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夢見の末路
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肩を震わせ、押し殺した声で泣くオーウェン。嗚咽が漏れる度に、哀れだなとミュウはそれを見守った。ローザの名に反応したからにはここにいるのはローガンなのだと思う。
ただそれがそっくりそのままローガンの魂なのか、それともミュウのようにローガンとしての前世の記憶があるのか。どちらなんだろう。
「…ローザ、ローザは、今どこにいる?」
絞れ出すような嗄れた呟き、思わず聞き逃してしまうほどの微かな声。
ローザはいない、とうの昔に死んでしまった。冷たい石の壁に囲まれて、薄汚れすえた臭いを放ちながらひとりぼっちで静かに事切れた。
ローザは最期『来た』と言った。両親が迎えにきたのか、それとも死の精霊が迎えにきたのか。見開いた目に最後に映ったのはなんだったのだろう。
「…知らない」
嘘じゃない。ローザの最期を知っていても、どこにいるのかは知らない。あると言われている天上にある楽園で幸せに暮らしているかもしれないし、生まれ変わってどこかの地で暮らしているかもしれない。
「そんなわけないだろう!」
胸倉を掴まれグラグラと揺らされても、頬に涙が落ちてきても知らないものは知らない。
「おやめ下さい!オーウェン殿下!」
「…ジーマ」
ジーマのような人間にとってオーウェンは雲上人にも等しいだろう、自分から声をかけることはおろか触れることさえできない。そのジーマがオーウェンの腰に縋り付き、ミュウから引き離そうとしてくれている。
「ジュリアン殿下をお助けすると約束したではありませんか!」
「─…そう、そうだ…私は弟を…すまない、許してくれ」
軽く頭を振ったオーウェン、ゆらゆらふらふら力が抜けた所をジーマが支えて部屋を出ていく。ぺこりと小さく頭を下げるジーマにミュウは小さく首を振る、大丈夫だよと。
カチャという小さな音は鍵がかけられる音だ。石の壁は音という音を吸いこんで、後に残ったのはミュウの息づかいだけ。
「…なんか、変やったな」
出会った頃から居丈高だったオーウェン、さっき「すまない」と謝ったオーウェンはひどく弱々しかった。ころりと横になったベッドはやっぱり硬くて、目に入る石壁を見たくなくてミュウは目を閉じた。
──あぁ、この感覚は久しぶりだ。ぐいぐいと底に引っ張られるような感覚、ピカリと光るその先に吸い寄せられる。
トンと足をついて目を開くとそこは本だらけの部屋だった。書庫とでも言えばいいのか、右を見ても左を見ても本棚に整然と本が並んでいた。ミュウの背よりも高い本棚、梯子が左右で二台立てかけられている。
「…どこや」
ミュウはその本棚の中をまっすぐに歩いた。歩きながら背表紙を見てみるが知った本など一冊もない。
ぽそぽそと話し声が聞こえてきた。少なくとも二人はいる。どうせ見えないし、とミュウは声のする方へとずんずんと進んだ。
「…兄様、僕はやっぱりこんなことは…」
「ジュリアン、お前を助ける為だ」
「っでも!その為に犠牲になる者たちがいます」
「私はね、お前に幸せになってほしい。憂いなく笑ってほしいんだよ」
話しているのはジュリアンとオーウェン、なにやら揉めているように見える。ジュリアンの目は赤く腫れぼったい、ずっと泣いていたんだろう。その目がまた潤み始めた。
「過去にお前のような者たちがどうなったか、私はずっと歴史を研究してきてそれを知っている。厄災、疫病、天変地異、打つ手がない時に人々はその捌け口を求める。その捌け口になるのが、人知の及ばない者だ」
だからね、とオーウェンは優しい手つきでジュリアンの頭を撫でた。
「お前が見たという黄金の光が必要なんだ。それは尊い癒しの力を持つ、とケイレブが言っていた。それがあればお前が思う以上に救える人々がいる。それはとっても素晴らしいことだろう?今は悪かもしれない、けれどこの先の未来はきっともっと良きものになっているだろう」
「…でも」
「ジュリアン、異端の者をあの王家が受け入れるわけがない。今なら彼の胸に美しいお前だけが残るんだ」
ケイレブが言っていた遠見とはジュリアンのことだったのか。
歴史の研究、その口ぶりはとりわけ先祖返りの者たちの行く末をオーウェンは追っていたように感じた。それは、どこかにあるかもしれないローザの痕跡を探していたのかもしれない。
ジュリアンの目から涙がはらはらと流れる落ちるのを、ミュウはじっと見ていた。
ただそれがそっくりそのままローガンの魂なのか、それともミュウのようにローガンとしての前世の記憶があるのか。どちらなんだろう。
「…ローザ、ローザは、今どこにいる?」
絞れ出すような嗄れた呟き、思わず聞き逃してしまうほどの微かな声。
ローザはいない、とうの昔に死んでしまった。冷たい石の壁に囲まれて、薄汚れすえた臭いを放ちながらひとりぼっちで静かに事切れた。
ローザは最期『来た』と言った。両親が迎えにきたのか、それとも死の精霊が迎えにきたのか。見開いた目に最後に映ったのはなんだったのだろう。
「…知らない」
嘘じゃない。ローザの最期を知っていても、どこにいるのかは知らない。あると言われている天上にある楽園で幸せに暮らしているかもしれないし、生まれ変わってどこかの地で暮らしているかもしれない。
「そんなわけないだろう!」
胸倉を掴まれグラグラと揺らされても、頬に涙が落ちてきても知らないものは知らない。
「おやめ下さい!オーウェン殿下!」
「…ジーマ」
ジーマのような人間にとってオーウェンは雲上人にも等しいだろう、自分から声をかけることはおろか触れることさえできない。そのジーマがオーウェンの腰に縋り付き、ミュウから引き離そうとしてくれている。
「ジュリアン殿下をお助けすると約束したではありませんか!」
「─…そう、そうだ…私は弟を…すまない、許してくれ」
軽く頭を振ったオーウェン、ゆらゆらふらふら力が抜けた所をジーマが支えて部屋を出ていく。ぺこりと小さく頭を下げるジーマにミュウは小さく首を振る、大丈夫だよと。
カチャという小さな音は鍵がかけられる音だ。石の壁は音という音を吸いこんで、後に残ったのはミュウの息づかいだけ。
「…なんか、変やったな」
出会った頃から居丈高だったオーウェン、さっき「すまない」と謝ったオーウェンはひどく弱々しかった。ころりと横になったベッドはやっぱり硬くて、目に入る石壁を見たくなくてミュウは目を閉じた。
──あぁ、この感覚は久しぶりだ。ぐいぐいと底に引っ張られるような感覚、ピカリと光るその先に吸い寄せられる。
トンと足をついて目を開くとそこは本だらけの部屋だった。書庫とでも言えばいいのか、右を見ても左を見ても本棚に整然と本が並んでいた。ミュウの背よりも高い本棚、梯子が左右で二台立てかけられている。
「…どこや」
ミュウはその本棚の中をまっすぐに歩いた。歩きながら背表紙を見てみるが知った本など一冊もない。
ぽそぽそと話し声が聞こえてきた。少なくとも二人はいる。どうせ見えないし、とミュウは声のする方へとずんずんと進んだ。
「…兄様、僕はやっぱりこんなことは…」
「ジュリアン、お前を助ける為だ」
「っでも!その為に犠牲になる者たちがいます」
「私はね、お前に幸せになってほしい。憂いなく笑ってほしいんだよ」
話しているのはジュリアンとオーウェン、なにやら揉めているように見える。ジュリアンの目は赤く腫れぼったい、ずっと泣いていたんだろう。その目がまた潤み始めた。
「過去にお前のような者たちがどうなったか、私はずっと歴史を研究してきてそれを知っている。厄災、疫病、天変地異、打つ手がない時に人々はその捌け口を求める。その捌け口になるのが、人知の及ばない者だ」
だからね、とオーウェンは優しい手つきでジュリアンの頭を撫でた。
「お前が見たという黄金の光が必要なんだ。それは尊い癒しの力を持つ、とケイレブが言っていた。それがあればお前が思う以上に救える人々がいる。それはとっても素晴らしいことだろう?今は悪かもしれない、けれどこの先の未来はきっともっと良きものになっているだろう」
「…でも」
「ジュリアン、異端の者をあの王家が受け入れるわけがない。今なら彼の胸に美しいお前だけが残るんだ」
ケイレブが言っていた遠見とはジュリアンのことだったのか。
歴史の研究、その口ぶりはとりわけ先祖返りの者たちの行く末をオーウェンは追っていたように感じた。それは、どこかにあるかもしれないローザの痕跡を探していたのかもしれない。
ジュリアンの目から涙がはらはらと流れる落ちるのを、ミュウはじっと見ていた。
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