夢見のミュウ

谷絵 ちぐり

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転生遊戯

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 魔女が住む塔は王城にほど近い森の中にあった。都は半円状なので城の裏側は広大な森になっていて緑の中に尖った先っぽが見えた。
 ″尖塔の魔女″と呼ばれる星見、大層な婆だとフィルは言っていた。これが婆?とミュウは相対した魔女を上から下までまじまじと見た。
 豊かな艶のある黒髪は緩やかに波打って、耳には金色の大きな輪っかがついている。びっしりと生えた睫毛は上を向き、細身のスカートから覗く足は白く艶かしい。

「なんだい、じろじろ見て失礼な子だね」

 腕を組んでふんっと鼻を鳴らす婆、その腕に豊満な胸が乗っかっている。

「…フィル、婆ちゃうやん。めっちゃ綺麗な人やんか」

 ミュウの放った言葉に魔女は目を見開き、婆ちゃう…の辺りで思い切りフィルの鳩尾に拳を入れた。魔女はミュウとおっつかっつの小柄だった。

「ミュウ、よく見ろ。ものすごく厚塗りだ」

 それにまた魔女は一発入れたがフィルは微動だにせず、逆に婆がプラプラと手を振って痛がっていた。
 それを見て、いつもこんな感じなんだとイーハンが耳打ちしてくれた。ぱちりとウィンクする様はあの無表情だったイーハンからは考えられない。色々と吹っ切れたように見える。

「で?あたしになんの用だい?」
「あ、あの魔女さんは昔の本とか集めてるって…それ見せてほしいなって、夢見のこと知りたくて」

 魔女は目をぱちくりとさせ、今度はミュウがまじまじと見られる羽目になってしまった。見られるだけじゃなく、上の瞼も下の瞼も上下され、舌を出せと言われて舌も出した。ぺたぺたと頬や首や肩、腕や腰も触られた。

「あたしは魔女じゃなくて、マージって名前だ。あんた夢見かい?」
「あ、えーと多分?」
「しゃんとおし!」
「はい!夢見でしゅ!」

 そうかい、と魔女改めマージはミュウが勢い余って噛んでしまったことには言及しなかった。

「夢見のことが書かれている書物は少ない。それだけ夢見という力を持つ者が少なかったのか、それともただ記録にないのかはわからない。それでも良けりゃイーハンに案内してもらいな」

 そう言うとマージはしっしっと追い払うようにミュウに手を振る。ありがとう、とミュウが頭を下げる。イーハンが書庫は上だと部屋の隅にあった階段を指さして、そこへ向かおうとするとフィルだけが呼び止められた。

「あんたは残りな」
「嫌だが?」

 なんであんなにマージを嫌うんだろう?その答えはイーハンがすぐに教えてくれた。螺旋階段をのぼりながら。

「一時期、マージがフィルの力に興味を持ってね。まぁ、研究対象ってやつで…」

 そこで区切ってイーハンは振り返る、知ってる?一段下にいるミュウをじっと見る。

か?」

 その言い方はまるで夢で見たか?と問うているようだった。フィルが蒼い炎を操ることは知っている、どんなものか見てはいない。ただ読んだだけだ、皆を守る蒼い炎。ミュウは曖昧に頷いた、それをイーハンがどう解釈したかはわからない。ただ、そうかとだけ言った。
 それから足を動かしながらイーハンは研究について教えてくれた。まず蒼い炎はどれほど熱いのか、なにをどれだけ燃やせるのか。

「この森を焼き払ってもいい、とかマージが言うものだから父上が怒ってな。それは無しになったんだよ。あとは空腹時にも同じ力が出せるのかとか、鉄は溶かせるのか。逆に最小の力ではどれほどなのか、とかね。ちなみにフィルは小さい力は苦手なようだ、蝋燭に火をつけるだけのことにえらく難儀していた」

 イーハンは実に饒舌に話してくれた。そこには憧れのようなものも感じるし、尊敬も親しみも混じっていて嫌な感じはしない。

「ここだよ」

 途中ひとつ部屋を経由したその先、そこは本だらけだった。本棚に収まりきらずに床に直に積み上げられている。これはどこから手をつければいいのか…。足を踏み入れ視線を泳がせてみてもわからない。

「なぁ、どっから見たら…」

 いいん?とは言えなかった。振り返った先にいるイーハンの表情が固い、視線で殺せるならきっと今の自分は瀕死だ。

「私もマージの研究対象だった。布越しでも心を読めるのか。手ではなくて他の部分で触れた時と手で触れた時に読みとれる情報は違うのか」

 コツコツと靴音を鳴らしてイーハンがミュウに迫る。

「相手のどこに触れれば心の深部まで読みとれるのか」

 イーハンは手をかざした、ミュウがほんの少し身動ぎしただけで触れてしまいそうになる。固まってしまったミュウの表面をギリギリ触れない距離でイーハンの手のひらが滑っていく。顔はもう息がかかる距離で、怖くて目を閉じてしまいたいのにそれができない。

「ここだよ、額同士を合わせるんだ。それでもっと奥深くまで潜って心を読める。もし、君がこの先なにか我々に不利に働くことを黙っていたとしても無駄だ」
「……もし、もしも、フィルが戦場で不利になると、そう夢見たら、ど、どうする?」

 カッとイーハンの目が見開かれた。ゴクリと唾を飲む音はどちらのものだったのか、ミュウはぎゅうと心臓の辺りを掴んだ。胸ポケットには鱗が入っていて無性にそれに縋り付きたくなった。

「そんなことはさせない」
「で、でも!それが、きっかけでこの国にすごい力が誕生する、と、したら、それは…」
「今ここに無いものよりあるものを私は優先する。私は心のままに生きていく、とそう決めたんだ」

 良かった、イーハンの心に巣食っていた負の感情は本当に消えてしまっている。その選択は王族としては正しくないのかもしれない、けれど一人の友としてなら正しいと思う。
 現実のイーハンはフィルを選んだ。ミュウの目が潤み、瞬きで涙が落ちた。
 
「私のヴェルタになにしてるんだ!お前は!!」

 なんだか重く鈍い音がしたかと思えば、目の前はイーハンからフィルに変わってしまっていた。鬼の形相とはこれか、と驚きのあまり明後日のことを考えたミュウの足元で蒼い炎が揺らめいていた。


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