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ひりつく気持ち
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付加価値か、と卯花はパタパタと手洗いに駆けていく後姿に視線を送る。
確かにアルファというものは、庇護欲を唆る華奢で儚げなオメガが好きだ。
なぜなら己が強いとわかっているから、それを庇護すべき存在だと本能が知っているから。
けれど外見など取っ掛りに過ぎない、愛しいと思う気持ちの前ではそんなものは無価値なのだ。
大和は確かに可愛らしい容姿というわけではない、だが凛としたシャープな美しさがある。
破顔した時のギャップがたまらないと思うが、そういう表情はごく一部の親しい者にしか見せてこなかったのだろう。
目の前で生み出される料理を興味深く見つめ、映画の感想を語る様は無邪気で愛らしく内面の可愛らしさは群を抜いている。
可能ならば写真に収めてあとでじっくり眺めたいくらいなのに。
「・・・遅いな」
手洗いに行ってからそれなりに時間が経っている、店の奥から視線を外すことなく卯花は独りごちた。
グラスに入ったミックスジュースの氷は溶け二層になってしまっていた。
カチャリと小さな音をたてて覗いてみた手洗いは個室がひとつに洗面台がひとつ。
個室の扉が閉じられ囁くような声が聞こえ、卯花はそっと足音を立てないように個室に耳を傾けた。
「──・・・もっかいおさらいしよう。お喋りはダメ、自分のことばっかりはダメ。相手の話をちゃんと聞いて、そこから話を広げ・・・これはダメ。ダメだった。スマホは触らない。距離感を間違えない。笑顔を心がける。お礼を言う・・・」
ぶつぶつとなにか読んでいるような抑揚のない声が耳に入ってくる。
声をかけるべきかどうすべきか、考えあぐねていると不意に個室のドアが開いた。
「ぅうぶっ、ごめんなさい。すみません」
トスンと肩口に飛び込んできた大和の手からスマホが音を立てて落ちた。
鼻を抑えた大和の代わりに拾い上げたそれ、写真か?見ればテキストのようなものに手書きの文字。
丸みを帯びた文字は『恋人繋ぎをしてみたい』『おそ』・・・
「わぁーーっ!卯花さん!?」
慌てた声と取り上げられたスマホ、恥ずかしさからかなんなのか潤んだ瞳と耳まで赤い顔が可愛い。
こんなに魅力的なのに、と思う。
「遅かったから具合でも悪いのかと思って大丈夫?」
大丈夫だとでも言うようにぶんぶんと縦に振る首、勢いがつきすぎて髪が乱れてしまっている。
睫毛にかかった髪を払ってやろうとしたらパンと弾かれた。
驚いた表情が条件反射的に手を出したのだとわかる。
「ご、ごめ・・・」
「いいや、こっちこそ急に手を出して驚いたね?ごめんね。先に席に戻ってるから、気にしないでいいから」
できるだけ柔らかく聞こえるように声をかけ手洗いを後にした。
元凶はあれか、と見てしまったスマホを思い返して卯花は溜息を吐いた。
そういえばランチの最後に皿を鳴らしたこと、フォークを落としたことを酷く狼狽えていた。
気にしないで、と言ったがきっとアレが頭を過ぎったに違いない。
アルファというのはどうしようもないな、長い歴史の中で従順なオメガが好まれてきたのだろうと思うといたたまれない。
「あの、すみません」
「あぁ、大丈夫?」
はい、と答えた声音は先程まで楽しそうに映画の感想を語っていた時とは全然違った。
「ごめんなさい、楽しくないですよね?その、デートとか初めてで」
「そんなことないよ?」
「それは・・・卯花さんが大人、だから。上手く感情を隠してるんだと」
「そうかな?結構、顔に出るタイプだと思うんだけど」
「え?」
「松下君に会ったばかりの頃、あの頃の俺は今までの気持ちと新しい気持ちの間で取り繕うこともできなかったから、松下君には随分嫌な思いをさせたんじゃないかな」
あぁと思い至る節があるのか大和がぷっと吹き出した。
忘れてました、と笑う。
「だろう?だから気負わなくていいよ。俺は楽しいよ、興味深そうにシェフの手元を見ているのも、美味しそうに食べているのも、たくさん話してもらえるのも。君のことをひとつひとつ知っていくことが嬉しくて仕方ない。それに、あの祭りも文化祭も競馬観戦もグループデートみたいなものじゃないかな。俺はそのつもりだったんだけど」
「あ・・・」
「嫌だったら今日も誘ってないし、前もって映画のチケットを用意したりもしないよ。一生懸命頑張ってるんだ。君がかけてくれた言葉で前を向けた、振り向くことはもうないと思う。今度はありのままの松下君が俺のことを見てくれればいいなと思ってる」
「それは、そんなのは・・・まるで告白みたいです」
あぁ参ったな、と卯花を片手で顔を舐めた。
相手を想えば想うほど、気持ちというものは意図せず溢れてしまうらしい。
俯いてしまった大和の表情はわからないけれど、鼻の先まで赤いのは見てとれた。
「困ったな・・・」
「あ、ですよね、また勘違いしそうになって・・・」
「本当は夜景の綺麗なレストランとか、豪華客船の甲板でとか、誕生日に大きな花束を持ってとか・・・あぁ膝まづいて愛を乞うのもいいし、ビルの電光掲示板に愛のメッセージを表示させるのもいいな」
大和の肩が揺れている、ふっふっと堪えた笑いが我慢しきれずあははと声をあげた。
「卯花さん、ドラマとか映画に影響されすぎ」
「嫌いかな?」
「いえ、きっと誰もが一度は憧れるシチュエーションだと思います。でも・・・」
「でも?」
「そんなものより、卯花さんがかけてくれた言葉のほうが嬉しいです」
「じゃ、デートは続行で?」
「はい、よろしくお願いします」
ふにゃりと蕩けたような笑みに、やっぱり参ってしまう。
カフェを出て夕暮れの道を並んで歩いた、有無を言わせず繋いだ手は指を絡めて恋人繋ぎにした。
絡めた指先からひりひりとした熱があがって、胸に心地よい痛みが走る。
してみたいことのひとつを叶えてあげることができていれば嬉しい。
気長にゆっくり、望むものを全て叶えてやりたいと思う。
確かにアルファというものは、庇護欲を唆る華奢で儚げなオメガが好きだ。
なぜなら己が強いとわかっているから、それを庇護すべき存在だと本能が知っているから。
けれど外見など取っ掛りに過ぎない、愛しいと思う気持ちの前ではそんなものは無価値なのだ。
大和は確かに可愛らしい容姿というわけではない、だが凛としたシャープな美しさがある。
破顔した時のギャップがたまらないと思うが、そういう表情はごく一部の親しい者にしか見せてこなかったのだろう。
目の前で生み出される料理を興味深く見つめ、映画の感想を語る様は無邪気で愛らしく内面の可愛らしさは群を抜いている。
可能ならば写真に収めてあとでじっくり眺めたいくらいなのに。
「・・・遅いな」
手洗いに行ってからそれなりに時間が経っている、店の奥から視線を外すことなく卯花は独りごちた。
グラスに入ったミックスジュースの氷は溶け二層になってしまっていた。
カチャリと小さな音をたてて覗いてみた手洗いは個室がひとつに洗面台がひとつ。
個室の扉が閉じられ囁くような声が聞こえ、卯花はそっと足音を立てないように個室に耳を傾けた。
「──・・・もっかいおさらいしよう。お喋りはダメ、自分のことばっかりはダメ。相手の話をちゃんと聞いて、そこから話を広げ・・・これはダメ。ダメだった。スマホは触らない。距離感を間違えない。笑顔を心がける。お礼を言う・・・」
ぶつぶつとなにか読んでいるような抑揚のない声が耳に入ってくる。
声をかけるべきかどうすべきか、考えあぐねていると不意に個室のドアが開いた。
「ぅうぶっ、ごめんなさい。すみません」
トスンと肩口に飛び込んできた大和の手からスマホが音を立てて落ちた。
鼻を抑えた大和の代わりに拾い上げたそれ、写真か?見ればテキストのようなものに手書きの文字。
丸みを帯びた文字は『恋人繋ぎをしてみたい』『おそ』・・・
「わぁーーっ!卯花さん!?」
慌てた声と取り上げられたスマホ、恥ずかしさからかなんなのか潤んだ瞳と耳まで赤い顔が可愛い。
こんなに魅力的なのに、と思う。
「遅かったから具合でも悪いのかと思って大丈夫?」
大丈夫だとでも言うようにぶんぶんと縦に振る首、勢いがつきすぎて髪が乱れてしまっている。
睫毛にかかった髪を払ってやろうとしたらパンと弾かれた。
驚いた表情が条件反射的に手を出したのだとわかる。
「ご、ごめ・・・」
「いいや、こっちこそ急に手を出して驚いたね?ごめんね。先に席に戻ってるから、気にしないでいいから」
できるだけ柔らかく聞こえるように声をかけ手洗いを後にした。
元凶はあれか、と見てしまったスマホを思い返して卯花は溜息を吐いた。
そういえばランチの最後に皿を鳴らしたこと、フォークを落としたことを酷く狼狽えていた。
気にしないで、と言ったがきっとアレが頭を過ぎったに違いない。
アルファというのはどうしようもないな、長い歴史の中で従順なオメガが好まれてきたのだろうと思うといたたまれない。
「あの、すみません」
「あぁ、大丈夫?」
はい、と答えた声音は先程まで楽しそうに映画の感想を語っていた時とは全然違った。
「ごめんなさい、楽しくないですよね?その、デートとか初めてで」
「そんなことないよ?」
「それは・・・卯花さんが大人、だから。上手く感情を隠してるんだと」
「そうかな?結構、顔に出るタイプだと思うんだけど」
「え?」
「松下君に会ったばかりの頃、あの頃の俺は今までの気持ちと新しい気持ちの間で取り繕うこともできなかったから、松下君には随分嫌な思いをさせたんじゃないかな」
あぁと思い至る節があるのか大和がぷっと吹き出した。
忘れてました、と笑う。
「だろう?だから気負わなくていいよ。俺は楽しいよ、興味深そうにシェフの手元を見ているのも、美味しそうに食べているのも、たくさん話してもらえるのも。君のことをひとつひとつ知っていくことが嬉しくて仕方ない。それに、あの祭りも文化祭も競馬観戦もグループデートみたいなものじゃないかな。俺はそのつもりだったんだけど」
「あ・・・」
「嫌だったら今日も誘ってないし、前もって映画のチケットを用意したりもしないよ。一生懸命頑張ってるんだ。君がかけてくれた言葉で前を向けた、振り向くことはもうないと思う。今度はありのままの松下君が俺のことを見てくれればいいなと思ってる」
「それは、そんなのは・・・まるで告白みたいです」
あぁ参ったな、と卯花を片手で顔を舐めた。
相手を想えば想うほど、気持ちというものは意図せず溢れてしまうらしい。
俯いてしまった大和の表情はわからないけれど、鼻の先まで赤いのは見てとれた。
「困ったな・・・」
「あ、ですよね、また勘違いしそうになって・・・」
「本当は夜景の綺麗なレストランとか、豪華客船の甲板でとか、誕生日に大きな花束を持ってとか・・・あぁ膝まづいて愛を乞うのもいいし、ビルの電光掲示板に愛のメッセージを表示させるのもいいな」
大和の肩が揺れている、ふっふっと堪えた笑いが我慢しきれずあははと声をあげた。
「卯花さん、ドラマとか映画に影響されすぎ」
「嫌いかな?」
「いえ、きっと誰もが一度は憧れるシチュエーションだと思います。でも・・・」
「でも?」
「そんなものより、卯花さんがかけてくれた言葉のほうが嬉しいです」
「じゃ、デートは続行で?」
「はい、よろしくお願いします」
ふにゃりと蕩けたような笑みに、やっぱり参ってしまう。
カフェを出て夕暮れの道を並んで歩いた、有無を言わせず繋いだ手は指を絡めて恋人繋ぎにした。
絡めた指先からひりひりとした熱があがって、胸に心地よい痛みが走る。
してみたいことのひとつを叶えてあげることができていれば嬉しい。
気長にゆっくり、望むものを全て叶えてやりたいと思う。
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