[本編終了]余りものオメガのシェアハウス

谷絵 ちぐり

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やっぱりこの人

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へぷちっと周平はくしゃみをして羽織ったパーカーのジッパーを閉めた。
雨の日の昼寝で三人共に鼻水が出るようになった。
こたつ作ろうかなぁ、と考えながら周平はマナベでのバイトを終えて家まで歩く。

「あれは・・・」

家の前に立つ人物に周平は駆け寄った、頭より心よりも先に足が動いたのだ。
走りながら、ん?と思う、二人いる。

「武さん!」

周平の声に振り返った武尊はピシリとスーツを着こなしていた。
髪もセットされ、うわぉかっこいいと一も二もなく周平は武尊に飛びついた。
アレコレと考えていた頭と沈んでいた心がこの瞬間に吹っ飛んでいく。
ぎゅうと抱きしめられ大きく深呼吸して匂いを取り込んでいる武尊。

「ごめん、ほんとはちゃんと謝ってシュウの気持ちを聞かなきゃいけないのにごめん、シュウがいないと眠った気にならない。シュウのフェロモンちょうだい」
「・・・いいけど、ここじゃあれだから家はいろ。このままでいいから抱っこしていって」

肩口に顔を埋めたままの武尊がその言葉でグイッと周平を抱き上げて、玄関まで歩く。
もう一人いた男も着いてきて、誰?と周平の頭はちんぷんかんぷんだった。
ただいまーと言うも返事がない、大和と侑はどこか出かけているのかもしれない。
リビングでも胡座をかいたそこに収められ、幾分か冷静になった周平はさてどうしたものかとチラリと名も知らぬ男を窺った。

「私の事はお気になさらず。まずは、桐生さんを落ち着かせてください」
「はぁ、でもそういうわけにも・・・」
「あ、申し遅れました。私、弁護士の友倉ともくらと言います」

こたつの上に置かれた名刺には『T&J弁護士事務所  友倉泰明ともくらやすあき』とあった。
なんで弁護士?と首を傾げるも、友倉は何も言わず正座したまま微笑むだけだ。
そのままコチコチと時間が進み、お茶も出さずに失礼ではないか?と思い始めた頃やっと肩口から武尊が離れていった。
腕はまだ腹に回っている。

「友倉さん、お願いします」
「はい」
「いや、ちょ、お茶くらい出そうよ」


そんなわけで武尊をひっぺがし周平はコーヒーを淹れて、スティックシュガーを三本出したが友倉は使わなかった。
もしや自分がおかしいのだろうか、と思う周平の前に出された四通の白い封筒には各々名前が書かれていたがさっぱり心当たりがない。
友倉はタブレットを取りだし、こちらの封筒の説明をさせて頂きますと右端の封筒を差した。

「まずこちら、城田陽菜しろたひなさん。桐生さんが最初にお付き合いされた方です」
「は?」
「桐生さんの特殊体質が薬により軽減されたのはご存知ですね?そこで、最初にお付き合いされたオメガの方です。交際期間は四ヶ月ほど、体の関係は三回ありました。城田さんから別れを告げられ、理由は・・・ヤリ殺される恐怖を感じたそうです」
「へ?」
「彼女とは、まあ今現在もそうですが改めて今後一切の関わりを持たないと確約を取り付けております。どこかで偶然会っても目も合わせず話もしない、と」
「では次、本宮もとみやあやみさん。彼女はベータです。交際期間は三ヶ月ほど、別れは本宮さんから告げられました。体の関係は一回、その一回でアルファだと露呈しついていけないと。彼女とも先程同様の確約を取り付けております」

では次、と三通目を差す友倉に周平はちょっと待った!と声をあげた。

「なんなの、これは」
「桐生さんから竹田さんが今後安心できるようにしたい、と依頼を受け彼女たちを探しだしました。ご安心ください、桐生さんはお会いしておりません。全ての交渉は私、友倉が請け負いました」
「いやいやいや、俺こんなの望んでないけど」

友倉のそうでしょうねとでも言いたげな生ぬるい視線が周平の心に刺さる。

「で、この封筒の中身は?」
「先程の話の詳細です」
「いりません」
「シュウ、まだ怒ってる?いっそ、国外へ行く?」
「違う違う、なんでそんなアクロバティックな方向へいくの」
「僕には疚しいことなんてないってわかってほしくて。シュウだけが好きだから」

しゅんと小さくなる様は濡れた鼠でようで、よく見ればなくなっていた隈がまたできていた。
肌艶も悪い気がする、いやしかしだからってこれは・・・。

「では、あとの二人は後ほどそちらを確認していただくとして。まあ、どれもさほど変わりはありませんが。ここからは今後のお話をさせていただきます」 
「今後?」
「桐生さんが現在保有している資産、主に預貯金や桐生さんがデザインしたイラストの使用料などは全て竹田さんに・・・」
「ストップ!ストップ!」

ごくごくと温くなった甘いコーヒーを飲んで周平は武尊に向き直って、バチンと両頬を挟み込んだ。

「あのね、こんなことしないでいいの。それより二人で話し合うべきだろ?アルファが焼きもちやきなのは知ってるけど、どうしようもないこと言われても困るわけ。そりゃ、ずるいって言っちゃったけどそんなん売り言葉に買い言葉でしょ!」
「ひゃい」
「顔も見られなかったこの10日間くらい俺がどんな思いしたかわかってんの!?」
「らって、ひゅーがみらくないって」
「それでも!好きって言い続けてくれたらいいだろ?」

たらりと鼻水が垂れて、瞬きをすると涙が落ちた。

「寂しかったけど、マッスルバーには行かなかったよ」
「シュウ・・・」
「けど、これから寂しくなったらまた行くかも」
「駄目だ!」
「じゃ、傍にいて」

ごめんね、気持ちを押し付けてごめんと武尊は周平をかき抱き何度も謝った。
ずるずると鼻水をすすりながら、大好きな温かい胸に顔を埋める。
なんでこの人はこんなにとんちんかんなんだろう。
なんでこのとんちんかんが好きなんだろう、だけどもう武尊が居ない日常が想像できないなと周平は思った。

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