42 / 58
夢見の末路
4
しおりを挟む
侍女はジーマと名乗った。古代の言葉で″みそっかす″という意味らしい。酷い名だと思う。彼女の両親はどんな思いで彼女にそんな名を贈ったのだろう。
「わたくしはとある子爵家の五女だったのです」
「だった?」
「えぇ、わたくしには尾があるのです」
「……へ?」
場所はベッドの上、小さなテーブルを置いてもらいその上にはミュウの昼食が乗っている。クラッカーとスープ、青菜で薄切りの肉をくるくると巻いたもの。そのクラッカーがミュウの手からぽとりとスープに落ちた。ジーマはグラスに水を注ぎながら、明日も晴れますよ位の気軽さで言った。
「立派なものじゃございません。尾てい骨という場所をご存知ですか?そこに短い尾のようなものがあるのでございます。それを両親は不気味がりましてね、わたくしは生後まもなく教会預かりになりました」
一度言葉を交わせば二度も三度も同じだというように、ジーマはミュウと会話するようになった。怒られない?と聞けば、怒られましょうとふふと小さく笑う。
「ケイレブ様は当時わたくしがいた教会の司祭様のお子様でした。幼い頃から好奇心旺盛なお子様で、熱心に色んな文献を読み漁っておいででした。そして、お父上である司祭様にわたくしのことを聞き及んだのでしょう。わたくしに尾を見せてくれと仰ったのです」
ジーマはそれはそれは懐かしそうに、そして楽しそうに語った。
「当時わたくしはもう十八でございました。ケイレブ様はまだ十歳、まだまだ子どもといえど肌を晒すなんてこと、到底飲み込める話ではございません。けれど、あまりに熱心に毎日のようにお願いされるものですから…」
「見せたん?」
「えぇ、両親に捨てられるきっかけになった尾でございます。どんなに醜いか…けれどケイレブ様は、こう、目を輝かせましてね。痛くはないか?不便はないか?と質問責めに合いまして…」
ここでジーマは一区切りをつけて、ほぅと息を吐いた。
「わたくしは自分のことを人になれない出来損ないだと思っておりました。ですから、わたくしを受け入れてくださった教会に生涯お仕えしようとそう心に決めていたのです。しかし、ケイレブ様はわたくしを出来損ないではないと仰るのです」
「それは、そうやろ?そんなん…だって、ジーマは優しいやん」
まぁ、とジーマは口元に手を添えてふふふと嬉しそうに笑った。言葉が無かった頃もジーマはミュウを手荒に扱うことはしなかった。湯浴みの時は傷ついた肌に優しく布をあてて洗ってくれた、包帯を巻くのも上手いし、飴玉もくれた。あの甘さは心に沁みた。
「この世には特別な力を持ったお人がおりますでしょう?風を操ってみたり、遠くの出来事がわかったり」
「うん」
「わたくしはその方たちと同じだとケイレブ様は仰るのです。この大陸は幾度となく滅亡の危機に瀕していた、その為に未来を予知したり、特別な力で乗り越えて来たのだと教会に古くから伝わる書物に書いてあるそうです。ですから、その特別な力も先祖返りの一種だと。なのに、その様な方は崇められ、わたくしのような者は蔑まれるというのはおかしいとそう仰るのですよ、あの方は」
「…そう、なんや」
「ですから…、その癒しの力というんですか?それがあればわたくし共のような者を救えるかもしれない、と。ジュリアン殿下だけではないのです」
「…知ってたん?」
「えぇ、わたくしは肌を晒したあの時からケイレブ様にお仕えしております」
ケイレブは癒しの力は希望だと言った。ジュリアンだけじゃなかった。目の前のジーマもただ人と違うところがあったただけで両親に捨てられた。知らなかった、それは言い訳になるだろうか。
「──っごめ…ごめん、なさい。僕、僕が…」
「触れてもよろしいですか?」
ひっくひっくと涙を流すミュウ、溢れる涙を拭う手の甲をジーマは優しく握った。
「ミューロイヒ様、道はひとつではございません」
「ん?」
「ケイレブ様はわたくしの尾を見るまで諦めませんでした。諦めの悪いお方なのです」
どういうこと?キョトンと涙の引っ込んだミュウにジーマはその手を撫でた。その手はすごく優しくて、そこに尾があるとかないとかそんなことは関係ないように思えた。
※ここまで読んでくださりありがとうございます!
※BL大賞応援ありがとうございました(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
「わたくしはとある子爵家の五女だったのです」
「だった?」
「えぇ、わたくしには尾があるのです」
「……へ?」
場所はベッドの上、小さなテーブルを置いてもらいその上にはミュウの昼食が乗っている。クラッカーとスープ、青菜で薄切りの肉をくるくると巻いたもの。そのクラッカーがミュウの手からぽとりとスープに落ちた。ジーマはグラスに水を注ぎながら、明日も晴れますよ位の気軽さで言った。
「立派なものじゃございません。尾てい骨という場所をご存知ですか?そこに短い尾のようなものがあるのでございます。それを両親は不気味がりましてね、わたくしは生後まもなく教会預かりになりました」
一度言葉を交わせば二度も三度も同じだというように、ジーマはミュウと会話するようになった。怒られない?と聞けば、怒られましょうとふふと小さく笑う。
「ケイレブ様は当時わたくしがいた教会の司祭様のお子様でした。幼い頃から好奇心旺盛なお子様で、熱心に色んな文献を読み漁っておいででした。そして、お父上である司祭様にわたくしのことを聞き及んだのでしょう。わたくしに尾を見せてくれと仰ったのです」
ジーマはそれはそれは懐かしそうに、そして楽しそうに語った。
「当時わたくしはもう十八でございました。ケイレブ様はまだ十歳、まだまだ子どもといえど肌を晒すなんてこと、到底飲み込める話ではございません。けれど、あまりに熱心に毎日のようにお願いされるものですから…」
「見せたん?」
「えぇ、両親に捨てられるきっかけになった尾でございます。どんなに醜いか…けれどケイレブ様は、こう、目を輝かせましてね。痛くはないか?不便はないか?と質問責めに合いまして…」
ここでジーマは一区切りをつけて、ほぅと息を吐いた。
「わたくしは自分のことを人になれない出来損ないだと思っておりました。ですから、わたくしを受け入れてくださった教会に生涯お仕えしようとそう心に決めていたのです。しかし、ケイレブ様はわたくしを出来損ないではないと仰るのです」
「それは、そうやろ?そんなん…だって、ジーマは優しいやん」
まぁ、とジーマは口元に手を添えてふふふと嬉しそうに笑った。言葉が無かった頃もジーマはミュウを手荒に扱うことはしなかった。湯浴みの時は傷ついた肌に優しく布をあてて洗ってくれた、包帯を巻くのも上手いし、飴玉もくれた。あの甘さは心に沁みた。
「この世には特別な力を持ったお人がおりますでしょう?風を操ってみたり、遠くの出来事がわかったり」
「うん」
「わたくしはその方たちと同じだとケイレブ様は仰るのです。この大陸は幾度となく滅亡の危機に瀕していた、その為に未来を予知したり、特別な力で乗り越えて来たのだと教会に古くから伝わる書物に書いてあるそうです。ですから、その特別な力も先祖返りの一種だと。なのに、その様な方は崇められ、わたくしのような者は蔑まれるというのはおかしいとそう仰るのですよ、あの方は」
「…そう、なんや」
「ですから…、その癒しの力というんですか?それがあればわたくし共のような者を救えるかもしれない、と。ジュリアン殿下だけではないのです」
「…知ってたん?」
「えぇ、わたくしは肌を晒したあの時からケイレブ様にお仕えしております」
ケイレブは癒しの力は希望だと言った。ジュリアンだけじゃなかった。目の前のジーマもただ人と違うところがあったただけで両親に捨てられた。知らなかった、それは言い訳になるだろうか。
「──っごめ…ごめん、なさい。僕、僕が…」
「触れてもよろしいですか?」
ひっくひっくと涙を流すミュウ、溢れる涙を拭う手の甲をジーマは優しく握った。
「ミューロイヒ様、道はひとつではございません」
「ん?」
「ケイレブ様はわたくしの尾を見るまで諦めませんでした。諦めの悪いお方なのです」
どういうこと?キョトンと涙の引っ込んだミュウにジーマはその手を撫でた。その手はすごく優しくて、そこに尾があるとかないとかそんなことは関係ないように思えた。
※ここまで読んでくださりありがとうございます!
※BL大賞応援ありがとうございました(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
41
お気に入りに追加
174
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
推しぬいを作って愛でてたら、本人に見られた
チョロケロ
BL
幼馴染の翔平に恋をしている比呂は、その気持ちを伝えるつもりはなかった。その代わりに翔平のぬいぐるみを作って愛でていたら、その姿を本人に目撃されてしまうのであった。
※宜しくお願いします。
※ムーンライトノベルズ様でも公開しています。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる