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一生懸命頑張ること
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コチコチと時計の針が進む音がやけに大きく聞こえて、誰も卯花に声をかけられなかった。
なんと歪な関係だこと、と率直に大和はそう思った。
「で、その怪我は?」
「これは…鋏を取り上げようとして、ちょっと」
あぁ思い切りビンタでも張られたのかなぁ、痛そうだなぁと一同は憐れみの目を向けた。
「蹴られてしまって…」
まさかの足技だった、ビンタより痛そうだ。
よく口内が切れなかったもんだ。
「やまちはそれでどうしたいの?」
「え?うーん、お金は返さなくてもいいかなぁ」
「へ?」
「ほら、一応買ってくれたわけじゃない?でも返ってきたから返金した方がいいのかなって思ってたんだけど…」
「「 やまち、そこじゃないだろ!? 」」
「さすがにポーチの分は返さないよ?」
「「 そこでもない! 」」
わかんないよ、そんなのと大和は眉を下げた。
全部が全部、自分の預かり知らぬ所で起きている。
それに対してなにも言えることはない、と大和は思うのだ。
卯花の境遇は確かに思わず引いてしまうほど不憫だなぁと思うけれど、それをなんとかするのは自分じゃない。
卯花自身で打破すべき問題なのだ、元恋人に対してももう少しなんとかならなかったのか?とも思うけれどこれも大和にどうこうはできない。
「やまちは許すの?」
「なにを?」
「卯花編集長」
「なんで?ポーチを切ったのは卯花編集長じゃないよ?」
「そうだけど、元はと言えばそいつだろう?」
「それってさ、どこまで遡るの?そもそも僕が取材を受けなければ良かった?僕が刺繍を好きにならなければ?卯花編集長が元恋人に出会わなかったら?お兄さんと一緒に留学してたら?」
そんなの意味ないと思う、と大和を肩を竦めて眉を下げた。
大和にとってデザインから時間も手間もたくさんかけた刺繍ポーチが駄目になったという、その事実だけだ。
そうなってしまった経緯を考慮したとしても、重きを置くのは起きてしまったことだけ。
「その元恋人のした事は許さないし、許せない。ただ、それだけ」
背筋の伸びた大和の真摯な視線が卯花を貫く。
僕にできることはないよ、と。
謝られる謂れもないよ、と。
「やまちの気持ちはわかったよ。な、あっくん」
「んー、それでやまちがいいのなら」
「えー、良くはないよ?だって、あれすんごく頑張ったんだから」
ぷうと頬を膨らませる大和に、ぷッと周平が吹き出して侑もあははと笑う。
「ま、逆恨みでやまちが刺されなかっただけ良しとしよう」
「やめてよ、怖い」
「そうなったらあっくんが殴り飛ばすんだよね?」
「任せろ」
「やめて、そっちも怖い」
あははと松竹梅が笑い、卯花はぽかんとするばかりだ。
その時、縁側の掃き出し窓がカラカラと音をたてて開いた。
「ただいまー」
「お邪魔します、だろうが」
「あ、間違えた」
間違えるわけあるか、と侑が声を荒らげながら食器を重ねていく。
ごちそうさまでした、と洗われたタッパーと皿を持って和明が入ってくる。
「美味かったか?」
「うん、麻婆豆腐はもっと辛い方が良かったけど」
「ばーか、爺仕様にしたんだよ」
「シュウ、僕が洗うよ」
「ありがとー、武さん」
ガヤガヤと騒がしく卓上から食器が片付けられ、大和が布巾で拭いていく。
松下君、と震える声は動けない卯花で、けれどそれに続く言葉が出てこない。
「卯花編集長、頑張ってください」
「え?」
「一生懸命頑張ってください」
兄よりほんの少しだけ劣る自分、それに納得してしまったのはいつだったろう。
配られたカードに満足して、カードの交換をしなかったのはなぜだろう。
どうしてそんなもので満足してしまっていたのか。
頑張れば兄に追いつけたはずなのに、どうして二番手でいいと思ったのだろう。
自分の人生は自分だけのものなのに、どうして誰かと比べてしまったんだろう。
二番手にされていたのではなく、自分から二番手になっていた。
それを変えるならば、一生懸命頑張るしかない。
「松下君、頑張るから、また会ってくれる?」
「いつでもどうぞ。ご飯食べにきてください」
温かい笑みに卯花の目からはまた涙がこぼれ落ち、大和はそれを見ないふりでやり過ごした。
その後、映画鑑賞会は行われた。
固辞する卯花を武尊が引き止め、二人はビールを片手に残りはコーラをお供に枝豆を茹でポテチを開け、『サスペリアンス』という七十年代ホラーを見た。
アクション!という侑に、怖いの?と和明が煽り侑がそれにのっかった形だ。
バレエ学校の寄宿舎で次々に消える生徒たち、冒頭の大雨のシーンだけで侑は震えしらず和明にしがみついた。
緊張感のある音楽と女生徒のシャワーシーンでは、来るよ来るよキターっと周平は笑い転げた。
大和は映画そのものより出てくる衣装や、小物にばかり目を奪われて時折メモをとっていた。
武尊はビールを飲みながらそれを眺め、卯花は心からの息を吐く。
「卯花さん、頑張ってください。僕のために」
「は?」
「僕は早くシュウと二人で暮らしたい」
眇めた両目に宿る光に卯花はゴクリと生唾を飲み込んで頷くことしかできなかった。
なんと歪な関係だこと、と率直に大和はそう思った。
「で、その怪我は?」
「これは…鋏を取り上げようとして、ちょっと」
あぁ思い切りビンタでも張られたのかなぁ、痛そうだなぁと一同は憐れみの目を向けた。
「蹴られてしまって…」
まさかの足技だった、ビンタより痛そうだ。
よく口内が切れなかったもんだ。
「やまちはそれでどうしたいの?」
「え?うーん、お金は返さなくてもいいかなぁ」
「へ?」
「ほら、一応買ってくれたわけじゃない?でも返ってきたから返金した方がいいのかなって思ってたんだけど…」
「「 やまち、そこじゃないだろ!? 」」
「さすがにポーチの分は返さないよ?」
「「 そこでもない! 」」
わかんないよ、そんなのと大和は眉を下げた。
全部が全部、自分の預かり知らぬ所で起きている。
それに対してなにも言えることはない、と大和は思うのだ。
卯花の境遇は確かに思わず引いてしまうほど不憫だなぁと思うけれど、それをなんとかするのは自分じゃない。
卯花自身で打破すべき問題なのだ、元恋人に対してももう少しなんとかならなかったのか?とも思うけれどこれも大和にどうこうはできない。
「やまちは許すの?」
「なにを?」
「卯花編集長」
「なんで?ポーチを切ったのは卯花編集長じゃないよ?」
「そうだけど、元はと言えばそいつだろう?」
「それってさ、どこまで遡るの?そもそも僕が取材を受けなければ良かった?僕が刺繍を好きにならなければ?卯花編集長が元恋人に出会わなかったら?お兄さんと一緒に留学してたら?」
そんなの意味ないと思う、と大和を肩を竦めて眉を下げた。
大和にとってデザインから時間も手間もたくさんかけた刺繍ポーチが駄目になったという、その事実だけだ。
そうなってしまった経緯を考慮したとしても、重きを置くのは起きてしまったことだけ。
「その元恋人のした事は許さないし、許せない。ただ、それだけ」
背筋の伸びた大和の真摯な視線が卯花を貫く。
僕にできることはないよ、と。
謝られる謂れもないよ、と。
「やまちの気持ちはわかったよ。な、あっくん」
「んー、それでやまちがいいのなら」
「えー、良くはないよ?だって、あれすんごく頑張ったんだから」
ぷうと頬を膨らませる大和に、ぷッと周平が吹き出して侑もあははと笑う。
「ま、逆恨みでやまちが刺されなかっただけ良しとしよう」
「やめてよ、怖い」
「そうなったらあっくんが殴り飛ばすんだよね?」
「任せろ」
「やめて、そっちも怖い」
あははと松竹梅が笑い、卯花はぽかんとするばかりだ。
その時、縁側の掃き出し窓がカラカラと音をたてて開いた。
「ただいまー」
「お邪魔します、だろうが」
「あ、間違えた」
間違えるわけあるか、と侑が声を荒らげながら食器を重ねていく。
ごちそうさまでした、と洗われたタッパーと皿を持って和明が入ってくる。
「美味かったか?」
「うん、麻婆豆腐はもっと辛い方が良かったけど」
「ばーか、爺仕様にしたんだよ」
「シュウ、僕が洗うよ」
「ありがとー、武さん」
ガヤガヤと騒がしく卓上から食器が片付けられ、大和が布巾で拭いていく。
松下君、と震える声は動けない卯花で、けれどそれに続く言葉が出てこない。
「卯花編集長、頑張ってください」
「え?」
「一生懸命頑張ってください」
兄よりほんの少しだけ劣る自分、それに納得してしまったのはいつだったろう。
配られたカードに満足して、カードの交換をしなかったのはなぜだろう。
どうしてそんなもので満足してしまっていたのか。
頑張れば兄に追いつけたはずなのに、どうして二番手でいいと思ったのだろう。
自分の人生は自分だけのものなのに、どうして誰かと比べてしまったんだろう。
二番手にされていたのではなく、自分から二番手になっていた。
それを変えるならば、一生懸命頑張るしかない。
「松下君、頑張るから、また会ってくれる?」
「いつでもどうぞ。ご飯食べにきてください」
温かい笑みに卯花の目からはまた涙がこぼれ落ち、大和はそれを見ないふりでやり過ごした。
その後、映画鑑賞会は行われた。
固辞する卯花を武尊が引き止め、二人はビールを片手に残りはコーラをお供に枝豆を茹でポテチを開け、『サスペリアンス』という七十年代ホラーを見た。
アクション!という侑に、怖いの?と和明が煽り侑がそれにのっかった形だ。
バレエ学校の寄宿舎で次々に消える生徒たち、冒頭の大雨のシーンだけで侑は震えしらず和明にしがみついた。
緊張感のある音楽と女生徒のシャワーシーンでは、来るよ来るよキターっと周平は笑い転げた。
大和は映画そのものより出てくる衣装や、小物にばかり目を奪われて時折メモをとっていた。
武尊はビールを飲みながらそれを眺め、卯花は心からの息を吐く。
「卯花さん、頑張ってください。僕のために」
「は?」
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