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転生遊戯
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人が苛立っている時とはどんな感じだろうか。いろんなパターンが考えられる。例えばそう、目の前のこの人のように腕を組んで人差し指でトントンとその腕を叩くような…
「王太子殿下、そのような怖い顔をされてはミュウが怖がって何も話せません」
突然眠ってしまったミュウが目覚めたのは城の客室だった。もう動ける、と言ったがそれをフィルは許さずアトレーを呼び出す羽目になってしまった。格下がとんでもない格上を呼び出したのだ、そりゃアトレーも苛立って当たり前だ。
フィルほど大きくはないが、それなりに背も高く体躯もいい。眉を顰め目を細くしてベッドを見下ろすアトレー、めちゃんこ怖い、ミュウはするすると掛布に潜った。
「ミュウは巣から落ちたか弱き雛鳥だと思ってください」
「ふんっ、鄙の間違いだろ?なんでもいいから早く話せ、私は忙しい」
勢いよく掛布が捲られ、見上げたアトレーの威圧めいたものにミュウはまた小さく悲鳴をあげた。ジュリアン、こんな嫌味な奴のどこがいいんだ!とは言えないし、言わない。ミュウはフィルに支えられて起き上がり意を決した。
「ジュリアン、怪我しとったけど知っとった?あれ、いつ?」
「……お前、今なんと言った?」
「だ、だから、ジュリアンの」
ぐわっと伸ばされた腕、目の前が手のひらでいっぱいになって、ヒィィとまたミュウは目を回して倒れた。ベッドの上で良かった、ポスンとそのままベッドに沈む。ドタンバタンと大きな音がして、フィルの声が遠く遠く消えていった。
パチリとミュウが目を開けると、また知らない部屋にいた。壁に並んだ本棚にはびっしりと本が並び、一瞬マージの塔に来たのかと錯覚した。整理整頓された部屋はマージの塔ではないとすぐに判明したが、じゃあここはどこだろう?
並んだ本はそのほとんどが医学や医術、薬学の本だった。二間続きになっているらしく、小さな木の扉があり、ミュウはそれを静かに開けた。
室内には男が一人、机に向かってなにか作業している後ろ姿が見えた。白い衣装は見覚えがある。
──うわっ…
男の背後から覗き込むとそこには鯰のような巨大おたまじゃくしのような生き物がいた。男はその生き物の表面をペーパーナイフのようなものでなぞっている。ぷるぷるしたものを剥がしているようだ。そして銀のプレートに慎重にぷるぷるをのせていく。
「ケイレブ、いいか?」
声をかけるのと同時にドアを開けて入ってきたのはスラリと背の高い美丈夫だった。
──ケイレブってこの人やったんか
あの白亜の建物ですれ違った人、神官っぽかったけど医者だったのか。リンはケイレブに任せればいいと言っていた。
「ルリウオはどうだ?」
「はい、腕に吸い付き剥がれませんので薬効を高めるのに期待できます」
「そうか…しかし消えてはいないんだな?」
「はい、残念ながら…」
ケイレブは美丈夫に深く頭を下げた。オーウェン殿下、顔を上げたケイレブはそう言った。
「やはり、先祖返りで間違いないかと…」
「…辛いな」
ケイレブはまた頭を深く下げる、腹の前で合わせた手が僅かに震えていた。
「この戦にかけるしかないか」
「そのようで…」
ケイレブは頭を下げたままだ。ジュリアンの名は出ていないが、ジュリアンのことだとミュウは察した。あのぷるぷるはきっと腕に貼り付いていたやつだ、ルリウオと言っていた。
──ルリウオ…どっかで…
あとはよろしく頼む、そう言って出て行ったオーウェンの背中をミュウは慌てて追いかけて部屋を出た。びっしり並んだ本、それを一生懸命に見る。目当ての本があるわけじゃない、ただ胸騒ぎがするのだ。オオルリウオの粘液、古代樹の双葉、アワサクラ草の最初の一雫、あと、あとはなんだっけ?思い出せ、思い出せと震える指先が本をなぞっていく。
ミズリ医師の言葉が蘇る──受け継いだ古代の血が色濃く出たんだ。
半身を鱗で覆われたローザ、先祖返りだと言われたジュリアン。
ジュリアンもローザと同じなのか?だから婚約を破棄した?でも、だからってどうして戦を仕掛けるんだ、そんなのおかしい。
『民間療法にみる自然医学/著ローガン・プレストン』
ローガン、ローザに寄り添い続けた人。黒と見紛う髪、金色の瞳のジュリアン。そんなまさか、と思う。
コツコツと響く足音、静かに開いた扉から出てくるケイレブはそのまま部屋を出ていった。手には銀のプレートを持っている。
──ケイレブ、お前は本当にケイレブか?
「王太子殿下、そのような怖い顔をされてはミュウが怖がって何も話せません」
突然眠ってしまったミュウが目覚めたのは城の客室だった。もう動ける、と言ったがそれをフィルは許さずアトレーを呼び出す羽目になってしまった。格下がとんでもない格上を呼び出したのだ、そりゃアトレーも苛立って当たり前だ。
フィルほど大きくはないが、それなりに背も高く体躯もいい。眉を顰め目を細くしてベッドを見下ろすアトレー、めちゃんこ怖い、ミュウはするすると掛布に潜った。
「ミュウは巣から落ちたか弱き雛鳥だと思ってください」
「ふんっ、鄙の間違いだろ?なんでもいいから早く話せ、私は忙しい」
勢いよく掛布が捲られ、見上げたアトレーの威圧めいたものにミュウはまた小さく悲鳴をあげた。ジュリアン、こんな嫌味な奴のどこがいいんだ!とは言えないし、言わない。ミュウはフィルに支えられて起き上がり意を決した。
「ジュリアン、怪我しとったけど知っとった?あれ、いつ?」
「……お前、今なんと言った?」
「だ、だから、ジュリアンの」
ぐわっと伸ばされた腕、目の前が手のひらでいっぱいになって、ヒィィとまたミュウは目を回して倒れた。ベッドの上で良かった、ポスンとそのままベッドに沈む。ドタンバタンと大きな音がして、フィルの声が遠く遠く消えていった。
パチリとミュウが目を開けると、また知らない部屋にいた。壁に並んだ本棚にはびっしりと本が並び、一瞬マージの塔に来たのかと錯覚した。整理整頓された部屋はマージの塔ではないとすぐに判明したが、じゃあここはどこだろう?
並んだ本はそのほとんどが医学や医術、薬学の本だった。二間続きになっているらしく、小さな木の扉があり、ミュウはそれを静かに開けた。
室内には男が一人、机に向かってなにか作業している後ろ姿が見えた。白い衣装は見覚えがある。
──うわっ…
男の背後から覗き込むとそこには鯰のような巨大おたまじゃくしのような生き物がいた。男はその生き物の表面をペーパーナイフのようなものでなぞっている。ぷるぷるしたものを剥がしているようだ。そして銀のプレートに慎重にぷるぷるをのせていく。
「ケイレブ、いいか?」
声をかけるのと同時にドアを開けて入ってきたのはスラリと背の高い美丈夫だった。
──ケイレブってこの人やったんか
あの白亜の建物ですれ違った人、神官っぽかったけど医者だったのか。リンはケイレブに任せればいいと言っていた。
「ルリウオはどうだ?」
「はい、腕に吸い付き剥がれませんので薬効を高めるのに期待できます」
「そうか…しかし消えてはいないんだな?」
「はい、残念ながら…」
ケイレブは美丈夫に深く頭を下げた。オーウェン殿下、顔を上げたケイレブはそう言った。
「やはり、先祖返りで間違いないかと…」
「…辛いな」
ケイレブはまた頭を深く下げる、腹の前で合わせた手が僅かに震えていた。
「この戦にかけるしかないか」
「そのようで…」
ケイレブは頭を下げたままだ。ジュリアンの名は出ていないが、ジュリアンのことだとミュウは察した。あのぷるぷるはきっと腕に貼り付いていたやつだ、ルリウオと言っていた。
──ルリウオ…どっかで…
あとはよろしく頼む、そう言って出て行ったオーウェンの背中をミュウは慌てて追いかけて部屋を出た。びっしり並んだ本、それを一生懸命に見る。目当ての本があるわけじゃない、ただ胸騒ぎがするのだ。オオルリウオの粘液、古代樹の双葉、アワサクラ草の最初の一雫、あと、あとはなんだっけ?思い出せ、思い出せと震える指先が本をなぞっていく。
ミズリ医師の言葉が蘇る──受け継いだ古代の血が色濃く出たんだ。
半身を鱗で覆われたローザ、先祖返りだと言われたジュリアン。
ジュリアンもローザと同じなのか?だから婚約を破棄した?でも、だからってどうして戦を仕掛けるんだ、そんなのおかしい。
『民間療法にみる自然医学/著ローガン・プレストン』
ローガン、ローザに寄り添い続けた人。黒と見紛う髪、金色の瞳のジュリアン。そんなまさか、と思う。
コツコツと響く足音、静かに開いた扉から出てくるケイレブはそのまま部屋を出ていった。手には銀のプレートを持っている。
──ケイレブ、お前は本当にケイレブか?
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