[本編終了]余りものオメガのシェアハウス

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
上 下
39 / 83

食事会

しおりを挟む
赤子の頭程ある梨は瑞々しくて、口に入れただけでじゅわりと水分が溢れてきてすこぶる美味しかった。

「梨ってこんな美味しかったんだ」
「な、ひとついくらすんだろ」
「あっくん、下世話」

気になるじゃん、と侑は笑う。

「それでね、ペー助。お礼にご飯どうかなって思ったんだけど」
「いんじゃない?なに作んの?」
「なにがいいと思う?」
「んー、焼肉とか?」
「こんな良い梨送ってくるやつがスーパーの肉食うか?」

シャクシャクと梨を食べながら侑の言うことに、確かにと大和は頭を抱えた。
そこでここまで全く口を開かず梨を食べていた武尊が口を開いた。
もちろん膝の間には周平が座っている。

「聞いてみたらどうですか?」
「誰に?」
「本人に」
「やまち、連絡先知ってる?」
「名刺はもらってるけど、私用利用していいもんなの?」

すいすいとスマホを動かしていた武尊が、はいと周平にスマホを見せる。
いつの間に交換していたのだろうか、電話帳には卯花の私用携帯番号がそしてメッセージアプリのIDも控えていた。

「武さん、いつの間に?」
「密通者はお前か」

周平と侑の声が重なって、大和だけがなに?なんなの?とキョロキョロとしている。
当の武尊は平然と、前会った時にとだけ言った。

「やまち、電話したら?」
「なんで僕が!?」
「だって、やまちがお礼にって言ったんじゃん」

ねぇ?と周平が見上げてうんと武尊が頷いて、スマホをタップした。
プルルルとなる発信音、スマホを手渡す武尊、スマホがなにか爆弾のように見えて手が出せない大和、呆れる侑とリビングは妙な静けさに包まれた。
ゴクリと響いた喉を鳴らす音は誰から出たものだったのか。

──はい。

落ち着いた低い声は、機械を通すとまた違って聞こえて大和は怖気付いた。

──もしもし?

訝しんだ声に、ひぇっと思わず大和は小さい声を漏らした。

──松下君?なんで?この番号は…

「あ、あの、ごめんなさい。忙しかったですよね」

慌てて大和がスマホを耳に当てた為、もう卯花の声を聞いているのは大和だけだ。
手持ち無沙汰になってしまった周平は腹に回る武尊の手をマッサージするようににぎにぎと揉んで、侑は空になった梨の入っていた皿を片付けにキッチンへと行ってしまった。

「果物とかありがとうございました。その、ちょっと取り込んでてお礼が遅くなってしまってすみません」
「はい、美味しかったです」
「それで、えっと、お礼と言ってはなんなんですけど、週末ご飯食べに来ませんか?」
「はい、なにか食べたいものありますか?」
「普通?はぁ…?」
「はい、お待ちしてます。お仕事頑張ってください」

首を傾げながら釈然としない表情の大和が、通話を終えたスマホをこたつに置いた。
なんだって?とそれを周平が取り上げて、こたつに常に置いてあるウェットティッシュで拭いて武尊に渡す。

「なんか、普通のご飯でいいって。普通ってなに?」
「武さん、普通ってなに?」
「んー、僕らがいつも食べてるご飯?」
「それってお礼にならなくない?」
「あの人にはなるんじゃないか?」

そうなの?と目顔で聞かれた武尊は口の端を上げて頷いた。



食事会当日、大和が悩みに悩んだ献立は得意なイタリアンにした。
牛カツレツとバーニャカウダ、白身魚のトマト煮込みにポテトサラダにはアンチョビを混ぜた。
パスタはペペロンチーノにして、デザートにはもらった梨をコンポートにしてアイスに添えようと大和は張り切って準備した。

「すごい、どれも美味しそうだ」

こたつに所狭しと並んだ料理を前に卯花は目を見張り、じゃなくて美味しいの、と侑はいつもの調子だった。
卯花はひとつひとつを噛み締めるように、一口食べる度に美味しいと言い大和を喜ばせた。
松竹梅は酒が飲めない、というか美味しいと思わないのでマナベのおじさんに頼んで良さげなワインを配達してもらった。

「同じ色だったらぶどうジュースの方が美味しいよね」
「だよなぁ」
「僕もファンタはぶどうが好き」

ワインを傾ける武尊と卯花に対して、よく言えたものである。
ねぇ?と顔を見合わせて示し合わせたように一瓶数千円のぶどうジュースを飲む。
ジュースなのにワイングラスで飲んで、えへへと笑いあう三人に武尊と卯花は目を細めた。

「出張って取材ですか?」
「え?」
「いろんな所から果物送られて来たみたいなんですけど」

あぁ、と卯花は曖昧に笑う、本当はネット注文したものだから。
武尊から大和が発情期に入ると聞いて食べやすいものをと色々と調べて手配した。

「忙しいんですねぇ」

のほほんと笑う大和に返す言葉もない卯花はやっぱり曖昧に笑ってその場をやり過ごしたのだった。
そんな風に和やかに進んだ食事会も、残すはデザートのみとなったところでカラカラと縁側の窓が開いた。

「お邪魔しまーす」
「あ、和明君。久しぶり」
「どした?爺になんかあったか?」
「いや、塾の帰り」
「大変だなぁ、受験生は。アイス食う?」

うん、と頷いてこたつの空いた席に座った和明は勢揃いの面々を見て、なんなの?と問うた。

の食事会だよ」
「ふぅん」
「で?なんかあったん?」

和明の前にコトリと置かれたガラスの器にはバニラアイスと梨のコンポートが盛られていた。
一匙掬って食べたそれはこってりと濃いアイスと梨の爽やかな甘みと相まってとても美味しかった。

「今度、文化祭があるんだけど来ない?」
「それって俺らも行っていいの?」
「俺ら?」

俺ら、と言って侑は和明以外のみんなの顔を見渡した。

「あ?あぁ、うん。一般公開してるし」
「どうする?行く?」
「武さん行く?」
「うん?懐かしいね。行ってみたいかな」
「じゃあ行くか」
「やまちと卯花は?」
「え!?」

まさか自分も誘われていると思ってなかった卯花の声は裏返り、ゴクンと飲んだワインが気管に入り盛大に噎せた。
大丈夫?と大和が背中をさすり、それにまた卯花の顔が赤くなっていく。

「んじゃ、決定な」

こちらをじっと見つめる和明に侑はニッカリと笑ってアイスを口に入れた。
しおりを挟む
感想 182

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...