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転生遊戯
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カクンと上を向いてしまった顎、その頭をフィルは自分の胸に寄り添わせた。耳をすましてみても寝息は聞こえない、だけど生きている。ゆっくりゆっくりと脈打つ心臓は最低限の生命維持のように感じた。
「フィル…大丈夫か?」
「あぁ、ありがとう」
イーハンが持ってきた毛布でミュウを包む。少しづつ体温が下がってきている。物言いたげなイーハンの視線を受けてフィルは口を開いた。
「さっき、私だけ下に残っただろう?その時にマージに言われたんだ」
螺旋階段を上るミュウの小さな背中、それを追いかけたくて仕方ない。この年齢不詳の婆に研究対象としてアレコレとやらされてからこの婆がフィルはあまり好きではない。
「まぁまぁ、そんな嫌そうな顔しなさんな」
「なんだ、用があるなら早くしろ」
マージはほんの少し肩を竦めてから、自身の研究机の引き出しから一冊の帳面を取り出した。
「これはね、とある夢見の記録だ。その夢見がどこの誰かはわからない」
「どうしてそれをミュウに見せてやらないんだ」
チッチとマージは人差し指を揺らして、慌てるなとその帳面を机に置いて改めてフィルに向き直った。
「さて、お前はあの子が眠っているところを見たことがあるか?」
「は?はぁ!?な、なに…」
「あのなぁ、体の関係があるかどうかなんか聞いちゃいない。ったく、慌てすぎだろ、童貞じゃあるまいし」
「わ、私は、私の全てをたった一人のヴェルタに捧げるとそう決めている」
「…あー、そう。それは知ったこっちゃないわ。そんなことより見たことがあるのかないのかどっちだ?」
「ある」
「どんな感じだった?」
「…指先から冷えていって、脈が弱いんだ。胸は微かに上下するだけで、それで…」
「まるで死んでしまったよう」
「なぜ、それを…」
「どれだけ強靭な肉体と精神を持っていたとしても、人というのはな休まなきゃいけない。それには睡眠が一番だ。だがな?夢見は違う。体が眠っていても、頭の中は動いている」
「そんなの私たちだって夢を見るぞ?それとなにが違う?」
「馬鹿か、お前は。私らの夢なんぞな、所詮頭の中で思い描いた空想だ。ガラス板に描いた絵みたいなもの、ちょっとした衝撃で割れてしまう脆いもんだ。そんなもんのために頭は働かん。その証拠にすぐ忘れちまうだろうが。夢見はな、眠っている間も頭の中を目まぐるしく働かせとる。夢見が見る夢は薄っぺらい空想なんかじゃない。現実として世界のどこへでも、それこそ未来も過去へも飛べるんだぞ。それがどれほど夢見の体に負担がかかると思う?それが夢見は短命だと言われている所以だ」
「短命…?」
「そうだ」
ここに書いてある、そう言ってマージはまるでドアでもノックするように帳面を叩いた。古ぼけた帳面、表紙にはなにも書かれていない。フィルはゴクリと唾を飲み込んだ。
「なにか、解決法があるんだろう?」
「あると思うかい?」
そんな方法はない、マージの目がそう語っていた。
「眠っているあの子になにがあっても目覚めさせちゃいけない。夢見が夢を見ているということは魂がそこへ飛んでいると私は考える。無理やり目覚めさせるというのは体と魂を引き離すことに繋がりかねない。もう戻ってこれなくなるぞ」
「…そんな、じゃあどうすればいい?もし、もしもこの先ミュウが眠り続けていても起こしちゃいけないってことか?そんなこと…」
「だから、できるだけ眠っているあの子の傍にいておやり。お前の現実はこっちだ、離れちゃいけないと手でも握ってやればいい」
マージの言葉を思い出しながらフィルは腕の中で眠るミュウを抱きしめた。どこにも行くな、ここへ帰ってこい、そう願いながら。
「イーハン、私はもうミュウに夢を見てほしくない」
「それはこちらで制御できるものではないんだろう?」
「……そう、だろうか」
折々に触れてミュウはその気持ちを吐露してきた。この先を知っていてもそれをどうすればいいかわからない、と。イーハンに伝えるだけで、自分はなにもしなくてもいいのか。それが最善なのか、自分のことだけがわからない。ミュウは夢に惑わされている、自分のために生きることの是非が揺らいでいる。
「優しい子なんだ。ただすれ違った農夫にまで思いを馳せている。怖い、と言っていた。自分らしく生きていくことで、周囲にどんな影響をもたらすのかがわからない、と。なぁ、イーハン決まった未来なんて無いよな?」
「あぁ、そんなものはいくらでも変わるし、変えてやる。ミューロイヒが言っていた。この先、戦でお前が不利になることでこの国にすごい力が生まれるとしてどうするか?と」
「私が?」
「そうだ。ミューロイヒはその未来を変えたいんだ。でも、そうすることでそのすごい力とやらが生まれなくなる。ミューロイヒはきっと自分のためにその未来を変えたいんだろう。だがそうすることで誰か、例えばすれ違った農夫のような民に悪影響がでたら、と危惧しているのかもしれない。まぁ、お前の話を聞いての憶測だがな」
目が覚めたら聞いてみるといい、そう言ってイーハンは部屋を後にした。
血の気の無い頬、微かに息をしている。隠し事が下手な自分と違ってミュウはきっと上手い。全てを語らないのは自分にまだ信用がないからか。それともまた違う理由があるのか。
ミュウ、どんな夢を見ている?早く目を覚ましてくれないか、そしてあの眩しい笑顔を見せてくれ。
「フィル…大丈夫か?」
「あぁ、ありがとう」
イーハンが持ってきた毛布でミュウを包む。少しづつ体温が下がってきている。物言いたげなイーハンの視線を受けてフィルは口を開いた。
「さっき、私だけ下に残っただろう?その時にマージに言われたんだ」
螺旋階段を上るミュウの小さな背中、それを追いかけたくて仕方ない。この年齢不詳の婆に研究対象としてアレコレとやらされてからこの婆がフィルはあまり好きではない。
「まぁまぁ、そんな嫌そうな顔しなさんな」
「なんだ、用があるなら早くしろ」
マージはほんの少し肩を竦めてから、自身の研究机の引き出しから一冊の帳面を取り出した。
「これはね、とある夢見の記録だ。その夢見がどこの誰かはわからない」
「どうしてそれをミュウに見せてやらないんだ」
チッチとマージは人差し指を揺らして、慌てるなとその帳面を机に置いて改めてフィルに向き直った。
「さて、お前はあの子が眠っているところを見たことがあるか?」
「は?はぁ!?な、なに…」
「あのなぁ、体の関係があるかどうかなんか聞いちゃいない。ったく、慌てすぎだろ、童貞じゃあるまいし」
「わ、私は、私の全てをたった一人のヴェルタに捧げるとそう決めている」
「…あー、そう。それは知ったこっちゃないわ。そんなことより見たことがあるのかないのかどっちだ?」
「ある」
「どんな感じだった?」
「…指先から冷えていって、脈が弱いんだ。胸は微かに上下するだけで、それで…」
「まるで死んでしまったよう」
「なぜ、それを…」
「どれだけ強靭な肉体と精神を持っていたとしても、人というのはな休まなきゃいけない。それには睡眠が一番だ。だがな?夢見は違う。体が眠っていても、頭の中は動いている」
「そんなの私たちだって夢を見るぞ?それとなにが違う?」
「馬鹿か、お前は。私らの夢なんぞな、所詮頭の中で思い描いた空想だ。ガラス板に描いた絵みたいなもの、ちょっとした衝撃で割れてしまう脆いもんだ。そんなもんのために頭は働かん。その証拠にすぐ忘れちまうだろうが。夢見はな、眠っている間も頭の中を目まぐるしく働かせとる。夢見が見る夢は薄っぺらい空想なんかじゃない。現実として世界のどこへでも、それこそ未来も過去へも飛べるんだぞ。それがどれほど夢見の体に負担がかかると思う?それが夢見は短命だと言われている所以だ」
「短命…?」
「そうだ」
ここに書いてある、そう言ってマージはまるでドアでもノックするように帳面を叩いた。古ぼけた帳面、表紙にはなにも書かれていない。フィルはゴクリと唾を飲み込んだ。
「なにか、解決法があるんだろう?」
「あると思うかい?」
そんな方法はない、マージの目がそう語っていた。
「眠っているあの子になにがあっても目覚めさせちゃいけない。夢見が夢を見ているということは魂がそこへ飛んでいると私は考える。無理やり目覚めさせるというのは体と魂を引き離すことに繋がりかねない。もう戻ってこれなくなるぞ」
「…そんな、じゃあどうすればいい?もし、もしもこの先ミュウが眠り続けていても起こしちゃいけないってことか?そんなこと…」
「だから、できるだけ眠っているあの子の傍にいておやり。お前の現実はこっちだ、離れちゃいけないと手でも握ってやればいい」
マージの言葉を思い出しながらフィルは腕の中で眠るミュウを抱きしめた。どこにも行くな、ここへ帰ってこい、そう願いながら。
「イーハン、私はもうミュウに夢を見てほしくない」
「それはこちらで制御できるものではないんだろう?」
「……そう、だろうか」
折々に触れてミュウはその気持ちを吐露してきた。この先を知っていてもそれをどうすればいいかわからない、と。イーハンに伝えるだけで、自分はなにもしなくてもいいのか。それが最善なのか、自分のことだけがわからない。ミュウは夢に惑わされている、自分のために生きることの是非が揺らいでいる。
「優しい子なんだ。ただすれ違った農夫にまで思いを馳せている。怖い、と言っていた。自分らしく生きていくことで、周囲にどんな影響をもたらすのかがわからない、と。なぁ、イーハン決まった未来なんて無いよな?」
「あぁ、そんなものはいくらでも変わるし、変えてやる。ミューロイヒが言っていた。この先、戦でお前が不利になることでこの国にすごい力が生まれるとしてどうするか?と」
「私が?」
「そうだ。ミューロイヒはその未来を変えたいんだ。でも、そうすることでそのすごい力とやらが生まれなくなる。ミューロイヒはきっと自分のためにその未来を変えたいんだろう。だがそうすることで誰か、例えばすれ違った農夫のような民に悪影響がでたら、と危惧しているのかもしれない。まぁ、お前の話を聞いての憶測だがな」
目が覚めたら聞いてみるといい、そう言ってイーハンは部屋を後にした。
血の気の無い頬、微かに息をしている。隠し事が下手な自分と違ってミュウはきっと上手い。全てを語らないのは自分にまだ信用がないからか。それともまた違う理由があるのか。
ミュウ、どんな夢を見ている?早く目を覚ましてくれないか、そしてあの眩しい笑顔を見せてくれ。
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