[本編終了]余りものオメガのシェアハウス

谷絵 ちぐり

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松竹梅流楽しみ方

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駅から競馬場までは長いメモリアルウォークを歩いていく。
松竹梅はこのメモリアルウォークが好きでゆっくりと馬の写真を眺めながら行く。

「シュウ、シュウ、馬と僕どっちがかっこいい!?」
「武さん、比べる次元が違うだろ」

あと足の速さも違う、と周平に言われた武尊はしょんぼりと写真に気を取られた周平が転ばないようにただ手を繋ぐだけになった。
その後ろを侑が同じように写真を眺めながら歩き、大和も一緒になってかっこいいねぇと話しながら歩く。
その後ろを弁当の入ったバスケットを提げて和明と卯花が歩いていた。
松竹梅は大きなリュックを背負っており、なにがそんな大荷物なのかさっぱりわからない。

「卯花さん、今日は?」
「また、日付と時間だけ送られてきて…」
「なんでそんなに武尊さんに逆らえないんですか?」
「九鬼財閥って言えば君だってわかるだろう?」
「ん?あぁ、あの九鬼?」
「桐生君はそこの直系の子孫だよ」

まさか、と和明は笑ったが卯花は笑わなかった。
それが答えなのだ、と思うと和明の喉が鳴る。

「何代か前の筆頭が使用人と駆け落ちしたらしい。今の九鬼はその派生だよ」
「そんな風に見えないけど…」
「以前君には竹田君の匂いがわかるわけないって言ったと思うけど、番ってなくても九鬼にはそういうことができるんだ。それくらい強い、遠い昔からこの国を牛耳ってきた一族だから」
「やっぱりそんな風に見えないけど」

確かにとやっと卯花が笑って、それにと目の前を歩く大和を見つめ、会いたかったしという言葉は飲み込んだ。


競馬場に入場してまず最初に松竹梅が向かったのはフードコートだった。
弁当あるのに?と首を傾げるアルファ三人を引き連れて、ラーメン屋のメニューを見上げる。

「シュウ、お弁当あるよ?」
「武さん、ここのラーメンは特別だから食べないと。昼には売り切れるから来たらすぐに食べるって決めてるの」
「特別ってなにが?」
「スープが日替わりなんだ」

レジカウンターの小さなホワイトボードには『本日のスープ牡蠣と帆立』と書いてある。
松竹梅が頼んだうま塩ラーメンは平打ちちぢれ麺で、肉厚のチャーシューに穂先メンマは柔らかくスープは黄金色だった。

「美味しいだろ?」

ハフハフ冷ましながら麺をすすり、チャーシューにかぶりついた唇は油でテラテラ光る。
もし今の飾らない屈託のない笑顔で三人がお見合いパーティに出席していたら、きっと早々に誰かに奪われていたかもしれない。
そう思うとそれぞれゾッとした。

「なんだよ、じっと見て。チャーシューはやらないから」
「え、武さん、俺もう食べちゃったよ」
「…卯花さん、チャーシューいります?」

丼を囲いこんでムッとする侑に、肩を竦めた周平、八の字眉で本当はあげたくないけどの思いが透けて見える大和。
あぁいいな、という素直な思いがストンとアルファ三人の胸に落ちてきた。
これは運命というものではなく、巡り合わせなのかもしれない。
自然にそうなるようになんらかの力が働いていた、そう言われてもきっと頷いてしまう。
何が欠けてもきっと出会わなかった。
厄介な体質でなければ今の会社でなく、もっと都心にある大手に就職していただろう。
父と祖父の仲が良好で同居でもしていたらあの病院での出会いはなかった。
二番目に早々にケリをつけて卯花書房の経営側に回っていたら、プロでもない刺繍作家なんて歯牙にもかけなかったはずだ。

「シュウ、僕のチャーシューあげる」
「欲しいなんて言ってないだろ」
「いや、松下君が食べて」

気軽にそんなことが言える武尊が羨ましいと思う和明と卯花だった。


ラーメンを食べ終わった一行は内馬場の広場へと向かう。
芝生に大きなシートを敷いて、松竹梅のリュックからはクッションが出てきた。

「「「 は? 」」」

驚くアルファ三人をよそにクッションを並べて、三人はごろんと寝転がる。
水色の空にはぷかぷかと雲が浮かび、心地良い風が吹き抜けていく。

「はぁ、やっぱこれよ」
「気持ちいいよねぇ」
「ちょっと寝ようかな」

無防備に寝転がる三人に、よくぞこれまで無事だったなという思いが立ち尽くす武尊達の胸に去来したのは言うまでもない。

その後、芝生でひとしきりごろごろとする松竹梅を眺める時間が終わり侑と和明はパドックまで足を延ばしていた。

「和明、知ってる?馬って血で走るんだって。たまに関係なく化けもんみたいな馬も出てくるけどさ、どんなに頑張ったって結局は血なんだって」
「へぇ、そうなんだ」
「俺らに似てるな。アルファの血、ベータの血、オメガの血」

目の前には手綱を引かれた競走馬が、柔らかい陽射しにその体を光らせて歩いている。
柵に凭れた侑は目を細めて、そよぐ風に髪が小さく揺れた。

「似てないよ、血で全てが決まるわけじゃない」
「そうか?和明は血の繋がらない関係に振り回されてるじゃん」
「振り回されてるのは父さんだよ。僕にとってはそんなの関係ないのに」

侑と同じようにぐたりと柵に体を寄せた和明の顔つきは険しい。
拗ねたその表情に、そう思ってるなら大丈夫だなと侑は頭を撫でて優しく笑いかけた。
まるで子どもを相手にするような態度に和明の眉間の皺はますます深くなったのであった。
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