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彼らがゆり花を選んだ理由 松

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男オメガというのは探せばいるが、探さなければそうそう見つからないものだ。
その特殊な性故に隠して生きていく者も少なからずいるから。
男オメガであれば誰でもぶつかる壁がある。
それは男として育ってきたアイデンティティを覆されること。
女と同じ孕む性だということ。
男の列に並んでいたのに、はーい今からはこっちに並んでくださーいと男と女の狭間に並ばされること。
成長するにつれ尻は女の尻には敵わないが、男のそれより丸みを帯びて柔らかくなっていく。
筋肉はつかないが柔い肉はつく、けれど女のように柔くはならない。
あくまで男にしては柔らかいというだけだ。


松下大和は柔道一家に産まれた三人兄弟の三男坊だ。
ベータの父とオメガの母、二人の兄はベータだ。
父は植木屋の傍ら子ども達に柔道を教えていた。
例に漏れず大和も上の兄達と一緒に柔道を習っていた。
実は大和は柔道がそんなに好きではない。
好きなのは母が紡ぐパッチワークキルトだった。
どんなはぎれも大切に扱い、それを組み合わせ様々な模様をつくる。
大和の自室のベッドカバーは青を基調としていてそこには機関車が走っていた。
母に似たのか手先が器用な大和は柔道よりも、母からパッチワークを習ってみたかった。

「大和、男がちまちました事すんな」
「そうだぞ、強くなってこそ男だ」

二人の兄からはそうやってからかわれた。
じわりと大和の瞳に涙が浮かんだのは言うまでもない。
そんな時、大和のオメガ性が判明した。

「女みてぇなことが好きなんだから良かったじゃん」

細かい作業が好きだからといってもその言い分はあんまりだ、と大和はきゅうと背中を丸めた。
父はそんな兄達を次々に投げ飛ばした、長兄を投げ飛ばし次兄を投げ飛ばし、また長兄を投げる。
延々と繰り返されるそれに大和の涙は引っ込んだ。
母はそれを見ながら繰り返し大和の頭を撫でた。

「大和は大和だからね。お母さん、オメガの仲間ができて嬉しいわ」

優しく笑う母には引っ込んだ涙がまたぞろ溢れてきた。
手先が器用と言っても女になりたかったわけじゃない。
自分らしくありたい、そう思っていただけだ。
そんなどっちつかずの性のまま成長した大和は高校生になった。
父のように体躯はよくなっていくが、兄のように筋肉はつかなかった。
尻は丸くなり、触れると押し戻される弾力性があった。
面白半分に友達に揉まれたりもした。
やめろよぉ、と笑うが心では泣いていた。
高校の制服は詰襟だったので、ネックガードを付けることはしなかった。
そうすれば大和も他の大勢の男に紛れることができたから。

高校は普通の公立校であったが、ベータばかりではなかった。
ごくごく少数ではあったがアルファもオメガも存在していた。
アルファはもちろん誰しもが憧れる容姿と才能を持ち合わせており、自分達よりひとつもふたつも上のステージにいた。
大和はそんな彼らを遠巻きに見つめるだけだ。
そんな中、大和は図書委員会にはいった。
大好きなパッチワークの本を好きなだけ眺められると思ったから。
放課後の図書室のカウンター、本の修繕に剥がれたラベルを新たに貼る仕事、新しい図書カードの作成。
やることはままあったが、比較的穏やかな時間だった。
図書委員会には一学年上のアルファの先輩がいた。
先輩は大和の考えるアルファではなく、おっとりとして親しみやすかった。
先輩がいつも眺めているのは天体の本だった。
夜空に輝く星の名、星座にまつわる神話、月の満ち欠け、先輩から教わったことはたくさんある。
それをきっかけに大和も天体について調べ、勉強し会話の糸口にした。
やがて大和は当たり前のようにその先輩に恋をする。
ただその想いを告げたりはできなかった。
いくら自分がオメガであろうと、大和はなかったから。

季節は進み、大和と先輩の仲はどんどん親密になっていった。
それが友情である、そうわかっていても大和は嬉しかった。

──大和と話してると楽しいよ
──大和は勉強家だね
──大和の傍は落ち着くよ

騒がれることの多い先輩は、図書室でだけ息が吐けるとそう言った。
パラパラとページの捲られる音だけが微かに聞こえる図書室、耳元でこそこそと交わす雑談。
穏やかに流れる時間、それが変わったのは一学年下のオメガの後輩だった。
彼はアルファ一家に産まれたオメガだという。
その事で家族に虐げられこそしなかったが、いてもいなくても良い存在として扱われていた、と後に本人から聞いた。
乏しい表情の中で本を読む時にだけ見せる喜怒哀楽。
先輩はそんな彼に自身が好きな天体の本を勧め、無限に広がる宇宙について語って聞かせた。
いつしか先輩の定位置はカウンターの中の大和の隣りではなく、彼の隣りになった。
あぁ失恋したのだな、と大和の涙腺は緩んだ。
その潤んだ瞳に気づくものは誰もいない。
淡く小さな誰にも知られることのなかった初恋。
華奢で小柄で、先輩からの優しさを一身に受ける後輩。
ほわりと笑う様は風に揺れる菫のよう。

──君の世界が広がる手助けができて嬉しいよ
──君には教えてあげれる事がまだまだある
──君が僕を頼ってくれて嬉しい

先輩の負担にならないように対等であろうとした大和、庇護欲をそそる後輩。

──大和、彼を頼むね

そう言って卒業していった先輩、大和はその日から卒業まで後輩の面倒を見た。
大和一人に押し付けるのは気が引けると思ったのか、OBとして先輩も彼の様子を見に何度も母校を訪れた。
それが原因で他の生徒に目をつけられた後輩を、大和はその体躯で守った。

──大和先輩がいなかったらきっと僕は一人ぼっちでした

そんなことを言って懐く後輩を邪険に扱うことはできなかった。
大和が卒業を間近に控えたその時、図書委員の後輩に彼のことを頼んだ。
頼まれたもう一人の後輩はそれそれは嫌そうな顔をした。

「俺はね、大和先輩のこと尊敬してます」
「うん?」
「わからないことを曖昧に首を傾げて笑ってるやつよりね、大和先輩のように勉強したり、率先して委員の仕事をしたりね。一生懸命な大和先輩が…」
「え、それって」
「愛の告白とかじゃないですから」
「だよねぇ」

あははと笑う大和にもう一人の後輩は、はぁと大きく溜息をついた。

「大和先輩、馬でもロバでも駱駝でもなんでも乗ってください」
「僕、自転車しか乗れないんだけど」
「だったらそれでいい。白馬の王子様なんて待たないで、自分で捕まえに行ってください。努力を厭わない先輩ならできます」

大和は返事ができなかった、涙が次から次に溢れてきたから。
大柄な大和に似合わない、そう言われてきた涙。

「ねぇ、やっぱり…」
「愛の告白じゃないですから」
「だよねぇ」

自信もって、そう言って後輩は卒業記念にとパッチワークキルトの図案集を大和にプレゼントした。


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