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勘違いの恋

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竹田家のリビングには未だにこたつが鎮座していた。
冬の間はこたつ布団を、夏にはそれを取り去りテーブルとして活用する。
周平の対面には武尊が座り、余った席に大和と侑が座り二人はじとりと周平を見つめた。
縁側から庭の紫陽花がよく見えて、こたつの上には細長いグラスに活けられた薔薇が一輪。

「ペー助、秘密にするなんて水臭いだろ!?」
「ペー助、僕はマラソンで一緒に走ろうねって約束したのに先に行かれた気分だよ」

「「 どういうこと!? 」」

「俺にもさっぱりわからん」

周平はそう言うと武尊にアイスコーヒーを出した。
ガムシロップを二個添えたが武尊は使わなかったので、自分のアイスカフェオレに二個入れた。

「甘いのお好きですか?」
「うん」
「じゃあ今度どら焼きを作りに行きませんか?自分のオリジナルのどら焼きが作れるんです」
「へぇ、楽しそう」

「「 無視しないで!? 」」

大和はもう既に涙目で、侑はいっそ呆れた目を向けていた。

「だって、さっき名前も知ったし」
「ちょっとあんた、壺とか買わないからな!」
「イルカの絵もいらないよ?」
「あの、ご両親に挨拶したいのですが何時頃お戻りに?」
「いないんだ。ここは爺ちゃんの家」
「では、お祖父様にご挨拶を」

あっち、と指さした襖の向こうは仏間だった。
武尊はそちらへ向かいおりんを鳴らして手を合わせる。
それを見ながら松竹梅はひそひそと話す。

「ねぇ、ほんとになんなの?」
「話が通じる時と通じない時があるんだよ、あの人」
「ペー助、壺もイルカも買うんじゃねぇぞ?」
「買わないよ、んなお金どこに…あったわ、ゆり花貯金が」
「なんで家に入れたんだ!」
「紫陽花が綺麗って」
「馬鹿か!!」
「だって手入れした花を褒められたら嬉しいじゃん」
「新手の植木詐欺なんじゃない?」

なんだよ植木詐欺って、とからから笑った周平だったがその声はだんだんと萎み視線は庭の紫陽花へと向かう。
俺が守ってやるぞ、と紫陽花に心中で声をかけた。

「あのな、俺らは『合コンでモテる女の必勝法』とか『モテるオメガはここが違う』とか全部実践してきて空振りだったろ?」
「そうだよ?こないだ『口十くちと姉妹のアルファを手のひらで転がす方法』ってのネット注文したばっかでしょ?」
「そういや『愛されオメガの作り方』とか全く役にたたなかったなぁ」

その時、武尊はどうしていたかというと仏壇を背に正座してその光景を眺めていた。
それにしてもごちゃごちゃしているのにすっきりとした家だ。
飾り棚の大きな瓶には雑多な金が放り込まれ、その隣の写真立てには老夫婦が二人ビール片手に笑っている写真がある。
桜が見切れているので花見かもしれない。
尻に敷いた座布団はふかふかで、縁側は艶々として紫陽花の足下には蓮の葉を持ったカエルが手を振っていた。
溢れる生活感がいいな、と思った。

「眠さん、じゃないや。武さん、ちょっとこっち来て」
「はい」
「これ、一緒に暮らしてる友人。大きいのがやまちで顔だけは可愛いのがあっくん」
の方が可愛い」
「あ、、、そう。まぁそれは置いといて、プロポーズに至った経緯をこの二人が聞きたいって」
「わかりました」

コホンとひとつ咳払いをして武尊は居住まいを正し、アイスコーヒーを飲み干した。

「マナベに『眠眠破壊』を買いに行くたびに僕に笑いかけてくれるんです」
「それ、営業スマイル」
「僕にはちょっとしたトラウマがありました。そのトラウマの原因になってしまったものは大学で解消されましたが、そこから派生したものだけはずっと残ったんです。それのせいで人間関係から遠ざかっていましたが、懸念事項が無くなったことで頑張ってみようと思ったんです。上手く、いきませんでした。に見える僕では誰も相手にしてくれませんでした」
「ベータじゃないの?」
「じゃあいっそベータの方と思ったんですけど、アルファだとバレると付き合いきれないと去っていきました」
「アルファなの!?」
「それで、もういいやと思ったんです。仕事も在宅ワークができる仕事を選びました。出社する時だけ『眠眠破壊』を飲んで」
「あれ、あんまり飲みすぎない方がいいと思うけど」
「そんな感じでずるずると張り合いの無い生活を送っていた時に、愛嬌のあるたぬきに出会いました」
「ペー助か」
「そして、あんまんをくれました」
「ペー助の作ったあんまん美味しいよね、僕も好き」
「仲良さそうに喋るより僕を選んでくれた。嬉しかった。だから、その気持ちに応えないといけないと思ったと同時に今の野暮ったい僕では駄目だと思って同じアルファの小日向に相談しました」
「聞いたことあるな」
「あっくん、千尋君だよ」
「ホームパーティに招かれて相談したところ、小日向の番がシュウのことを知っていました」
「あ、だからゆり花に通ってたこと知ってたのか」
「小日向に言われました。男なら髪を切り身なりを整えて、ビシッと決めて花束を持って告白しろと」
「したのプロポーズだったけどね」

こんな感じで武尊はとうとうと語った。
途中入った松竹梅のツッコミは聞こえているのか、いないのかどこか遠くを見つめながら語る武尊を止めることはできなかった。
その後も武尊はいかに周平の顔がインスピレーションの湧く顔だとか、ありがとうって言う笑顔が良いだとかを語った。
三人は飽きてきて大和は刺繍を始め、侑はうとうと船を漕ぎ、周平は夕飯の支度にとりかかった。

「かのドストエフスキーはこう言いました。人は笑い方でわかる、と。全く知らない人でも、笑い方を見ていい気持ちになるならそれは自分にとっていい人だと。だからっ」

喋りすぎたのかゴホゴホと咳き込む武尊に周平は冷たい麦茶を出した。
ごくごくと一気に飲み干し、ぷはぁと一息をついた時には侑も目を覚ました。
じっとそれを見ていた松竹梅は居住まいを正して、口を揃えてこう言った。

「「「 それ、勘違い 」」」




※ドストエフスキーの言葉は正確ではありませんが、武尊はこんなふうに覚えてるんだなと思ってください(  . .)"

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