22 / 58
転生遊戯
13
しおりを挟む
魔女が住む塔は王城にほど近い森の中にあった。都は半円状なので城の裏側は広大な森になっていて緑の中に尖った先っぽが見えた。
″尖塔の魔女″と呼ばれる星見、大層な婆だとフィルは言っていた。これが婆?とミュウは相対した魔女を上から下までまじまじと見た。
豊かな艶のある黒髪は緩やかに波打って、耳には金色の大きな輪っかがついている。びっしりと生えた睫毛は上を向き、細身のスカートから覗く足は白く艶かしい。
「なんだい、じろじろ見て失礼な子だね」
腕を組んでふんっと鼻を鳴らす婆、その腕に豊満な胸が乗っかっている。
「…フィル、婆ちゃうやん。めっちゃ綺麗な人やんか」
ミュウの放った言葉に魔女は目を見開き、婆ちゃう…の辺りで思い切りフィルの鳩尾に拳を入れた。魔女はミュウとおっつかっつの小柄だった。
「ミュウ、よく見ろ。ものすごく厚塗りだ」
それにまた魔女は一発入れたがフィルは微動だにせず、逆に婆がプラプラと手を振って痛がっていた。
それを見て、いつもこんな感じなんだとイーハンが耳打ちしてくれた。ぱちりとウィンクする様はあの無表情だったイーハンからは考えられない。色々と吹っ切れたように見える。
「で?あたしになんの用だい?」
「あ、あの魔女さんは昔の本とか集めてるって…それ見せてほしいなって、夢見のこと知りたくて」
魔女は目をぱちくりとさせ、今度はミュウがまじまじと見られる羽目になってしまった。見られるだけじゃなく、上の瞼も下の瞼も上下され、舌を出せと言われて舌も出した。ぺたぺたと頬や首や肩、腕や腰も触られた。
「あたしは魔女じゃなくて、マージって名前だ。あんた夢見かい?」
「あ、えーと多分?」
「しゃんとおし!」
「はい!夢見でしゅ!」
そうかい、と魔女改めマージはミュウが勢い余って噛んでしまったことには言及しなかった。
「夢見のことが書かれている書物は少ない。それだけ夢見という力を持つ者が少なかったのか、それともただ記録にないのかはわからない。それでも良けりゃイーハンに案内してもらいな」
そう言うとマージはしっしっと追い払うようにミュウに手を振る。ありがとう、とミュウが頭を下げる。イーハンが書庫は上だと部屋の隅にあった階段を指さして、そこへ向かおうとするとフィルだけが呼び止められた。
「あんたは残りな」
「嫌だが?」
なんであんなにマージを嫌うんだろう?その答えはイーハンがすぐに教えてくれた。螺旋階段をのぼりながら。
「一時期、マージがフィルの力に興味を持ってね。まぁ、研究対象ってやつで…」
そこで区切ってイーハンは振り返る、知ってる?一段下にいるミュウをじっと見る。
「見たか?」
その言い方はまるで夢で見たか?と問うているようだった。フィルが蒼い炎を操ることは知っている、どんなものか見てはいない。ただ読んだだけだ、皆を守る蒼い炎。ミュウは曖昧に頷いた、それをイーハンがどう解釈したかはわからない。ただ、そうかとだけ言った。
それから足を動かしながらイーハンは研究について教えてくれた。まず蒼い炎はどれほど熱いのか、なにをどれだけ燃やせるのか。
「この森を焼き払ってもいい、とかマージが言うものだから父上が怒ってな。それは無しになったんだよ。あとは空腹時にも同じ力が出せるのかとか、鉄は溶かせるのか。逆に最小の力ではどれほどなのか、とかね。ちなみにフィルは小さい力は苦手なようだ、蝋燭に火をつけるだけのことにえらく難儀していた」
イーハンは実に饒舌に話してくれた。そこには憧れのようなものも感じるし、尊敬も親しみも混じっていて嫌な感じはしない。
「ここだよ」
途中ひとつ部屋を経由したその先、そこは本だらけだった。本棚に収まりきらずに床に直に積み上げられている。これはどこから手をつければいいのか…。足を踏み入れ視線を泳がせてみてもわからない。
「なぁ、どっから見たら…」
いいん?とは言えなかった。振り返った先にいるイーハンの表情が固い、視線で殺せるならきっと今の自分は瀕死だ。
「私もマージの研究対象だった。布越しでも心を読めるのか。手ではなくて他の部分で触れた時と手で触れた時に読みとれる情報は違うのか」
コツコツと靴音を鳴らしてイーハンがミュウに迫る。
「相手のどこに触れれば心の深部まで読みとれるのか」
イーハンは手をかざした、ミュウがほんの少し身動ぎしただけで触れてしまいそうになる。固まってしまったミュウの表面をギリギリ触れない距離でイーハンの手のひらが滑っていく。顔はもう息がかかる距離で、怖くて目を閉じてしまいたいのにそれができない。
「ここだよ、額同士を合わせるんだ。それでもっと奥深くまで潜って心を読める。もし、君がこの先なにか我々に不利に働くことを黙っていたとしても無駄だ」
「……もし、もしも、フィルが戦場で不利になると、そう夢見たら、ど、どうする?」
カッとイーハンの目が見開かれた。ゴクリと唾を飲む音はどちらのものだったのか、ミュウはぎゅうと心臓の辺りを掴んだ。胸ポケットには鱗が入っていて無性にそれに縋り付きたくなった。
「そんなことはさせない」
「で、でも!それが、きっかけでこの国にすごい力が誕生する、と、したら、それは…」
「今ここに無いものよりあるものを私は優先する。私は心のままに生きていく、とそう決めたんだ」
良かった、イーハンの心に巣食っていた負の感情は本当に消えてしまっている。その選択は王族としては正しくないのかもしれない、けれど一人の友としてなら正しいと思う。
現実のイーハンはフィルを選んだ。ミュウの目が潤み、瞬きで涙が落ちた。
「私のヴェルタになにしてるんだ!お前は!!」
なんだか重く鈍い音がしたかと思えば、目の前はイーハンからフィルに変わってしまっていた。鬼の形相とはこれか、と驚きのあまり明後日のことを考えたミュウの足元で蒼い炎が揺らめいていた。
″尖塔の魔女″と呼ばれる星見、大層な婆だとフィルは言っていた。これが婆?とミュウは相対した魔女を上から下までまじまじと見た。
豊かな艶のある黒髪は緩やかに波打って、耳には金色の大きな輪っかがついている。びっしりと生えた睫毛は上を向き、細身のスカートから覗く足は白く艶かしい。
「なんだい、じろじろ見て失礼な子だね」
腕を組んでふんっと鼻を鳴らす婆、その腕に豊満な胸が乗っかっている。
「…フィル、婆ちゃうやん。めっちゃ綺麗な人やんか」
ミュウの放った言葉に魔女は目を見開き、婆ちゃう…の辺りで思い切りフィルの鳩尾に拳を入れた。魔女はミュウとおっつかっつの小柄だった。
「ミュウ、よく見ろ。ものすごく厚塗りだ」
それにまた魔女は一発入れたがフィルは微動だにせず、逆に婆がプラプラと手を振って痛がっていた。
それを見て、いつもこんな感じなんだとイーハンが耳打ちしてくれた。ぱちりとウィンクする様はあの無表情だったイーハンからは考えられない。色々と吹っ切れたように見える。
「で?あたしになんの用だい?」
「あ、あの魔女さんは昔の本とか集めてるって…それ見せてほしいなって、夢見のこと知りたくて」
魔女は目をぱちくりとさせ、今度はミュウがまじまじと見られる羽目になってしまった。見られるだけじゃなく、上の瞼も下の瞼も上下され、舌を出せと言われて舌も出した。ぺたぺたと頬や首や肩、腕や腰も触られた。
「あたしは魔女じゃなくて、マージって名前だ。あんた夢見かい?」
「あ、えーと多分?」
「しゃんとおし!」
「はい!夢見でしゅ!」
そうかい、と魔女改めマージはミュウが勢い余って噛んでしまったことには言及しなかった。
「夢見のことが書かれている書物は少ない。それだけ夢見という力を持つ者が少なかったのか、それともただ記録にないのかはわからない。それでも良けりゃイーハンに案内してもらいな」
そう言うとマージはしっしっと追い払うようにミュウに手を振る。ありがとう、とミュウが頭を下げる。イーハンが書庫は上だと部屋の隅にあった階段を指さして、そこへ向かおうとするとフィルだけが呼び止められた。
「あんたは残りな」
「嫌だが?」
なんであんなにマージを嫌うんだろう?その答えはイーハンがすぐに教えてくれた。螺旋階段をのぼりながら。
「一時期、マージがフィルの力に興味を持ってね。まぁ、研究対象ってやつで…」
そこで区切ってイーハンは振り返る、知ってる?一段下にいるミュウをじっと見る。
「見たか?」
その言い方はまるで夢で見たか?と問うているようだった。フィルが蒼い炎を操ることは知っている、どんなものか見てはいない。ただ読んだだけだ、皆を守る蒼い炎。ミュウは曖昧に頷いた、それをイーハンがどう解釈したかはわからない。ただ、そうかとだけ言った。
それから足を動かしながらイーハンは研究について教えてくれた。まず蒼い炎はどれほど熱いのか、なにをどれだけ燃やせるのか。
「この森を焼き払ってもいい、とかマージが言うものだから父上が怒ってな。それは無しになったんだよ。あとは空腹時にも同じ力が出せるのかとか、鉄は溶かせるのか。逆に最小の力ではどれほどなのか、とかね。ちなみにフィルは小さい力は苦手なようだ、蝋燭に火をつけるだけのことにえらく難儀していた」
イーハンは実に饒舌に話してくれた。そこには憧れのようなものも感じるし、尊敬も親しみも混じっていて嫌な感じはしない。
「ここだよ」
途中ひとつ部屋を経由したその先、そこは本だらけだった。本棚に収まりきらずに床に直に積み上げられている。これはどこから手をつければいいのか…。足を踏み入れ視線を泳がせてみてもわからない。
「なぁ、どっから見たら…」
いいん?とは言えなかった。振り返った先にいるイーハンの表情が固い、視線で殺せるならきっと今の自分は瀕死だ。
「私もマージの研究対象だった。布越しでも心を読めるのか。手ではなくて他の部分で触れた時と手で触れた時に読みとれる情報は違うのか」
コツコツと靴音を鳴らしてイーハンがミュウに迫る。
「相手のどこに触れれば心の深部まで読みとれるのか」
イーハンは手をかざした、ミュウがほんの少し身動ぎしただけで触れてしまいそうになる。固まってしまったミュウの表面をギリギリ触れない距離でイーハンの手のひらが滑っていく。顔はもう息がかかる距離で、怖くて目を閉じてしまいたいのにそれができない。
「ここだよ、額同士を合わせるんだ。それでもっと奥深くまで潜って心を読める。もし、君がこの先なにか我々に不利に働くことを黙っていたとしても無駄だ」
「……もし、もしも、フィルが戦場で不利になると、そう夢見たら、ど、どうする?」
カッとイーハンの目が見開かれた。ゴクリと唾を飲む音はどちらのものだったのか、ミュウはぎゅうと心臓の辺りを掴んだ。胸ポケットには鱗が入っていて無性にそれに縋り付きたくなった。
「そんなことはさせない」
「で、でも!それが、きっかけでこの国にすごい力が誕生する、と、したら、それは…」
「今ここに無いものよりあるものを私は優先する。私は心のままに生きていく、とそう決めたんだ」
良かった、イーハンの心に巣食っていた負の感情は本当に消えてしまっている。その選択は王族としては正しくないのかもしれない、けれど一人の友としてなら正しいと思う。
現実のイーハンはフィルを選んだ。ミュウの目が潤み、瞬きで涙が落ちた。
「私のヴェルタになにしてるんだ!お前は!!」
なんだか重く鈍い音がしたかと思えば、目の前はイーハンからフィルに変わってしまっていた。鬼の形相とはこれか、と驚きのあまり明後日のことを考えたミュウの足元で蒼い炎が揺らめいていた。
30
お気に入りに追加
174
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
推しぬいを作って愛でてたら、本人に見られた
チョロケロ
BL
幼馴染の翔平に恋をしている比呂は、その気持ちを伝えるつもりはなかった。その代わりに翔平のぬいぐるみを作って愛でていたら、その姿を本人に目撃されてしまうのであった。
※宜しくお願いします。
※ムーンライトノベルズ様でも公開しています。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる