[本編終了]余りものオメガのシェアハウス

谷絵 ちぐり

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嫌いじゃないけど気に入らない

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周平が大和の額にぺたりと冷却シートを貼ると、それまで閉じていた瞼が薄らと持ち上がった。

「気持ちいい?」
「…うん、ありがと」
「スポドリ飲む?」

うん、と起き上がる大和を支えて周平はその口元にコップを近づけた。
喉が乾いていたのかコクコクと飲み干していく。
ぷはぁと笑った大和から、ふわりとラベンダーの香りがした。

「うのはなさん、きてる?」
「うん、知ってた?」
「におい、したから」

ん?と首を傾げる周平に大和はふふと笑った。

「あのひと、なんか、ほろにがい、においする、んだよね」
「苦いの?」
「ぅん…こうばしいの…」

枕に頭をつけてうつらうつらと眠ろうとするのを見て、周平はやっぱり首を傾げるのだった。
苦い匂いってなんだろう。

その頃、階下では卯花がソワソワと落ち着かない時間を過ごしていた。
九鬼家というのは三代財閥のひとつで、遠い昔から脈々と血を繋いできた名門中の名門だ。
卯花家もそれなりに名家だが、九鬼家には逆立ちしたって敵わない。
そこの次期当主が出奔した時は社交界に激震が走ったと伝え聞いている。
その九鬼家の人間が自分の目の前にいる。
本当にいたのか、という思いと、本当にこいつが?という思いがせめぎ合う。
その男はもらった名刺をじっと見て、あっと声をあげた。
麦茶のグラスは既に汗をかいていた。

「卯花編集長って、大和君のことが嫌いな」
「え?」
「何をしに来たんですか?」

何をしに来たのか、と問われて卯花は固まった。

「サイトに大和君の作品が無いのは売れたからです」
「それは、いつ?」
「知らないけど、なんでです?」

いや、それは、と歯切れの悪い卯花に武尊もイライラとしてしまう。
ここに自分以外のアルファがいることも腹立たしいのに、と思っているとトントンと軽い足取りが聞こえてきた。
二階にある大和の部屋から周平が降りてきたのだ。
ぴょこんとリビングに顔だけ出して、スンスンと鼻を鳴らしてなんとも言えない顔をした。

「わからん」

なにが?と首を傾げるアルファの二人に、なんでもないと周平は武尊の隣に座った。

「やまちの熱が高いので、さっさと用件言ってください」
「…松下君の作品が売り切れというのはよくあるんですか?」
「ないです。ハンカチやヘアゴムなら以前にもあったけど、ポーチやバッグなんかは価格設定も高いし」
「誰が買ったとか」
「売る方も買う方も匿名なのでわかりません」
「ですよね」
「知ってるんですか?」

あぁまあその、と卯花はすっかりぬるくなった麦茶を飲み干して立ち上がった。

「すみません、また出直します」
「出直さなくていいです。やまちのこと嫌いなんですよね?」
「気に入らない、と言っただけで嫌いとは言ってない」
「一緒でしょ?」

違う、とくしゃりと歪めた顔は泣きそうだった。


お大事に、とスタスタとリビングを出ていく卯花を周平たちはそのまま見送るしかなかった。
そのうちガラガラと玄関の閉まる音がリビングにも聞こえてきた。

「なんだったんだ?」
「大和君のこと気にしてましたね」
「気に入らないって嫌いってことじゃないの?」

聞いてから、周平は武尊に向き合って肩口に顔を寄せてクンクンと嗅いだ。
嫌いじゃないけど気に入らないってなんだろう、匂いか?

「なに?」
「なんというか複雑な匂い」
「シュウは甘い匂いがするよ」
「ずっと思ってたけどわかるのすごいね」

そうなの?という武尊にひひひと周平は笑う。

「俺、武さんと逆だから。フェロモンうっすいの」
「こんなに匂いするのに?」
「そう、それが不思議なんだよなぁ」

かつて医者に言われたことを周平は思い出した。

──相性の良いアルファがいれば、オメガとしてのフェロモン数値が上昇する可能性がある

それがこの武尊なんだろうか、と思う。
いつの間にか家に居着いて、自分の匂いが落ち着くと言う。
落ち着くものなんだろうか。
恋愛リアリティショーでも、ゆり花時代のお見合いパーティでもアルファはもっとギラギラとしていた。
獲物を狙うハンターのようなそのギラギラが自分に向けられることは無かった。
そして、武尊にもそれが無いような気がする。
うんうん、と考える周平を武尊は興味深そうに見つめていた。

「アルファの人って好きなオメガには欲情するんじゃないのかな」
「欲情していいの?」
「え?」

ぽろりとこぼした言葉に、思いもかけない言葉が返ってきて驚いた周平の開いた口が塞がれた。
至近距離で見る武尊の瞳には確かに劣情が宿っていて、吸い付いてきた唇は柔らかく、キュと噛まれた下唇がじんじんと熱くなっていった。

「なに、これ」
「キス。嫌だった?」
「なんか武さん、アルファみたい」
「やっと意識してくれた」

意味ありげに笑う顔に、これかもと周平は納得した。
嫌いじゃないけど気に入らない、自分が自分でなくなるようなこの感じは確かに気に入らないかもしれない。




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