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ぎゅっと近づく文化祭
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窓にぺたりと額をつけるとそこだけ油脂で滲んだ。
はぁと息を吐けば真っ白になって前が見えなくなる。
窓の向こうの武尊と周平に向けて傘を書いて、大和はふふっと笑う。
「松下君?」
「あ、終わりましたか?」
「あぁ、すまない」
首を振りながら、行きましょうかと大和は卯花に笑いかけた。
「中庭にテントがたくさん張ってありました。行ってみませんか?」
「あぁ、もちろん」
頷きながら卯花がチラと見た窓には消えかかった傘が書いてあって、無性に胸が苦しくなった。
中庭のテントで大和はクレープを卯花はフライドポテトを買った。
クレープは真四角に折られていて中身はチョコバナナと生クリームで、甘ったるくて安っぽくここでしか食べられない味がした。
「恋人さんと上手くいってないんですか?」
「上手くいくもなにも元だよ。仕事関係でもあるからなかなか難しくて」
「お兄さんが運命の人だったんですよね?卯花さんはちゃんと別れられたんですか?」
「え?」
「まだ終わってないから、相手の方も終われないんじゃないですか?」
少しづつクレープを口に運びながら大和の言うことに卯花は首を傾げた。
間違えたと言われて、二番目だと言われて、そんなのはもう終わってるじゃないか。
「僕なんかが言えることじゃないですけど、言葉にして終わらせるというのは大事なことだと思います」
「そんなのもう言ってる。好きじゃないって、これまで通りにはできないって」
「それは今の気持ちだと思うんです。始まりからここまでを伝えてみたらどうですか?いきなり結論を押し付けるんじゃなくて、その恋人をどう思っていたか、どんな気持ちで過ごしていたか。それを踏まえて、ちゃんと別れたいと言えばわかってくれるのかもしれません。その…卯花さん達の関係は特殊だと思うから」
「松下君はそういう経験あるの?」
思いがけないことを聞いたと言うように目を丸くする大和が、あははと笑った。
ふるふると首を振って、無い無いと言う。
「恋人なんていたことないですよ。ほら、こんなだからお見合いパーティでもあっくんとペー助にくっついてるからやっとお話してもらえる感じだったし」
「あぁ、ゆり花の…」
「でも、言葉にするのは大切だと思います。僕も言えば良かったなぁって思うことあるし。言ってもらえて良かったなぁって思うこともあります」
それは、と言いかけて卯花は口を噤んだ。
いくらなんでも踏み込み過ぎだと思ったからだ。
別れよう、別れたい、離れたい、好きだった、そんな気持ちを真摯に伝えればわかってくれるだろうか。
一方的な拒絶だけでなく、受け入れてから手を離す。
話し合いが足りなかったな、と卯花は秋の空に目を細めた。
「ポテトもらってもいいですか?」
「どうぞ」
「甘いの食べるとしょっぱいもの欲しくなりますよねぇ」
のんびりそう言って相好を崩す大和に、心が軽くなって同じように笑みを返した。
「やまち!!」
ん?と振り返ると侑がドンと大和に抱きついた。
「あっくん、どしたの?」
「お化け屋敷行かない?」
「あっくんが!?」
引き攣った表情の侑の背後には和明がいて、意味ありげにニコニコと笑っている。
またなにか煽られたのか、と大和は嘆息した。
お化け屋敷は大教室という普通の教室二つ分の教室で三年五組の出店だという。
『相性占いお化け屋敷』とおどろおどろしい看板を見上げて、相性?と侑は首を傾げた。
「なんだこれ」
「これは、二人組で入ってゴールで占い結果をもらうんだって」
ほら、と指された先の受付では二人組が紙になにやら書いている。
教室からはキャーと悲鳴めいた声も聞こえてきて、ゴクリと息を飲んだのは侑だけだった。
どう二人組になるのか少し揉めたが、和明が押し切って侑とペアになった。
大教室の中には暗幕が貼ってあり、蓄光シールが矢印だけ示している。
「手、繋ぐ?」
「はぁ?」
繋ぐわけないし、と侑は自分の体を抱くように腕を組んで歩き始めた。
以前なら、繋ごうぜとでも言ってただろうと和明は思いにんまりと笑う。
途中、頬に冷たいこんにゃくが掠めたり髪の乱れた女が不意に出てきたりして侑はひぃっと小さく声をあげた。
ダンボールで作った墓場も、暗がりとどこからか当てられたライトに不気味さが際立っていた。
「怖がり」
「うるせー、わかんないもんは怖いんだよ!」
和明からすればかなり子供だましの仕掛けだと思っていた。
では入場を待っている間にキャーキャーと上がる声はなんだったんだろうか。
ビクビクと歩みを進める侑を見ながら和明は考え、あっという間にゴールになった。
ゴールには小さな机があり、『診断結果はこちら』と貼り紙に卓上ライトがあたっていた。
「あ、あんまり怖くなかったな」
「怖がってたじゃん」
「あぁ?全然?ちょっとびっくりしただけだし、あんなん予想の範囲だしっ。早く診断結果もらって行こうぜ」
暗闇に慣れた目がぷくうと頬を膨らませた侑を捉えて、可愛い可愛いと和明の頬も染まった。
暗くて良かったと思いながら、机に近づくと暗幕からスススッと一枚の紙が出てくる。
それを侑が取ろうと手を伸ばしたその時、暗幕の向こうからゾンビの手が伸びてきて侑の手を掴んだ。
これまでのアレはなんだったのかというくらいに精巧なソレ。
青白く血管が浮き、血が滲み伸びた爪は欠けていた。
「ぎゃああぁぁあああぁぁぁあああっっっ!!!」
悲鳴と共に和明に抱きついてきたぶるぶると震える体を抱きながら、なるほどと和明は感心した。
油断したところにコレではひとたまりもないだろう。
そのまま侑をくっつけて大教室を後にする。
外の眩しさに目を顰めて、和明は診断結果を見てふっと笑った。
「侑さん、診断結果見る?」
「そ、そんなんどうでもいいから手、手さすってっ、俺っゾンビになるかもぉぉおお…」
ならんだろ、と和明がゾンビに掴まれた手をさすっていると大和の悲鳴が聞こえた。
大和にしがみつかれた卯花が出てくるのは、この数秒後の話。
※お化け屋敷はかつてこんなのが実在しました。
はぁと息を吐けば真っ白になって前が見えなくなる。
窓の向こうの武尊と周平に向けて傘を書いて、大和はふふっと笑う。
「松下君?」
「あ、終わりましたか?」
「あぁ、すまない」
首を振りながら、行きましょうかと大和は卯花に笑いかけた。
「中庭にテントがたくさん張ってありました。行ってみませんか?」
「あぁ、もちろん」
頷きながら卯花がチラと見た窓には消えかかった傘が書いてあって、無性に胸が苦しくなった。
中庭のテントで大和はクレープを卯花はフライドポテトを買った。
クレープは真四角に折られていて中身はチョコバナナと生クリームで、甘ったるくて安っぽくここでしか食べられない味がした。
「恋人さんと上手くいってないんですか?」
「上手くいくもなにも元だよ。仕事関係でもあるからなかなか難しくて」
「お兄さんが運命の人だったんですよね?卯花さんはちゃんと別れられたんですか?」
「え?」
「まだ終わってないから、相手の方も終われないんじゃないですか?」
少しづつクレープを口に運びながら大和の言うことに卯花は首を傾げた。
間違えたと言われて、二番目だと言われて、そんなのはもう終わってるじゃないか。
「僕なんかが言えることじゃないですけど、言葉にして終わらせるというのは大事なことだと思います」
「そんなのもう言ってる。好きじゃないって、これまで通りにはできないって」
「それは今の気持ちだと思うんです。始まりからここまでを伝えてみたらどうですか?いきなり結論を押し付けるんじゃなくて、その恋人をどう思っていたか、どんな気持ちで過ごしていたか。それを踏まえて、ちゃんと別れたいと言えばわかってくれるのかもしれません。その…卯花さん達の関係は特殊だと思うから」
「松下君はそういう経験あるの?」
思いがけないことを聞いたと言うように目を丸くする大和が、あははと笑った。
ふるふると首を振って、無い無いと言う。
「恋人なんていたことないですよ。ほら、こんなだからお見合いパーティでもあっくんとペー助にくっついてるからやっとお話してもらえる感じだったし」
「あぁ、ゆり花の…」
「でも、言葉にするのは大切だと思います。僕も言えば良かったなぁって思うことあるし。言ってもらえて良かったなぁって思うこともあります」
それは、と言いかけて卯花は口を噤んだ。
いくらなんでも踏み込み過ぎだと思ったからだ。
別れよう、別れたい、離れたい、好きだった、そんな気持ちを真摯に伝えればわかってくれるだろうか。
一方的な拒絶だけでなく、受け入れてから手を離す。
話し合いが足りなかったな、と卯花は秋の空に目を細めた。
「ポテトもらってもいいですか?」
「どうぞ」
「甘いの食べるとしょっぱいもの欲しくなりますよねぇ」
のんびりそう言って相好を崩す大和に、心が軽くなって同じように笑みを返した。
「やまち!!」
ん?と振り返ると侑がドンと大和に抱きついた。
「あっくん、どしたの?」
「お化け屋敷行かない?」
「あっくんが!?」
引き攣った表情の侑の背後には和明がいて、意味ありげにニコニコと笑っている。
またなにか煽られたのか、と大和は嘆息した。
お化け屋敷は大教室という普通の教室二つ分の教室で三年五組の出店だという。
『相性占いお化け屋敷』とおどろおどろしい看板を見上げて、相性?と侑は首を傾げた。
「なんだこれ」
「これは、二人組で入ってゴールで占い結果をもらうんだって」
ほら、と指された先の受付では二人組が紙になにやら書いている。
教室からはキャーと悲鳴めいた声も聞こえてきて、ゴクリと息を飲んだのは侑だけだった。
どう二人組になるのか少し揉めたが、和明が押し切って侑とペアになった。
大教室の中には暗幕が貼ってあり、蓄光シールが矢印だけ示している。
「手、繋ぐ?」
「はぁ?」
繋ぐわけないし、と侑は自分の体を抱くように腕を組んで歩き始めた。
以前なら、繋ごうぜとでも言ってただろうと和明は思いにんまりと笑う。
途中、頬に冷たいこんにゃくが掠めたり髪の乱れた女が不意に出てきたりして侑はひぃっと小さく声をあげた。
ダンボールで作った墓場も、暗がりとどこからか当てられたライトに不気味さが際立っていた。
「怖がり」
「うるせー、わかんないもんは怖いんだよ!」
和明からすればかなり子供だましの仕掛けだと思っていた。
では入場を待っている間にキャーキャーと上がる声はなんだったんだろうか。
ビクビクと歩みを進める侑を見ながら和明は考え、あっという間にゴールになった。
ゴールには小さな机があり、『診断結果はこちら』と貼り紙に卓上ライトがあたっていた。
「あ、あんまり怖くなかったな」
「怖がってたじゃん」
「あぁ?全然?ちょっとびっくりしただけだし、あんなん予想の範囲だしっ。早く診断結果もらって行こうぜ」
暗闇に慣れた目がぷくうと頬を膨らませた侑を捉えて、可愛い可愛いと和明の頬も染まった。
暗くて良かったと思いながら、机に近づくと暗幕からスススッと一枚の紙が出てくる。
それを侑が取ろうと手を伸ばしたその時、暗幕の向こうからゾンビの手が伸びてきて侑の手を掴んだ。
これまでのアレはなんだったのかというくらいに精巧なソレ。
青白く血管が浮き、血が滲み伸びた爪は欠けていた。
「ぎゃああぁぁあああぁぁぁあああっっっ!!!」
悲鳴と共に和明に抱きついてきたぶるぶると震える体を抱きながら、なるほどと和明は感心した。
油断したところにコレではひとたまりもないだろう。
そのまま侑をくっつけて大教室を後にする。
外の眩しさに目を顰めて、和明は診断結果を見てふっと笑った。
「侑さん、診断結果見る?」
「そ、そんなんどうでもいいから手、手さすってっ、俺っゾンビになるかもぉぉおお…」
ならんだろ、と和明がゾンビに掴まれた手をさすっていると大和の悲鳴が聞こえた。
大和にしがみつかれた卯花が出てくるのは、この数秒後の話。
※お化け屋敷はかつてこんなのが実在しました。
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