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夢見の末路
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ジーマはミュウの手を撫でさすりながら、また話しだした。
「あの方、ミューロイヒ様を害そうとなさったでしょう?」
「…怖かった」
「えぇ、ええ、そうでしょうとも。わたくしは扉の隙間から見ておりました。なんてことをなさるのだ、と」
「うん」
「あの時、ケイレブ様は随分気が立ってしまった、やり過ぎた、とほんの少し悔いておられました」
「少し?」
死ぬかと思う目にあったのにほんの少しだと!?ムッとするミュウに、ええ、少しだけとジーマは目を伏せた。申しわけありません、と謝罪の言葉はジーマから聞きたいわけではない。
「道が潰えた、と思ったそうでございます。ケイレブ様はずっとずっと研究しておられました。不幸な方たちの憂いを祓えるようにと…特別な薬があるそうですが、材料が集まらないと。いよいよ、癒しの力に頼るしかないかとそんな時だったのでございます」
「…ごめん」
「けれど、ミューロイヒ様のお持ちになった鱗…あれでまた希望が見えた、そう仰られて…」
「あれが?」
「えぇ、薬になるのだそうでございます」
オオルリウオの粘液、アワサクラ草の最初の一輪に含まれる雫、古代樹の双葉、千年生きた蛇の鱗、水底にて光る水草。
だって、だってそれはローガンだって馬鹿馬鹿しいって…。思い返したミュウはあっと気づいた。ローガンは一体、何歳まで生きていたんだろう。ミュウが見たローガンはその人生のただの一端でしかない。あれがきっかけで、あの後もずっとずっと研究を続けていたら?あの馬鹿馬鹿しい薬が本当は馬鹿馬鹿しくなくって真実の薬だとしたら…。ふるりとミュウは震え、目の前のジーマの手に思わず取りすがったのだった。
「ジーマ、その薬って…」
「ローガン・プレストン様という古い時代の自然薬学を研究しておられた方らしいのですがご存知ですか?薬学の道では異端だと伝わっております」
あぁ、やっぱり…ローガンはローザを諦めてはいなかったのだ。
時は少し巻き戻る。
ミュウと別れたヒューゴはまるで隠密のように気配を消しながら、大尉達が逗留する離宮へと急いでいた。
──なんだあれは…!怪我ばかりか足枷まで…!
ふつふつと込み上げる怒りをなんとか鎮めようとするもなかなか上手くいかない。大体、姫さまも姫さまだ、あんな仕打ちを受けておいて逃げられないだなんて!
そんなことを考えながら進んでいたものだから、ヒューゴはすっかり見覚えのない場所に来てしまっていた。
「…どこだ、ここ」
辺り一面に白い花が咲いている。むせかえるような甘い花の匂い。うちの国にはない花のようだな、と独りごちたヒューゴの目に入ったのは真っ白な宮だ。
そこから話し声が聞こえてくる。ヒューゴは花に埋もれながらそっと耳を澄ませた。
「……ジュリアン殿下、まだ策はあるとケイレブが申しておりました」
「だったら!だったら、最初からそっちで良かったじゃないか!」
「今回のことがあって、新たに生まれた策でございます。あの時点では癒しの力に縋るしか無かったのです」
「…アトレーに会いたい、会いたいよぅ…」
「なりません」
しゃくりあげるような声、本来ならもっともっと甘く鈴が転がるような声音なんだろう。それが掠れザラザラと砂を含んだような声になっている。それはきっと涙にくれる日々を送ってきたのだとヒューゴはそう想像した。
──あっちもこっちも訳わかんねぇな。なんなんだよ、もう…!
ヒューゴは髪を掻きむしり、静かに花畑を後にした。
この二つの出来事は報告すべきことだと思う。思うが、その後のアトレー殿下と大尉を思うとヒューゴは身が竦む思いだった。自分は果たしてその時、上手く逃げ遂せるだろうか。あの威嚇も蒼い炎も鎮めることができるのはきっと、ヒューゴは花畑の向こうの宮を振り返った。
「あの方、ミューロイヒ様を害そうとなさったでしょう?」
「…怖かった」
「えぇ、ええ、そうでしょうとも。わたくしは扉の隙間から見ておりました。なんてことをなさるのだ、と」
「うん」
「あの時、ケイレブ様は随分気が立ってしまった、やり過ぎた、とほんの少し悔いておられました」
「少し?」
死ぬかと思う目にあったのにほんの少しだと!?ムッとするミュウに、ええ、少しだけとジーマは目を伏せた。申しわけありません、と謝罪の言葉はジーマから聞きたいわけではない。
「道が潰えた、と思ったそうでございます。ケイレブ様はずっとずっと研究しておられました。不幸な方たちの憂いを祓えるようにと…特別な薬があるそうですが、材料が集まらないと。いよいよ、癒しの力に頼るしかないかとそんな時だったのでございます」
「…ごめん」
「けれど、ミューロイヒ様のお持ちになった鱗…あれでまた希望が見えた、そう仰られて…」
「あれが?」
「えぇ、薬になるのだそうでございます」
オオルリウオの粘液、アワサクラ草の最初の一輪に含まれる雫、古代樹の双葉、千年生きた蛇の鱗、水底にて光る水草。
だって、だってそれはローガンだって馬鹿馬鹿しいって…。思い返したミュウはあっと気づいた。ローガンは一体、何歳まで生きていたんだろう。ミュウが見たローガンはその人生のただの一端でしかない。あれがきっかけで、あの後もずっとずっと研究を続けていたら?あの馬鹿馬鹿しい薬が本当は馬鹿馬鹿しくなくって真実の薬だとしたら…。ふるりとミュウは震え、目の前のジーマの手に思わず取りすがったのだった。
「ジーマ、その薬って…」
「ローガン・プレストン様という古い時代の自然薬学を研究しておられた方らしいのですがご存知ですか?薬学の道では異端だと伝わっております」
あぁ、やっぱり…ローガンはローザを諦めてはいなかったのだ。
時は少し巻き戻る。
ミュウと別れたヒューゴはまるで隠密のように気配を消しながら、大尉達が逗留する離宮へと急いでいた。
──なんだあれは…!怪我ばかりか足枷まで…!
ふつふつと込み上げる怒りをなんとか鎮めようとするもなかなか上手くいかない。大体、姫さまも姫さまだ、あんな仕打ちを受けておいて逃げられないだなんて!
そんなことを考えながら進んでいたものだから、ヒューゴはすっかり見覚えのない場所に来てしまっていた。
「…どこだ、ここ」
辺り一面に白い花が咲いている。むせかえるような甘い花の匂い。うちの国にはない花のようだな、と独りごちたヒューゴの目に入ったのは真っ白な宮だ。
そこから話し声が聞こえてくる。ヒューゴは花に埋もれながらそっと耳を澄ませた。
「……ジュリアン殿下、まだ策はあるとケイレブが申しておりました」
「だったら!だったら、最初からそっちで良かったじゃないか!」
「今回のことがあって、新たに生まれた策でございます。あの時点では癒しの力に縋るしか無かったのです」
「…アトレーに会いたい、会いたいよぅ…」
「なりません」
しゃくりあげるような声、本来ならもっともっと甘く鈴が転がるような声音なんだろう。それが掠れザラザラと砂を含んだような声になっている。それはきっと涙にくれる日々を送ってきたのだとヒューゴはそう想像した。
──あっちもこっちも訳わかんねぇな。なんなんだよ、もう…!
ヒューゴは髪を掻きむしり、静かに花畑を後にした。
この二つの出来事は報告すべきことだと思う。思うが、その後のアトレー殿下と大尉を思うとヒューゴは身が竦む思いだった。自分は果たしてその時、上手く逃げ遂せるだろうか。あの威嚇も蒼い炎も鎮めることができるのはきっと、ヒューゴは花畑の向こうの宮を振り返った。
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