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初めてのお泊まり
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爺の捻挫も良くなった頃、夏休みも終わり和明は自宅へ帰っていった。
松竹梅と一人の生活は相変わらずで、大和は売り物である刺繍と趣味のパッチワークに励み、侑は柳楽家へちょくちょく訪問していた。
取り返した刺繍作品はどうしたかと言えば──
「なんだかケチがついたみたいだからしまっとく」
「んなの、買ってくれた人にはわかんねえよ」
「そうかもしれないけど…」
「例えばさ、ラーメン屋の親父がどんな性格かとかそんなのわかんないじゃん?もしかしたら人殺しかもしんないし」
「あっくん、よくわかんないけど怖いこと言わないでよ」
「でも、出てくるラーメンは美味しい。俺はラーメンが好き」
「アレも同じだって言いたいんだね?」
そういうこと、と侑はこたつに頬杖をついてにんまりと笑う。
確かに作品に罪は無い、背景など教えなければわからないものだ。
だったら、欲しいと言ってくれる人に渡った方が報われるかもしれない。
作品も、大和の気持ちも。
「あっくん、出品してくれる?」
「よしきた」
腕まくりをして力こぶを作った侑だったが、そこはほんの少ししか盛り上がらなかった。
その頃、周平と武尊はマルトミスーパーへと買い出しに行っていた。
お揃いのようなTシャツにサンダルを履いて、アイスを食べながら帰る。
「武さん、しばらく自分ん家に帰ってくれる?」
「なんで?」
「やまちがもうすぐ発情期だから」
以前は侑がそうだった、その間は武尊は自分の家へ帰り周平とも会えなかった。
その頃はまだ周平が自分の気持ちを自覚していなかったので、武尊は断腸の思いで会うのを控えていたのだ。
「じゃ、シュウが僕のとこに来て」
「なんで?」
「寂しいから」
「でも、やまちの世話しないと」
「侑君がいるじゃない」
そうだけど、と食べ終わったアイスの棒をガジガジと齧る。
木でできた薄い棒からはソーダがじんわりと染み出てきた。
「その…そういうことする?」
「する」
「即答!」
ぶはっと周平が吹き出すとアイスの棒が飛んでいった。
そうだった、この人はいつもまっすぐに想いを伝えてきていた。
「武さんのそういうとこ好き」
「僕はシュウの全部が好き」
夕飯は中華ではないが、冷凍してある焼売を特別に出してあげようかな?と周平は考えて心がウキウキした。
繋いだ手はあの真夏のように汗まみれになったりはしない、今はただしっとりと吸い付くように合わさるだけだ。
「あ、とうとう更地になったんだ」
「あぁ、なんか取り壊してたね。ここなんだったの?」
「東雲荘っていうアパートだよ。俺が生まれるずっと前からあったらしいから」
「だいぶ古いね」
更地になった東雲荘跡地には木の杭が等間隔に打たれロープが張ってあった。
看板には『売地』とでかでかとあり、駅前の不動産屋の電話番号が書かれてあった。
足を止めた武尊はそれをじっと見ていて、周平はどうした?と聞く。
「まさか、買うの?」
「買えないよ、土地なんて」
「だよねぇ」
僕はね、と武尊は頭の中で算段する。
ああいうのっていくら位するの?とのんびりな周平に、そうだねぇと武尊も話を合わせた。
その日の夕飯時、武尊だけに焼売が出されたが、あーはいはいと侑も大和も突っ込まなかった。
「うん、いいんじゃない?俺一人で大丈夫だし」
「僕もかまわないよ」
駄目だと言われるとは思っていなかったが、こうもあっさり言われるとそれはそれでなんだか寂しい。
周平の眉が自然と下がって、侑達は苦笑した。
「シュウ、やめる?」
「え、っと、やめない」
うん、と笑う顔に言わされたような気がしないでもない。
武尊の住むマンションは松竹梅の住む町から川を挟んで向こう川、こちらが下町ならあちらはマンションが建ち並ぶ開発地域だ。
駅前で昼食を食べた後に不安と期待の入り交じった思いで、周平は武尊と手を繋いだ。
「良かった、なんかすんごいタワマンとかならどうしようかと思った」
「僕の稼ぎじゃ無理だなぁ」
案内されたのは築十年程の五階建てのワンルームマンションだった。
簡易キッチンとシングルベッド、小さなガラステーブルにテレビは無い。
お邪魔します、と室内に入った周平はすんすんと鼻を鳴らした。
「やっぱり武さんの匂いしかしない」
「そりゃ、僕の部屋だから」
「そうじゃなくて、やまちは布であっくんは土の匂いがするって」
「あー、なるほど」
部屋の中央に立ちしょんぼりと肩を落としたところを武尊は後ろから抱きしめた。
「今は?」
「さっき食べたソースカツ丼のソースと揚げ油の匂いする」
「それで正解」
「ん?」
「あの二人が布と土の匂いが好きなんだと思うよ」
「んん?」
「僕の体質のことは話したでしょ?」
全くわからないと言う周平に武尊は笑ってベッドに座らせてから、小日向製薬との治験でわかったことだけど、と前置きをして言う。
「僕のフェロモンに惑わされるのはね、相手が自分の好きな匂いに勝手に脳が変換するからなんだ」
「どういうこと?」
「だから、僕自身は無臭なの」
「そんなことある?」
「まぁ、家系的なもんかな」
そんな馬鹿みたいな話があるだろうか、アルファなのにその強みであるフェロモンが無臭だなんてと周平はむむむと眉間に皺を寄せた。
その理論でいうと、周平は武尊のことがものすごく大好きということになる。
それも自覚する前から、ずっとずっと好きだったのだ。
「…とんでもなく恥ずかしい」
「僕はすごく嬉しい」
そのまま押し倒されて唇が重なって、それはやっぱりソースカツ丼の匂いと味だった。
※武さんのフェロモンはゲームで言えば無属性攻撃。
属性に左右されないので強い。
松竹梅と一人の生活は相変わらずで、大和は売り物である刺繍と趣味のパッチワークに励み、侑は柳楽家へちょくちょく訪問していた。
取り返した刺繍作品はどうしたかと言えば──
「なんだかケチがついたみたいだからしまっとく」
「んなの、買ってくれた人にはわかんねえよ」
「そうかもしれないけど…」
「例えばさ、ラーメン屋の親父がどんな性格かとかそんなのわかんないじゃん?もしかしたら人殺しかもしんないし」
「あっくん、よくわかんないけど怖いこと言わないでよ」
「でも、出てくるラーメンは美味しい。俺はラーメンが好き」
「アレも同じだって言いたいんだね?」
そういうこと、と侑はこたつに頬杖をついてにんまりと笑う。
確かに作品に罪は無い、背景など教えなければわからないものだ。
だったら、欲しいと言ってくれる人に渡った方が報われるかもしれない。
作品も、大和の気持ちも。
「あっくん、出品してくれる?」
「よしきた」
腕まくりをして力こぶを作った侑だったが、そこはほんの少ししか盛り上がらなかった。
その頃、周平と武尊はマルトミスーパーへと買い出しに行っていた。
お揃いのようなTシャツにサンダルを履いて、アイスを食べながら帰る。
「武さん、しばらく自分ん家に帰ってくれる?」
「なんで?」
「やまちがもうすぐ発情期だから」
以前は侑がそうだった、その間は武尊は自分の家へ帰り周平とも会えなかった。
その頃はまだ周平が自分の気持ちを自覚していなかったので、武尊は断腸の思いで会うのを控えていたのだ。
「じゃ、シュウが僕のとこに来て」
「なんで?」
「寂しいから」
「でも、やまちの世話しないと」
「侑君がいるじゃない」
そうだけど、と食べ終わったアイスの棒をガジガジと齧る。
木でできた薄い棒からはソーダがじんわりと染み出てきた。
「その…そういうことする?」
「する」
「即答!」
ぶはっと周平が吹き出すとアイスの棒が飛んでいった。
そうだった、この人はいつもまっすぐに想いを伝えてきていた。
「武さんのそういうとこ好き」
「僕はシュウの全部が好き」
夕飯は中華ではないが、冷凍してある焼売を特別に出してあげようかな?と周平は考えて心がウキウキした。
繋いだ手はあの真夏のように汗まみれになったりはしない、今はただしっとりと吸い付くように合わさるだけだ。
「あ、とうとう更地になったんだ」
「あぁ、なんか取り壊してたね。ここなんだったの?」
「東雲荘っていうアパートだよ。俺が生まれるずっと前からあったらしいから」
「だいぶ古いね」
更地になった東雲荘跡地には木の杭が等間隔に打たれロープが張ってあった。
看板には『売地』とでかでかとあり、駅前の不動産屋の電話番号が書かれてあった。
足を止めた武尊はそれをじっと見ていて、周平はどうした?と聞く。
「まさか、買うの?」
「買えないよ、土地なんて」
「だよねぇ」
僕はね、と武尊は頭の中で算段する。
ああいうのっていくら位するの?とのんびりな周平に、そうだねぇと武尊も話を合わせた。
その日の夕飯時、武尊だけに焼売が出されたが、あーはいはいと侑も大和も突っ込まなかった。
「うん、いいんじゃない?俺一人で大丈夫だし」
「僕もかまわないよ」
駄目だと言われるとは思っていなかったが、こうもあっさり言われるとそれはそれでなんだか寂しい。
周平の眉が自然と下がって、侑達は苦笑した。
「シュウ、やめる?」
「え、っと、やめない」
うん、と笑う顔に言わされたような気がしないでもない。
武尊の住むマンションは松竹梅の住む町から川を挟んで向こう川、こちらが下町ならあちらはマンションが建ち並ぶ開発地域だ。
駅前で昼食を食べた後に不安と期待の入り交じった思いで、周平は武尊と手を繋いだ。
「良かった、なんかすんごいタワマンとかならどうしようかと思った」
「僕の稼ぎじゃ無理だなぁ」
案内されたのは築十年程の五階建てのワンルームマンションだった。
簡易キッチンとシングルベッド、小さなガラステーブルにテレビは無い。
お邪魔します、と室内に入った周平はすんすんと鼻を鳴らした。
「やっぱり武さんの匂いしかしない」
「そりゃ、僕の部屋だから」
「そうじゃなくて、やまちは布であっくんは土の匂いがするって」
「あー、なるほど」
部屋の中央に立ちしょんぼりと肩を落としたところを武尊は後ろから抱きしめた。
「今は?」
「さっき食べたソースカツ丼のソースと揚げ油の匂いする」
「それで正解」
「ん?」
「あの二人が布と土の匂いが好きなんだと思うよ」
「んん?」
「僕の体質のことは話したでしょ?」
全くわからないと言う周平に武尊は笑ってベッドに座らせてから、小日向製薬との治験でわかったことだけど、と前置きをして言う。
「僕のフェロモンに惑わされるのはね、相手が自分の好きな匂いに勝手に脳が変換するからなんだ」
「どういうこと?」
「だから、僕自身は無臭なの」
「そんなことある?」
「まぁ、家系的なもんかな」
そんな馬鹿みたいな話があるだろうか、アルファなのにその強みであるフェロモンが無臭だなんてと周平はむむむと眉間に皺を寄せた。
その理論でいうと、周平は武尊のことがものすごく大好きということになる。
それも自覚する前から、ずっとずっと好きだったのだ。
「…とんでもなく恥ずかしい」
「僕はすごく嬉しい」
そのまま押し倒されて唇が重なって、それはやっぱりソースカツ丼の匂いと味だった。
※武さんのフェロモンはゲームで言えば無属性攻撃。
属性に左右されないので強い。
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