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切ない夜嬉しい朝
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シングルベッドは狭くて二人ぴたりとくっついていないと落ちてしまう。
もう秋口なのに薄い夏布団に包まって、肌寒さが和らぐように体温を分け合うように抱きあっていた。
額にチクリとしたものが当たってそれが武尊の今日の髭なんだと気づいて、なんだかとても重要な瞬間に立ち合ったような気がした。
外は暗くてあの後眠ってしまったんだとわかって、ほんのちょっぴり残念な気持ちになった。
背中にまわる手と首の下の腕、鎖骨から漂う武尊の匂い。
そっと足の指で少し甲高の足の甲を撫でてから足の指を絡めるようにした。
手ほど器用じゃないから絡めるなんて出来ないけれど、ぐにぐにとすり合わせた。
くすぐったいのか背中にまわる手に力が入って、もう片方の手が髪をかき混ぜるように撫でてきた。
すうすうと聞こえる寝息は変わりなく、それらが無意識なのだとわかる。
嬉しい反面、この寝顔を自分以外の誰かが知っていると不意に思った。
そうしたら唐突に大きな波に飲み込まれるように、なにかが湧き上がってきた。
ぐわわぁと湧き上がってきたそれが体を満たしていって、目の前の体にぎゅうと力いっぱい抱きついた。
好きとか愛しいとか、大切だとか離したくないだとか、ずっと一緒にいたいだとか、嫌われたらとかもういいって言われたらとか、離れてしまったらとか、嬉しくて悲しくて笑いたいのに泣きたいような期待と不安と、世の中のありとあらゆる感情がいっぺんに押し寄せてくる。
それに流されないように必死にしがみつく。
狭い部屋の狭いベッド、二人でいるのに一人の夜は切ない。
早く朝がきて、おはようって言ってほしいと思いながら目を閉じる。
首元のくすぐったさに武尊が目を覚ますと大好きな人がぎゅうとしがみついて眠っていた。
背中にまわる手が温かくて、重なるような足指がこそばゆい。
もしも幸せというものに形があるとしたら、今のこの形ではないだろうかと思う。
隙間なくひっついているこの輪郭をどこか高いところからスケッチしたい。
丸いおでこにすりすりと顎を合わせると、痛っと身を捩るのが可愛い。
周平の初めてを全部もらえることが嬉しくて仕方ない。
ゆっくりゆっくり暴いていく、蕩けた表情も甘えた声も汗ばむ火照った体も本人ですら触れることの出来ないナカも全て僕のもの。
早く起きて、と旋毛にキスを落とす。
おはようって一番に言いたいから。
周平は今、武尊が昨夜買ってきたというクリームパンを食べている。
どれがいいかわからなかったから、とガラステーブルには多種多様のパンとサンドイッチが並んでいた。
「いつ買ってきたの?」
「シュウが寝ちゃった後」
ケトルからマグカップにお湯を注ぎながら、武尊はにっこりと笑った。
昨日の痴態を思い出して恥ずかしい、それから目をそらすように注がれる湯に視線を移して、あれ?と思った。
粉末のコーンスープの匂いがするそれに描かれているのは周平によく似た『お茶屋たぬき』だった。
「これ、売ってるの?」
「え?近所のパン屋だけど」
「違う、『お茶屋たぬき』俺、このたぬきによく似てるって言われる」
「あぁ、だってこれシュウがモデルだから」
「んん?」
「これ、デザインしたの僕」
えぇええぇぇ!?なんでぇ!?と大声が狭いワンルームに響き渡った。
言ってなかったっけ?ときょとんとするのを見て、聞いたか?だとしたらいつ?とはてなが頭の中を駆け巡る。
「ほら、最初にシュウの家に行った時」
「あぁ、あの時かぁ…」
「忘れちゃった?」
忘れるどころかあんまり聞いてませんでした、とは言えない。
何となく顔を見合わせあって、えへへと笑ってみる。
「俺これ可愛いくて好き」
「嬉しい」
すっかり定位置のようになってしまった膝の間、もたれると上下する胸がよくわかる。
腹にまわる腕も好きだなと思う。
「武さん、昨日ごめん」
「なにが?」
「その、寝ちゃって」
「いいよ。ゆっくりシュウのペースで進んでいこう」
項、耳裏、髪、すんすんと鼻を鳴らしているのが聞こえて笑ってしまう。
「好きだね、俺の匂い」
「うん、好き」
「今まで何人にそうやって言った?」
「え?」
やってしまった、ついポロっと言ってしまった。
歳上だし自分だけじゃない、そんなことはわかっていたのに昨日の手馴れた感じを思い出してしまった。
「うそ、今の忘れて。なんかちょっと思っただけだから。そんなのしょうがないって、わかってるから」
おどけたように、笑い話になるようにできるだけ明るい声を出す。
だけどそんなのは無意味だった。
「シュウ、こっち向いて」
「ん?わかってるって、」
「シュウ」
真剣な眼差しに鼻がムズムズとして、思わず顰めた顔を優しく撫でられた。
じっと見つめられて心の堰が壊れそうになる。
「本当は?」
「…ほんとはこの手も唇も他の人が知ってると思うと嫌だ…ってちょっとだけ思った。ごめん、なんか重くて」
「過去はどうにもならないけど、この先の未来は全部シュウにあげるよ」
「それはそれで重いな」
「うん、おあいこ」
ふふふと笑いあってコツンと合わせた額から自分の想いが伝わればいいのにと思った。
超能力映画みたいに言葉にできない想いを相手に渡せたらいいのに。
もう秋口なのに薄い夏布団に包まって、肌寒さが和らぐように体温を分け合うように抱きあっていた。
額にチクリとしたものが当たってそれが武尊の今日の髭なんだと気づいて、なんだかとても重要な瞬間に立ち合ったような気がした。
外は暗くてあの後眠ってしまったんだとわかって、ほんのちょっぴり残念な気持ちになった。
背中にまわる手と首の下の腕、鎖骨から漂う武尊の匂い。
そっと足の指で少し甲高の足の甲を撫でてから足の指を絡めるようにした。
手ほど器用じゃないから絡めるなんて出来ないけれど、ぐにぐにとすり合わせた。
くすぐったいのか背中にまわる手に力が入って、もう片方の手が髪をかき混ぜるように撫でてきた。
すうすうと聞こえる寝息は変わりなく、それらが無意識なのだとわかる。
嬉しい反面、この寝顔を自分以外の誰かが知っていると不意に思った。
そうしたら唐突に大きな波に飲み込まれるように、なにかが湧き上がってきた。
ぐわわぁと湧き上がってきたそれが体を満たしていって、目の前の体にぎゅうと力いっぱい抱きついた。
好きとか愛しいとか、大切だとか離したくないだとか、ずっと一緒にいたいだとか、嫌われたらとかもういいって言われたらとか、離れてしまったらとか、嬉しくて悲しくて笑いたいのに泣きたいような期待と不安と、世の中のありとあらゆる感情がいっぺんに押し寄せてくる。
それに流されないように必死にしがみつく。
狭い部屋の狭いベッド、二人でいるのに一人の夜は切ない。
早く朝がきて、おはようって言ってほしいと思いながら目を閉じる。
首元のくすぐったさに武尊が目を覚ますと大好きな人がぎゅうとしがみついて眠っていた。
背中にまわる手が温かくて、重なるような足指がこそばゆい。
もしも幸せというものに形があるとしたら、今のこの形ではないだろうかと思う。
隙間なくひっついているこの輪郭をどこか高いところからスケッチしたい。
丸いおでこにすりすりと顎を合わせると、痛っと身を捩るのが可愛い。
周平の初めてを全部もらえることが嬉しくて仕方ない。
ゆっくりゆっくり暴いていく、蕩けた表情も甘えた声も汗ばむ火照った体も本人ですら触れることの出来ないナカも全て僕のもの。
早く起きて、と旋毛にキスを落とす。
おはようって一番に言いたいから。
周平は今、武尊が昨夜買ってきたというクリームパンを食べている。
どれがいいかわからなかったから、とガラステーブルには多種多様のパンとサンドイッチが並んでいた。
「いつ買ってきたの?」
「シュウが寝ちゃった後」
ケトルからマグカップにお湯を注ぎながら、武尊はにっこりと笑った。
昨日の痴態を思い出して恥ずかしい、それから目をそらすように注がれる湯に視線を移して、あれ?と思った。
粉末のコーンスープの匂いがするそれに描かれているのは周平によく似た『お茶屋たぬき』だった。
「これ、売ってるの?」
「え?近所のパン屋だけど」
「違う、『お茶屋たぬき』俺、このたぬきによく似てるって言われる」
「あぁ、だってこれシュウがモデルだから」
「んん?」
「これ、デザインしたの僕」
えぇええぇぇ!?なんでぇ!?と大声が狭いワンルームに響き渡った。
言ってなかったっけ?ときょとんとするのを見て、聞いたか?だとしたらいつ?とはてなが頭の中を駆け巡る。
「ほら、最初にシュウの家に行った時」
「あぁ、あの時かぁ…」
「忘れちゃった?」
忘れるどころかあんまり聞いてませんでした、とは言えない。
何となく顔を見合わせあって、えへへと笑ってみる。
「俺これ可愛いくて好き」
「嬉しい」
すっかり定位置のようになってしまった膝の間、もたれると上下する胸がよくわかる。
腹にまわる腕も好きだなと思う。
「武さん、昨日ごめん」
「なにが?」
「その、寝ちゃって」
「いいよ。ゆっくりシュウのペースで進んでいこう」
項、耳裏、髪、すんすんと鼻を鳴らしているのが聞こえて笑ってしまう。
「好きだね、俺の匂い」
「うん、好き」
「今まで何人にそうやって言った?」
「え?」
やってしまった、ついポロっと言ってしまった。
歳上だし自分だけじゃない、そんなことはわかっていたのに昨日の手馴れた感じを思い出してしまった。
「うそ、今の忘れて。なんかちょっと思っただけだから。そんなのしょうがないって、わかってるから」
おどけたように、笑い話になるようにできるだけ明るい声を出す。
だけどそんなのは無意味だった。
「シュウ、こっち向いて」
「ん?わかってるって、」
「シュウ」
真剣な眼差しに鼻がムズムズとして、思わず顰めた顔を優しく撫でられた。
じっと見つめられて心の堰が壊れそうになる。
「本当は?」
「…ほんとはこの手も唇も他の人が知ってると思うと嫌だ…ってちょっとだけ思った。ごめん、なんか重くて」
「過去はどうにもならないけど、この先の未来は全部シュウにあげるよ」
「それはそれで重いな」
「うん、おあいこ」
ふふふと笑いあってコツンと合わせた額から自分の想いが伝わればいいのにと思った。
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