夢見のミュウ

谷絵 ちぐり

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転生遊戯

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 ジェジェの呼び掛けにナッツはわっほわっほとやってきた。ハァハァと長い舌を出して、ミュウが近寄るとくふぅと鳴いて甘えてきた。そのナッツにジェジェが鞍をつける。
 白んでいた空はすっかり青くなり、太陽が顔を出していた。その方向にフィルがいる。

「ナッツ、行きたいとこあんねん」

 ワンッとナッツは鳴いてすりすりとミュウに鼻先を押し付けた。

「ミー坊、ほんまに行くんか?」
「…行く」
「せやけどどこにおるんかわからんやろ?」
「わからんけど、国境沿いってことはわかる」
「味方やいう王子に聞いたらどうや?」

 ミュウは小さく首を振る。ここから王城まで行って、イーハンに事情を説明して、ってそれは手間がかかる。フィルの傍にはいつも蒼い炎がある。どこか山頂からならそれが見えるはずだ、だからそれを目指していく。

 宿舎を出て荒野を行く。太陽はゆっくりゆっくり昇って、風を切るように走るナッツがハッハッと荒い息をあげ始めた。
 途中流れる小さな川での僅かな休憩時間、既に顔は乾いた土埃で汚れてしまった。ザブザブと顔を洗って、水面に映る自分がこちらをじっと見つめている。それでいいのか?と問いかけているようで、それをミュウはバシャバシャと乱暴にかき消した。

 まっすぐ東へ、隣国との国境の山脈へと足を踏み入れる。初めてこの山脈に入った時は、こんなことになると思っていなかった。ただ王都へ向かうだけで、静かな山だった。
 鳥も獣も姿を見せず、リスやうさぎのような小動物はナッツ達を見て慌てて逃げていった。
 なのに、どうして、なんで、とミュウはブルブルと震えが止まらない。目の前にはミュウの二倍はありそうな巨躯の熊のような獣がいた。二本足で立ってこちらを威嚇するように唸り、牙の生えた口からは涎がぽたぽたと垂れていた。
 ナッツもミンティも牙を剥き出してグルグルと唸り、前傾姿勢をとった。

「血ぃや」
「え?」
「戦場が近いんや。血の匂いと火薬、それから大勢の人間、動物達は鼻がきくから臭うんや。興奮しとる」
「そんなん、どないしたら…」

 ミュウも、ジェジェも戦闘経験なんてない。ジェジェの腰には鉈が一本だけぶら下がっているが、とてもじゃないがそんなものでは太刀打ちできない。

「ミー坊、行くで!」

 あっと口を開く間もなく、ジェジェはミンティから飛び降りミュウを抱き抱えて走り出した。その瞬間、ナッツが巨躯に襲いかかった。美しい象牙色の角を振りかぶり、そしてそれはあっさりといなされた。それに猶予を与えず、今度はミンティが飛び上がりその肩に噛み付いた。グアアアァァアアと巨躯が咆哮をあげ、踏み鳴らし暴れようとした足を今度はナッツの角がそれを突く。

「ナッツ!ミンティ!」

 ジェジェは速度を上げて山の中を走る。ナッツ達が小さくなっていく。それをミュウはジェジェの肩口から見た。
 ごめん、ごめん、とミュウは心の中で謝り続けていた。
 だって、だって知らなかったんだ!そんなのは言い訳で目に映る景色が変わることはない。これが自分のしたかったことなんだ、ということにはやっぱり犠牲が伴うんだ。間違っていた、という思いがむくむくと湧いてくる。結局フィルは助かるのだから、流れを変えようとしてはいけなかったんだ。嫌だから、見たくないから、フィルと離れたくないから、自分ばかりだ。
 ここに生まれて生きている人をたくさん見てきたのに、こんなのは子どもの聞き分けのないわがまま以外の何物でもない。

「ミー坊、ナッツもミンティも強い!安心せぇ」
「…ナッツ、ミンティ…」

 走馬灯のようにナッツとの思い出が蘇る。ぐすぐすと涙でジェジェの肩を濡らせば、叱咤するように尻を叩かれた。

「しっかりせぇ!」
「せやけど、こんなんなると思てなかった。やっぱり、あかんねん、やめといたら良かった」
「ミー坊、ここまで来てなに言うてんねん!」
「だって!結局フィルは助かるもん!どうせ助かるんやったら、ほっといても良かってん!」
「アホか!今から大切な人が死にそうな目にあいますけど助かりまっせ、って言われてもそれを飲み込めへんのが人情やろ」

 びゅんびゅんとジェジェは木々の合間を縫って走る。森の中と違って起伏がある、それでもジェジェは全速力で前だけを見て走った。

「…ジェジェ、ありが…っ!!」

 ドンとものすごい衝撃にありがとうと最後まで言えなかった。ゴロゴロとミュウは転がり、木の幹に背中から叩きつけられた。頭を振って目を開ければ、四足が見えた。イヌゥのような足、だけど違う。ぼたりと顔にかかった生臭いものは、涎だった。ミュウを今にも喰らおうと大きな口を開けている。

「…お、おおかみ?」

 イヌゥ程の大きさの狼の尖った牙が今にも突き刺さりそうで、ミュウは強く目を瞑った。けれど予想された衝撃はこない。

「ミー坊行け!」

 ジェジェが狼に鉈を突き刺していた。その後ろには、同じような狼がまだまだいる。揃いも揃って低く唸りながらジリジリと近づいてくる。

「…ジェジェ」
「行け!」

 弾かれたようにミュウは走り出した。背後からキャウン!と甲高い声が聞こえた。それでも振り返らずにミュウは走った。山の中は暗い、足元も覚束無い、何度も何度も転んでは起き上がった。目の前に突然現れた尖った枝に頬を抉られた。
 なんで、なんで、物語の流れを変えようとするのはそんなにも悪いことなのか。だから、こんな邪魔ばかりするのか。だんだんミュウは腹がたってきた。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。ただ、大切な人を守りたいだけなのに。走って走って、木々を抜けたその先は眩しいくらいの蒼穹が広がっていた。自分はどこか崖の上にいるらしい。息がもう続かない、ハァハァと荒らげながら見渡すと真下に蒼い炎があった。そして、見覚えのある鎧姿が剣を振るっている。間に合った、ミュウの膝がガクリと折れた瞬間、目の前を石が落下していき頭上が蒼い炎に覆われた。

「…フィルー!!屈めー」

 届くか届かないかなんてもうどうでもいい、声の限りにミュウは叫んだ。フィルの頭を守っていた兜が宙を舞う、それを見届けてミュウはどうと倒れた。



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