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プロポーズは突然に
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梅雨明け宣言がなされたというのに、今日は朝からしっとりと雨が降っていた。
空気が冷たくて周平は、ぇっくしょと豪快にくしゃみをしてずるると鼻を啜る。
「…ぃらっしゃいませー」
ガタガタと自動ドアが開くのと周平のくしゃみは同時で挨拶が一瞬遅れてしまった。
見ると客は深紅の薔薇の大きな花束を持った男で、全くといっていいほどマナベに似つかわしくない。
思わずここがマナベかどうかキョロキョロと確かめてしまったくらいだ、くしゃみが原因でどこか違う世界に飛ばされたなんて冗談じゃない。
コツコツと足音を鳴らすその靴はピカピカに磨かれているようだったが、ついたばかりと思われる泥はねがあった。
薔薇の男はその足をピタリと周平のいるカウンターで止め、恭しく花束を差し出した。
「僕とお付き合いしてください」
「え、誰?」
キリリとした表情の男は花束を置いて、慌てて売り場へ行き『眠眠破壊』を持ってきた。
「あ、眠さん?」
「いや、先祖代々日本人です」
「髪切った?」
「うん、あんまりだらしないのは良くないかなぁと思って」
「そっちの方がいいよ。あ、850円」
千円札を受け取った周平は150円のお釣りを渡す、いつもの光景だ。
「男は駄目ですか?」
「いや、全然駄目じゃない」
「結婚してください」
「なんでそうなる」
眠さんの鋭い眼光はなりを潜め、すっきりと切られた前髪から改めて見ると切れ長で歌舞伎役者のようだった。
その瞳の中に嘘はなさそうだが、周平にはどうしてこんなことになったのかさっぱりわからない。
「ゆり花に通ってたんですよね?」
「そうだけど」
「それは結婚の意思があって通ってたんですよね?」
「そうだけど」
「結婚しましょう」
「なんでそうなる」
カウンターには薔薇の花束が置いてあるままで、それは二人を隔てる境界線のようだった。
「名前も知らないし」
「桐生武尊です」
「ども、竹田周平です」
「あの、他にお付き合いしてる人がいるんですか?」
「いませんけど」
「結婚できますね」
「なんでそうなる」
品の良い濃紺のダブルのスーツは体の線に沿ってスタイルの良さを見せつけ、だらしなかった髪はツーブロックになり毛先を遊ばせている。
結論、とてもかっこいい男だと思う。
「なにか事情があるんですか?」
「事情があったら結婚してくれるんですか?」
「なんでそうなる」
「ぺーちゃん、結婚するの?」
カウンター裏の長暖簾からつる婆がひょこりと出てきて、周平と武尊の顔を往復する。
「つる婆もう交代?」
「そうよぅ。あら立派な薔薇ねぇ」
「つる婆にあげるよ」
「え!!」
「俺は一本でいいから」
周平は花束から一本抜き取って笑った。
送って行く、と言った武尊に断る理由もないので一緒に家路を行く。
傘を差しているので一列で歩く。
透明の傘と薔薇が一輪、雨の埃臭い匂いと薔薇の華やかな香りに笑いが込み上げる。
ビシッと決めたスーツの容姿のいい男、片やジーンズに長袖Tシャツのたぬき顔。
ちぐはぐ過ぎていっそ面白い。
静かに無言で後ろを歩く男は何を考えているんだろう。
家まであとほんの少しというところで雨があがって、振り返るとちょうど傘を畳む武尊と目が合った。
「いないかと思った」
「ん?いますよ?」
「キツネかなんかに化かされたのかなーって」
「まさか」
ふふっと笑った武尊が、触って確かめてと手を出してきたのでその手に自分の手を重ねた。
キュッと握りこまれて指を絡められると、思いの外しっくりときた。
手のひらの部分が誂えたようにぴたりと合わさる感じがとても気持ちいい。
「嫌じゃないですか?」
「嫌じゃないです」
そうですか、と言う声には照れたような嬉しいような音が滲んでいた。
ベータも悪くないかもなぁ、なんてそのまま僅か三メートル程を並んで歩いた。
「僕たち、運命だってさっき思ったんだ」
「え?」
「『たけだ』と、『たける』でたけが一緒だ」
たけ被りなんて世の中にごまんといるだろう、周平はそう言おうとして言えなかった。
切れ長の目が糸のように細くなって笑う顔はとんでもなく嬉しそうで、そんなの見たら言えるわけがない。
「あ、紫陽花いいな。雨露を抱えて綺麗だ」
「うち、ここ」
「あ、そう」
僅かに沈んだ声に、周平は繋いだ手をそのままに玄関の引戸をガラガラと開けた。
「ただーいまー」
「おかえりー」
リビングから顔を出した大和がキョトンと目を丸くした。
視線は繋いだ手に注がれている。
「ペー助、お客さん?」
「プロポーズされちった」
「はあっ?え"え"え"え"え"え"え"え"え"!?」
珍しく大和の叫びが竹田家に木霊する。
わははと周平が笑い、二階から侑がなんだなんだと転がり落ちるように降りてきた。
隣の爺は当然うるせぇと大声を出し、遠くではやっぱり犬が吠える。
空には虹が浮かび、紫陽花の葉からはぴちょんと雫が落ちて、ありふれた日常に新しい風が吹く。
※エールありがとうございます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
次話は武尊メインでお送りします。
読んでくださったら嬉しいです(´∀`)
空気が冷たくて周平は、ぇっくしょと豪快にくしゃみをしてずるると鼻を啜る。
「…ぃらっしゃいませー」
ガタガタと自動ドアが開くのと周平のくしゃみは同時で挨拶が一瞬遅れてしまった。
見ると客は深紅の薔薇の大きな花束を持った男で、全くといっていいほどマナベに似つかわしくない。
思わずここがマナベかどうかキョロキョロと確かめてしまったくらいだ、くしゃみが原因でどこか違う世界に飛ばされたなんて冗談じゃない。
コツコツと足音を鳴らすその靴はピカピカに磨かれているようだったが、ついたばかりと思われる泥はねがあった。
薔薇の男はその足をピタリと周平のいるカウンターで止め、恭しく花束を差し出した。
「僕とお付き合いしてください」
「え、誰?」
キリリとした表情の男は花束を置いて、慌てて売り場へ行き『眠眠破壊』を持ってきた。
「あ、眠さん?」
「いや、先祖代々日本人です」
「髪切った?」
「うん、あんまりだらしないのは良くないかなぁと思って」
「そっちの方がいいよ。あ、850円」
千円札を受け取った周平は150円のお釣りを渡す、いつもの光景だ。
「男は駄目ですか?」
「いや、全然駄目じゃない」
「結婚してください」
「なんでそうなる」
眠さんの鋭い眼光はなりを潜め、すっきりと切られた前髪から改めて見ると切れ長で歌舞伎役者のようだった。
その瞳の中に嘘はなさそうだが、周平にはどうしてこんなことになったのかさっぱりわからない。
「ゆり花に通ってたんですよね?」
「そうだけど」
「それは結婚の意思があって通ってたんですよね?」
「そうだけど」
「結婚しましょう」
「なんでそうなる」
カウンターには薔薇の花束が置いてあるままで、それは二人を隔てる境界線のようだった。
「名前も知らないし」
「桐生武尊です」
「ども、竹田周平です」
「あの、他にお付き合いしてる人がいるんですか?」
「いませんけど」
「結婚できますね」
「なんでそうなる」
品の良い濃紺のダブルのスーツは体の線に沿ってスタイルの良さを見せつけ、だらしなかった髪はツーブロックになり毛先を遊ばせている。
結論、とてもかっこいい男だと思う。
「なにか事情があるんですか?」
「事情があったら結婚してくれるんですか?」
「なんでそうなる」
「ぺーちゃん、結婚するの?」
カウンター裏の長暖簾からつる婆がひょこりと出てきて、周平と武尊の顔を往復する。
「つる婆もう交代?」
「そうよぅ。あら立派な薔薇ねぇ」
「つる婆にあげるよ」
「え!!」
「俺は一本でいいから」
周平は花束から一本抜き取って笑った。
送って行く、と言った武尊に断る理由もないので一緒に家路を行く。
傘を差しているので一列で歩く。
透明の傘と薔薇が一輪、雨の埃臭い匂いと薔薇の華やかな香りに笑いが込み上げる。
ビシッと決めたスーツの容姿のいい男、片やジーンズに長袖Tシャツのたぬき顔。
ちぐはぐ過ぎていっそ面白い。
静かに無言で後ろを歩く男は何を考えているんだろう。
家まであとほんの少しというところで雨があがって、振り返るとちょうど傘を畳む武尊と目が合った。
「いないかと思った」
「ん?いますよ?」
「キツネかなんかに化かされたのかなーって」
「まさか」
ふふっと笑った武尊が、触って確かめてと手を出してきたのでその手に自分の手を重ねた。
キュッと握りこまれて指を絡められると、思いの外しっくりときた。
手のひらの部分が誂えたようにぴたりと合わさる感じがとても気持ちいい。
「嫌じゃないですか?」
「嫌じゃないです」
そうですか、と言う声には照れたような嬉しいような音が滲んでいた。
ベータも悪くないかもなぁ、なんてそのまま僅か三メートル程を並んで歩いた。
「僕たち、運命だってさっき思ったんだ」
「え?」
「『たけだ』と、『たける』でたけが一緒だ」
たけ被りなんて世の中にごまんといるだろう、周平はそう言おうとして言えなかった。
切れ長の目が糸のように細くなって笑う顔はとんでもなく嬉しそうで、そんなの見たら言えるわけがない。
「あ、紫陽花いいな。雨露を抱えて綺麗だ」
「うち、ここ」
「あ、そう」
僅かに沈んだ声に、周平は繋いだ手をそのままに玄関の引戸をガラガラと開けた。
「ただーいまー」
「おかえりー」
リビングから顔を出した大和がキョトンと目を丸くした。
視線は繋いだ手に注がれている。
「ペー助、お客さん?」
「プロポーズされちった」
「はあっ?え"え"え"え"え"え"え"え"え"!?」
珍しく大和の叫びが竹田家に木霊する。
わははと周平が笑い、二階から侑がなんだなんだと転がり落ちるように降りてきた。
隣の爺は当然うるせぇと大声を出し、遠くではやっぱり犬が吠える。
空には虹が浮かび、紫陽花の葉からはぴちょんと雫が落ちて、ありふれた日常に新しい風が吹く。
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