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ギャップにやられる美味しいランチ
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広い広い畳敷きの大広間、ズラリと並んだ黒服で強面の男達。
「この度の不始末、あっしの指一本でどうかお納めくだせぇ」
張り詰めた空気、小指の第一関節に短刀をあてがいひと息に──
「あっくん、んなわけないだろ」
「そうだよ」
松竹梅は今、老舗料亭『鹿乃井』の磨かれた廊下を歩いていた。
先を行く女将は三人の馬鹿な話に肩を揺らすこともなく静静と歩いていく。
「お連れ様、お着きになりました」
からりと開けられた真っ白な襖の先には先日出会った女性ともう一人男性が待ち構えていた。
飴色の重厚なテーブル、背後の開け放たれた障子からは手入れされた庭がよく見える。
「お待たせしまし…」
「撫子先生っ!!」
周平の言葉は女性に遮られ、女性はさかさかと大和の足元まで四足でやってきて土下座した。
「この度は本当に申し訳ありませんでした!ご挨拶もせず、話も聞かず先生に大変失礼なことを…」
「あの、頭を上げてください。えっと、高木さん?」
「はい、高木です」
ずびと鼻をすすりながら顔をあげた高木の前に大和は同じように座った。
「こちらこそ友人を止めることが出来ず申し訳ありませんでした。それに飲食代を立て替えていただいてありがとうございました。今日はそれを…」
「いいえ、いいえ、ご友人の仰ったことは正しいです。私が、私が憧れの撫子先生にお会いしてつい舞い上がってしまったのが悪かったんです。だから、顔を見てちゃんと謝りたかった。メールではなくちゃんと謝りたくて」
「高木さん、お気持ちは受け取りました。僕の方こそありがとうございます」
ん?と不思議そうに首を傾げる高木に、大和は安心させるようにふふふと笑う。
「高木さんが今も使っているヘアゴム。それは僕があのサイトに出品し始めて初めて売れたものなんです。それに、知らない誰かが僕の作ったものを使ってくれているのを初めて見ました。とても嬉しかった」
「なでしこせんぜぇー~~ーっ」
頬を赤らめて蕩けるような目でへにゃりと笑う大和に、高木はまた感極まり両手を広げて抱きつことしたがあと数ミリのところでそれは阻止された。
「高木、落ち着け」
「やまち、とりあえず席につこう」
高木の首根っこを掴んだ男と、大和の肩を引き寄せた周平、パチと目が合った二人はなぜだか睨み合うようだった。
男は編集長だと言い名刺には『卯花敬二』とあり柔和な笑みを見せた。
「本日はご足労いただきましてありがとうございます。高木が大変失礼なことをしまして申し訳ありませんでした。私からも謝罪させてください」
「あの、もう本当に大丈夫ですので…こちらこそ飲食代を立て替えていただいてありがとうございました」
大和はじめ松竹梅はその頭を揃って下げて、封筒に入れた飲食代を差し出したがそれは受け取ってもらえなかった。
一瞬の間を見計らったように女将と仲居が現れてきぱきと配膳していく。
大きな籠には小鉢がいくつかちょこんと納まり、山菜おこわに季節の茶碗蒸しと目にも嬉しい料理が並べられた。
「どうぞ召し上がってください。ここの昼懐石は美味しいんですよ」
そうして始まったランチタイムは終始、高木の独断場だった。
高木は大和の刺繍がいかに好きかを語り、大和はそれをにこにこと聞いていた。
「そういえば撫子先生は鳥をモチーフにした刺繍が多いですよね」
「鳥の習性というか、そんなのが好きで」
「習性、ですか?」
「孔雀とか自分をアピールするために凄く綺麗な羽を広げるでしょう?他の鳥もそれぞれ個性的なアピールしてる。求愛行動ってなんだか可愛らしくて、でも一生懸命で。僕もそんな風になれたらいいなぁって」
小鉢から鯛の昆布締めを一切れ口に入れて、はにかんだように笑う。
体躯も良くどちらかと言えば精悍な顔立ちなのに、へにゃりと崩す相好はとても愛らしい。
高木は鼻血が出る寸前だった。
「あ、あの竹田さんと梅園さんは好きな動物ありますか?」
このままでは大和のギャップに文字通り殺られてしまうと思った高木は矛先を他の二人に回した。
「ジュレヌク」
「ジュ?え?」
「知らないんですかぁ?」
「「 あっくん!! 」」
ペちんと両隣の二人から膝を叩かれた侑はむうとむくれながらも、ごめんなさいと頭を下げた。
「いえっ、調べますね!」
「あ、そう」
「高木、はしゃぎすぎだぞ」
すみませんとしおしおと謝る高木は今回の『刺繍の世界』という企画が初めて通った企画だそうだ。
意気込みもやる気も何もかもが最高潮で、空回る時が多々あるという。
別れ際、大和にヘアゴムをプレゼントされた高木は号泣してしまい卯花が引きずるようにして帰って行った。
「松下君、また連絡します」
ニコリと笑った卯花に、はぁと大和は曖昧に頷いたが、高木さんじゃないの?と心中で思っていた。
「この度の不始末、あっしの指一本でどうかお納めくだせぇ」
張り詰めた空気、小指の第一関節に短刀をあてがいひと息に──
「あっくん、んなわけないだろ」
「そうだよ」
松竹梅は今、老舗料亭『鹿乃井』の磨かれた廊下を歩いていた。
先を行く女将は三人の馬鹿な話に肩を揺らすこともなく静静と歩いていく。
「お連れ様、お着きになりました」
からりと開けられた真っ白な襖の先には先日出会った女性ともう一人男性が待ち構えていた。
飴色の重厚なテーブル、背後の開け放たれた障子からは手入れされた庭がよく見える。
「お待たせしまし…」
「撫子先生っ!!」
周平の言葉は女性に遮られ、女性はさかさかと大和の足元まで四足でやってきて土下座した。
「この度は本当に申し訳ありませんでした!ご挨拶もせず、話も聞かず先生に大変失礼なことを…」
「あの、頭を上げてください。えっと、高木さん?」
「はい、高木です」
ずびと鼻をすすりながら顔をあげた高木の前に大和は同じように座った。
「こちらこそ友人を止めることが出来ず申し訳ありませんでした。それに飲食代を立て替えていただいてありがとうございました。今日はそれを…」
「いいえ、いいえ、ご友人の仰ったことは正しいです。私が、私が憧れの撫子先生にお会いしてつい舞い上がってしまったのが悪かったんです。だから、顔を見てちゃんと謝りたかった。メールではなくちゃんと謝りたくて」
「高木さん、お気持ちは受け取りました。僕の方こそありがとうございます」
ん?と不思議そうに首を傾げる高木に、大和は安心させるようにふふふと笑う。
「高木さんが今も使っているヘアゴム。それは僕があのサイトに出品し始めて初めて売れたものなんです。それに、知らない誰かが僕の作ったものを使ってくれているのを初めて見ました。とても嬉しかった」
「なでしこせんぜぇー~~ーっ」
頬を赤らめて蕩けるような目でへにゃりと笑う大和に、高木はまた感極まり両手を広げて抱きつことしたがあと数ミリのところでそれは阻止された。
「高木、落ち着け」
「やまち、とりあえず席につこう」
高木の首根っこを掴んだ男と、大和の肩を引き寄せた周平、パチと目が合った二人はなぜだか睨み合うようだった。
男は編集長だと言い名刺には『卯花敬二』とあり柔和な笑みを見せた。
「本日はご足労いただきましてありがとうございます。高木が大変失礼なことをしまして申し訳ありませんでした。私からも謝罪させてください」
「あの、もう本当に大丈夫ですので…こちらこそ飲食代を立て替えていただいてありがとうございました」
大和はじめ松竹梅はその頭を揃って下げて、封筒に入れた飲食代を差し出したがそれは受け取ってもらえなかった。
一瞬の間を見計らったように女将と仲居が現れてきぱきと配膳していく。
大きな籠には小鉢がいくつかちょこんと納まり、山菜おこわに季節の茶碗蒸しと目にも嬉しい料理が並べられた。
「どうぞ召し上がってください。ここの昼懐石は美味しいんですよ」
そうして始まったランチタイムは終始、高木の独断場だった。
高木は大和の刺繍がいかに好きかを語り、大和はそれをにこにこと聞いていた。
「そういえば撫子先生は鳥をモチーフにした刺繍が多いですよね」
「鳥の習性というか、そんなのが好きで」
「習性、ですか?」
「孔雀とか自分をアピールするために凄く綺麗な羽を広げるでしょう?他の鳥もそれぞれ個性的なアピールしてる。求愛行動ってなんだか可愛らしくて、でも一生懸命で。僕もそんな風になれたらいいなぁって」
小鉢から鯛の昆布締めを一切れ口に入れて、はにかんだように笑う。
体躯も良くどちらかと言えば精悍な顔立ちなのに、へにゃりと崩す相好はとても愛らしい。
高木は鼻血が出る寸前だった。
「あ、あの竹田さんと梅園さんは好きな動物ありますか?」
このままでは大和のギャップに文字通り殺られてしまうと思った高木は矛先を他の二人に回した。
「ジュレヌク」
「ジュ?え?」
「知らないんですかぁ?」
「「 あっくん!! 」」
ペちんと両隣の二人から膝を叩かれた侑はむうとむくれながらも、ごめんなさいと頭を下げた。
「いえっ、調べますね!」
「あ、そう」
「高木、はしゃぎすぎだぞ」
すみませんとしおしおと謝る高木は今回の『刺繍の世界』という企画が初めて通った企画だそうだ。
意気込みもやる気も何もかもが最高潮で、空回る時が多々あるという。
別れ際、大和にヘアゴムをプレゼントされた高木は号泣してしまい卯花が引きずるようにして帰って行った。
「松下君、また連絡します」
ニコリと笑った卯花に、はぁと大和は曖昧に頷いたが、高木さんじゃないの?と心中で思っていた。
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