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転生遊戯
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ローザ・ウィッシュ十歳、あどけない少女は少し痩せぎすではあったが特にどこか悪そうな感じはしなかった。頬は薔薇色で、子どもらしい丸い形をしていた。
「ローザ、ほら、先生にお腹を見せて」
ローザの父、ザフ・ウィッシュはそう言って薄い上掛けを捲った。前釦のワンピース、ローザはその釦を外してお腹を見せた。
片方の脇腹から臍にかけて若干色が濃くなっている。ミズリ医師は、冷たかったらごめんねとそこに触れた。
「いつからかな?」
「わかんない。気づいたらザラザラしてたの」
「そう。痛くはない?ご飯は食べてる?お水は飲めるかな?」
痛くないよ、食べてる、飲めるよ、とローザは澱みなく質問に答えた。
「そっちの人も先生なの?」
「私?私は、まだまだミズリ先生の足元にも及ばないよ」
「あしもと?」
「んーっと、私はお薬を作るんだよ。でも、まだまだひよっこだ」
「じゃあ、せんせって呼ぶね」
「…せんせ?」
「ローガン、早く″い″をつけてもらえるといいな」
ミズリ医師がそう茶化すものだから、私もローザも笑ってしまった。それから私もローザの皮膚に触れた。そこは本当だったら柔らかいはずだ、だが硬くザラザラと手触りが良くなかった。なんだろう?こんな疾患は初めて見た。
「よし、じゃあ今日はこれでお終いだ」
「そうなの?」
「ご褒美にキャンディをあげようね」
「キャンディ!?」
ローザの金色がキラキラと輝き、ミズリ医師は丸い缶からひとつ薄水色のキャンディをその口に入れた。あまーい、と頬を押さえるローザはどこにでもいる子どもそのものだった。
私はそれからミズリ医師の指示で軟膏をひとつザフに手渡した。一日四回、朝昼晩と寝る前にすり込むように塗ること、と言うとザフは何度も何度も頷きながら、ありがとうありがとうとお礼を言った。本当は湯を浴びてからと言いたがったが、この生活では無理だろう。濡れた手縫いでいいから患部を清潔に拭くようにと言い含めた。
「ミズリ先生、ローザは…」
「皮膚が硬く、ザラザラしていたね。あれと似た様な症状を見たことがあるよ」
「良かった。じゃあ治りますね」
私は安堵しそう言ったがミズリ医師からの返答は、なんとも言えないというものだった。
「僕が見たのはね、もっともっと高齢だった。採掘場あるだろう?北の山にエメラルドやなんかが採れるところ。あそこで長年働いていた人だ。何十年もツルハシを持ってきた手のひらが分厚く硬くなっていて、もうなにも握れないと言っていた」
「それじゃ…」
「あぁ、ああやって皮膚が硬くなったりするのは物理的要因が多い。だけどローザはまだ頑是無い子どもだ。一体なんなんだろうね、一過性のものならいいんだが…」
それから七日に一度はローザを訪ねた。三人家族だと思っていたが母親は病死していた。凍えるような寒い夜のことだったとザフは語った。病名はわからない、医者にかかる金が無かったから。ただ、足首から太ももにかけて皮膚が硬くなり、歩くのが困難になっていった。
「遺伝だろうか」
「遺伝?」
「子は親に似るだろう?それはなにも顔形だけじゃない。病の種といえばいいかな?その種を受け継ぐ場合もあるんだよ」
「…なるほど」
せんせ、せんせと懐いてくれるローザ、なんとかしてやれないものか。
それから季節がいくつも巡るうち、ローザの皮膚の疾患はじわじわとその面積を広げていった。最初に見た片腹は更に硬く色は明らかに黒ずんできていた。
そんなある日、往診に訪れたミズリ医師と私は己の目を疑った。
「ローガン、僕の鞄から虫眼鏡を取ってくれ」
ミズリ医師は虫眼鏡でローザの片腹を熱心に観察し、君も見てと虫眼鏡を私に手渡した。その時のミズリ医師のこめかみには汗が浮いていて、私は言いようのない不安に襲われたのだ。
「……これは」
私のこめかみにもミズリ医師と同じように汗が吹きでているに違いない。ローザの片腹にあったもの、赤子の小さな爪のようなもの。これまでのローザの疾患など序章にすぎなかったのだ。さぁここからが本番だとでもいうようにそれは鈍く光った。
それからミズリ医師は「調べることがある」そう言って旅支度をして出ていってしまった。その間、私はというとローザのことが気になり毎日のように貧民窟へと足を運んだ。
「せんせはお暇なの?」
小さな口元に手を当ててクスクスとローザは笑う。
ローザは父のザフが仕事に出ている間、家事を行う。ただ、硬くなった皮膚はローザの動きを緩慢にしていた。特に腹の皮膚はとても硬いので腰を曲げたりできない。なので私は率先してローザの手伝いをした。井戸から汲み上げた水を瓶に貯めたり、竈の火をおこしたり、ローザが箒で集めたゴミをまとめるのも私の役目だ。
ローザの手伝いをしてない時は、ミズリ医師の散らかった部屋を片付けたり、ミズリ医師所有の数多ある書物を読んだ。どこかにローザを助ける手がかりがないか、と隅から隅まで逃さず読み耽った。大きな収穫はなく、まるで錬金術のような薬の精製方が載っている書物を見つけた時は呆れてしまった。オオルリウオの粘液、アワサクラ草の最初の一輪に含まれる雫、古代樹の双葉、千年生きた蛇の鱗、水底にて光る水草、馬鹿らしい話だと私はそれらを一蹴した。
季節がひとつばかり過ぎた頃だろうか、ミズリ医師が帰ってきた。なんと隣国へ行っていたという。
「ローザはどうだ?」
その頃になるとローザの体に現れた赤子の爪のようなものは数を増やしていた。それを告げるとミズリ医師は驚いた風もなく、そうだろうなと頷いた。
「どういうことですか?」
「ローガン、僕たちが交わった者たちの末裔ということはわかるかい?」
「…それは、途方もない大昔の言い伝えでしょう?信じている人なんていませんよ?私たちは生まれた時から人です」
「本当に?そう言い切れるかい?この世の全ての人に出会ったわけでもないのに?」
「…なにが言いたいんですか?」
その時の私の顔はきっとミズリ医師を睨みつけていたのかもしれない、ミズリ医師は困ったような顔をして鞄から一冊の書物を取り出した。そこには尾が生えた者、牙の生えた者、背中に翼のような羽がある物、体中に毛が生えている者、およそ人と呼べない者たちの絵姿があった。
「たまに特別な力を持つ者がいるだろう?今の国軍の大将なんかがそうさ、彼は風を操るそうだよ。強風で敵陣を吹き飛ばしてしまうそうだ」
「そんなのは選ばれたひと握りの人でしょう?」
「まぁ、そんな怖い顔をするなよ。この地がかつて大災害によって滅亡寸前だったというのはよく聞く話だろう?」
「それだっておとぎ話のようなものです」
「だけど、それが真実だったら?そんな神のような所業に抗うためにそんな力が覚醒したのかもしれない」
「…それと、ローザになんの関係があるんです?ローザにそんな力はない。ただの子どもです」
私はそんな風にミズリ医師に悪態をつきながらもなんとなくわかっていた。あの絵姿を見せられた時から薄々そんな予感がしていたともいえる。
「ローザはね、僕たちが受け継いできた太古の血が色濃く出てしまったんだよ。僕たちに治す術なんてないんだ」
あぁなんてことだ、私は恥もなく蹲り声をあげて泣いた。
※どこがBLやねん!そうです、ほんとすみません。それでも読んでくださっている方に救われてます。ありがとうございます!
「ローザ、ほら、先生にお腹を見せて」
ローザの父、ザフ・ウィッシュはそう言って薄い上掛けを捲った。前釦のワンピース、ローザはその釦を外してお腹を見せた。
片方の脇腹から臍にかけて若干色が濃くなっている。ミズリ医師は、冷たかったらごめんねとそこに触れた。
「いつからかな?」
「わかんない。気づいたらザラザラしてたの」
「そう。痛くはない?ご飯は食べてる?お水は飲めるかな?」
痛くないよ、食べてる、飲めるよ、とローザは澱みなく質問に答えた。
「そっちの人も先生なの?」
「私?私は、まだまだミズリ先生の足元にも及ばないよ」
「あしもと?」
「んーっと、私はお薬を作るんだよ。でも、まだまだひよっこだ」
「じゃあ、せんせって呼ぶね」
「…せんせ?」
「ローガン、早く″い″をつけてもらえるといいな」
ミズリ医師がそう茶化すものだから、私もローザも笑ってしまった。それから私もローザの皮膚に触れた。そこは本当だったら柔らかいはずだ、だが硬くザラザラと手触りが良くなかった。なんだろう?こんな疾患は初めて見た。
「よし、じゃあ今日はこれでお終いだ」
「そうなの?」
「ご褒美にキャンディをあげようね」
「キャンディ!?」
ローザの金色がキラキラと輝き、ミズリ医師は丸い缶からひとつ薄水色のキャンディをその口に入れた。あまーい、と頬を押さえるローザはどこにでもいる子どもそのものだった。
私はそれからミズリ医師の指示で軟膏をひとつザフに手渡した。一日四回、朝昼晩と寝る前にすり込むように塗ること、と言うとザフは何度も何度も頷きながら、ありがとうありがとうとお礼を言った。本当は湯を浴びてからと言いたがったが、この生活では無理だろう。濡れた手縫いでいいから患部を清潔に拭くようにと言い含めた。
「ミズリ先生、ローザは…」
「皮膚が硬く、ザラザラしていたね。あれと似た様な症状を見たことがあるよ」
「良かった。じゃあ治りますね」
私は安堵しそう言ったがミズリ医師からの返答は、なんとも言えないというものだった。
「僕が見たのはね、もっともっと高齢だった。採掘場あるだろう?北の山にエメラルドやなんかが採れるところ。あそこで長年働いていた人だ。何十年もツルハシを持ってきた手のひらが分厚く硬くなっていて、もうなにも握れないと言っていた」
「それじゃ…」
「あぁ、ああやって皮膚が硬くなったりするのは物理的要因が多い。だけどローザはまだ頑是無い子どもだ。一体なんなんだろうね、一過性のものならいいんだが…」
それから七日に一度はローザを訪ねた。三人家族だと思っていたが母親は病死していた。凍えるような寒い夜のことだったとザフは語った。病名はわからない、医者にかかる金が無かったから。ただ、足首から太ももにかけて皮膚が硬くなり、歩くのが困難になっていった。
「遺伝だろうか」
「遺伝?」
「子は親に似るだろう?それはなにも顔形だけじゃない。病の種といえばいいかな?その種を受け継ぐ場合もあるんだよ」
「…なるほど」
せんせ、せんせと懐いてくれるローザ、なんとかしてやれないものか。
それから季節がいくつも巡るうち、ローザの皮膚の疾患はじわじわとその面積を広げていった。最初に見た片腹は更に硬く色は明らかに黒ずんできていた。
そんなある日、往診に訪れたミズリ医師と私は己の目を疑った。
「ローガン、僕の鞄から虫眼鏡を取ってくれ」
ミズリ医師は虫眼鏡でローザの片腹を熱心に観察し、君も見てと虫眼鏡を私に手渡した。その時のミズリ医師のこめかみには汗が浮いていて、私は言いようのない不安に襲われたのだ。
「……これは」
私のこめかみにもミズリ医師と同じように汗が吹きでているに違いない。ローザの片腹にあったもの、赤子の小さな爪のようなもの。これまでのローザの疾患など序章にすぎなかったのだ。さぁここからが本番だとでもいうようにそれは鈍く光った。
それからミズリ医師は「調べることがある」そう言って旅支度をして出ていってしまった。その間、私はというとローザのことが気になり毎日のように貧民窟へと足を運んだ。
「せんせはお暇なの?」
小さな口元に手を当ててクスクスとローザは笑う。
ローザは父のザフが仕事に出ている間、家事を行う。ただ、硬くなった皮膚はローザの動きを緩慢にしていた。特に腹の皮膚はとても硬いので腰を曲げたりできない。なので私は率先してローザの手伝いをした。井戸から汲み上げた水を瓶に貯めたり、竈の火をおこしたり、ローザが箒で集めたゴミをまとめるのも私の役目だ。
ローザの手伝いをしてない時は、ミズリ医師の散らかった部屋を片付けたり、ミズリ医師所有の数多ある書物を読んだ。どこかにローザを助ける手がかりがないか、と隅から隅まで逃さず読み耽った。大きな収穫はなく、まるで錬金術のような薬の精製方が載っている書物を見つけた時は呆れてしまった。オオルリウオの粘液、アワサクラ草の最初の一輪に含まれる雫、古代樹の双葉、千年生きた蛇の鱗、水底にて光る水草、馬鹿らしい話だと私はそれらを一蹴した。
季節がひとつばかり過ぎた頃だろうか、ミズリ医師が帰ってきた。なんと隣国へ行っていたという。
「ローザはどうだ?」
その頃になるとローザの体に現れた赤子の爪のようなものは数を増やしていた。それを告げるとミズリ医師は驚いた風もなく、そうだろうなと頷いた。
「どういうことですか?」
「ローガン、僕たちが交わった者たちの末裔ということはわかるかい?」
「…それは、途方もない大昔の言い伝えでしょう?信じている人なんていませんよ?私たちは生まれた時から人です」
「本当に?そう言い切れるかい?この世の全ての人に出会ったわけでもないのに?」
「…なにが言いたいんですか?」
その時の私の顔はきっとミズリ医師を睨みつけていたのかもしれない、ミズリ医師は困ったような顔をして鞄から一冊の書物を取り出した。そこには尾が生えた者、牙の生えた者、背中に翼のような羽がある物、体中に毛が生えている者、およそ人と呼べない者たちの絵姿があった。
「たまに特別な力を持つ者がいるだろう?今の国軍の大将なんかがそうさ、彼は風を操るそうだよ。強風で敵陣を吹き飛ばしてしまうそうだ」
「そんなのは選ばれたひと握りの人でしょう?」
「まぁ、そんな怖い顔をするなよ。この地がかつて大災害によって滅亡寸前だったというのはよく聞く話だろう?」
「それだっておとぎ話のようなものです」
「だけど、それが真実だったら?そんな神のような所業に抗うためにそんな力が覚醒したのかもしれない」
「…それと、ローザになんの関係があるんです?ローザにそんな力はない。ただの子どもです」
私はそんな風にミズリ医師に悪態をつきながらもなんとなくわかっていた。あの絵姿を見せられた時から薄々そんな予感がしていたともいえる。
「ローザはね、僕たちが受け継いできた太古の血が色濃く出てしまったんだよ。僕たちに治す術なんてないんだ」
あぁなんてことだ、私は恥もなく蹲り声をあげて泣いた。
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