった。まるで人間のように二本足で。
その足元で小さな艶々の緑が芽吹いていた。
※年末年始、更新が少し滞るかもしれませんができるだけ頑張ります。すみません。
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