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夢を見る

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泡沫のような夢を見る。
幼い頃、三日三晩高熱を出した。
原因はよくわからず、医者が出した結論は転んだ時にできた傷跡に何かしらの菌が入ったのだろうということだった。
んな阿呆な、という診断結果だったが父母は頷くしかなかった。
瀬戸内に浮かぶ小さな島にはそこしか診療所がなく、後々のことを考えると心象を悪くしたくないという思いが父母にはあったのだ。

三日三晩苦しんだ高熱は四日目の朝にはケロリと下がった。
起き抜けに開口一番言った言葉は今でも父母の笑い話によく上る。

「おっとう、おっかぁ、琴乃様は無事か?」

パパ、ママと言っていた幼子が発した言葉は異質だったが、解熱した安堵感で父母は涙ながらに笑った。
もう大丈夫よ、それが解熱したからなのか琴乃様のことなのかわからなかったがかけるはほわりと笑った。


それから、翔は度々夢を見る。
夢の中の少年は14歳程で、顔は真っ黒に日焼けしていた。
漁師のおっとうと共に海に出て、魚を網で獲った。
海は凪いでいて白いさざ波が遠くまで連なっている。

「おっとう、うさぎが跳ねとるようじゃ」
「はっはっ、佐斗さとは面白いことを言いよる」

おっとうは笑いながらグイグイと網を引き揚げる。
それを手伝いながら佐斗も同じように笑った。
弾けるような佐斗の笑顔は日差しに輝いている。


翔は目を覚ますと自分の手をかざして見る。
白くはないが日焼けもしていない。
なんの変哲もない男子中学生の手だ。
瀬戸内に浮かぶ菱島ひしじまは人口3000人程の島で島民の殆どが漁業に携わっている。
その中にあって翔の父母は二人共が島外から来た人間で、父は市役所の出張所、母は食堂で働いている。
なので、もちろん翔は漁などしたことはない。
いや学校の行事で地引網は体験したか、とぼんやり思い出す。
あの高熱を出した時から夢を見る。
幼い頃はそれが何かもわからなかったし、覚えていないことの方が多かった。
それが歳を重ねるにつれ、夢は鮮明になり見る頻度もどんどん上がっていった。
前世の夢、というのはありきたりだろうか。
微睡みながら纏まらない考えを巡らせていると布団をひっぺがされた。

「翔!いつまで寝とんの!?早う起きてご飯食べて」
「ふぁ~い」

翔はポリポリと腹をかきながら起きて2階の自室から階下へと向かった。
食卓には既に父が食べ終わろうとしており、翔を見るとおはようと言う。

「翔、遅うまで勉強しとったんか?」
「あー、いや?まあ、うん」
「気張っていかな落ちるぞ」

父は揶揄う様に笑って席を立った。
島に高校は無いので島外の高校を受験する。
島から通うのは難しいので寮のあるE高校を翔は目指している。
ただ、なかなかに偏差値が高い。
翔は落ちたら裏に住んでる諸角もろずみのおっちゃんに漁師の弟子入りしよう、と密かに考えていた。


「かっちゃん、まだあの変な夢見る?」
「うん、なんで?」
「やっぱり前世なんじゃね?」
「オレの前世は漁師かー」

翔は友人でもあり幼馴染の勇輝ゆうきと中学までの道をのんびりと歩く。

「もっとかっこいいのが良かったなー」
「中世の騎士とか?」
「そうそう」

歩きながら、話ながら、通学路に立つ小学生を拾って行く。
学校は島に一校だけで小中と合同だ。

「まぁた、かーくんの夢の話?」

5年生の瑞希みずきが話に割り込んでくる。

「それはね、きっと前世からのメッセージなのよ」
「なんのメッセージだよ、漁師が」

女の子の瑞希は夢見がちで、この間読んだにそんな話があったと言う。
なんだそれ、と翔と勇輝は笑う。
もしメッセージであれば、と翔は誰にも悟られように考える。
一度だけ見たあの夢。
熱に浮かされながら朧気に覚えているあの夢。
佐斗と呼ばれていた少年は海に沈む。
琴乃様を庇って海に落ちていった佐斗。
あれは何のメッセージなんだよ、と翔は思う。


それからも翔は夢を見続けた。
最初は俯瞰で見ていたそれが、回を重ねる事に距離が縮まっていく。
そして、とうとう高校生になる頃には、翔は佐斗になっていた。
佐斗の目線で見るおっとうにおっかぁ。
土間にはかまどがあり、竹筒で火をおこして飯を炊く。
お菜は干物に出来なかった小魚や、ざく切りにした菜っ葉を醤油でたいたもの。
佐斗になった翔はそれを食べる。
ただ、味も匂いも全くわからない。
けれど、佐斗のお腹も気持ちも満たされているのはわかるのでそんな時は翔も嬉しくなった。
朝早く起きて海に出て、帰るとおっかぁと魚を捌いたりおっとうと舟の修繕をしたり網を直したり。
どの家の子も家の仕事を手伝っていて、遊んでいるのは本当に小さな幼子だけだ。
それでも合間を見つけては佐斗は同じ漁師仲間の喜一きいちと会ったりしていた。

「きいっちゃん、それほんまか?」
「あぁ、さじ三雲みくも先生が昨日来たんよ。ほんで、あの化け物屋敷を修繕して人を住まわせるって」
「誰を住まわせるんな」
「それは、、、その・・・」
「きいっちゃん、それ盗み聞きしとっておっちゃんにバレたんやろう」

図星だったのか喜一は真っ赤な顔で砂浜の砂をいじいじと触った。
それを見て佐斗は大声で笑いながら喜一の肩を叩いた。

「ま、おっつけわかることやからええやろ」

佐斗はそう言って喜一と共に家に帰った。
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